第7話 離れる寂しさ
「おはよう、美蘭!」
「おはよう、空」
翌日、美蘭が心配しながら学校へ向かうと、空はいつもの明るい笑顔で校門の前に立っていた。一晩経って気持ちが落ち着いたのだろうと美蘭は安堵の息を漏らした。
二人でいつものように教室に入り、朝のホームルーム開始まで空と談笑していると、前方の席の女子が美蘭を呼んだ。
「青山さーん、二年の人が呼んでるよ」
「え? 私?」と美蘭が自分を指差すと「うん」と返事が返ってきたので、美蘭は
「わかった」と返事をして席を立ち、後方の入り口から教室を出る。
前方の入り口前には、上級生と思われる女子生徒が立っていた。
「青山美蘭さん?」
「はい」
「私はバスケ部二年の
明らかに迷惑そうに顔を歪めた美蘭に、小宮山はさっさと本題を告げた。美蘭は頭を下げて丁重に断り、教室に戻った。
席に着くと、早速空が様子を伺ってくる。
「美蘭、なんだったの?」
「ああ、バスケ部に入らないかって」
「スカウトってこと?」
「そうみたい。断ったけど、また来る感じだった」
中学の頃は棒高跳びに集中したいと言えば断れたが、あの様子だと帰宅部で競技もしていないことはバレているだろう。面倒ごとが増えたと美蘭は気が重くなり、視線を床に落として俯いた。
すると、空はその気持ちを察した様子で美蘭の顔を覗き込んだ。
「じゃあさ、今日は見つからないとこ行こう?」
「え?」
美蘭が目を合わせると、空はにっこりと優しく微笑んだ。
昼休みになり、空は美蘭の腕を引いて教室を出た。向かった先は保健室だ。
「あら、あなたたち。どうしたの?」
「すみません、ちょっと避難させてください」
久しぶりに戻ってきた二人を見て、養護教諭の井上は驚いてるようだった。簡単に状況を説明し、机の使用許可をもらい、昔のように向かい合って座って弁当を食べる。
もうここへ戻ってはいけないことはわかっていたが、美蘭は向かいに座る空の笑顔を見ながら、懐かしさが溢れ心が温まった。
保健室から戻ると、美蘭の左隣から梅田が声をかけた。
「青山さん、バスケ部とバレー部の先輩が来てたよ」
「え……」
なぜかバレー部も増えていることに、美蘭は恐ろしくなって顔が引き攣った。断るのが面倒そうで憂鬱になる。
「向いてそうだけど、やりたいかどうかは別だよね。私も背が高いだけなのに四月はけっこうしつこくされて困ったもん」
「そうだったんだ……」
美蘭は困ったような顔で当時の話をする梅田に、やっぱり厄介なのかと項垂れた。それを見た梅田は美蘭の顔を覗き込んで話を続けた。
「もししつこかったら、担任に言うといいよ。他学年のクラスに行かないように学校全体に注意してくれるから。見張りも来てくれるしね」
「ありがとう、梅田さん。ていうか隣の席だったんだね」
美蘭は礼を言いながら、つい頭の中に浮かんだことを口に出してしまったことに気づいた。梅田が苦笑いをしているからだ。
「うん。青山さんは青柳くんの方ばかり見てるからね」
「ご、ごめん……」
美蘭は申し訳ない気持ちと空に依存している自分が恥ずかしいという気持ちでいっぱいになり、顔を赤らめ肩を小さく丸めた。
「別にいいよ。けど、たまには私とも話そう」
爽やかに笑う梅田に、美蘭は笑顔で「うん」と頷いた。
放課後になり美蘭が帰り支度をして席を立とうとすると、梅田に引き止められた。
「青山さん、これから坂井ちゃんたちとマック行くんだけど一緒にどうかな?」
「え? 私も?」
「うん、もちろん青柳くんも一緒に」
坂井もこちらを見て「行こう」と声をかけてくれた。美蘭はこんなこと初めてで嬉しかったが、同時にタイミングの悪い自分に嫌気がさした。
「行きたいけど、私、今日病院なんだ。ごめん」
「じゃあまた誘う」
美蘭が残念そうに断ると、それが伝わったのか梅田が優しく微笑んだ。そして、次に「青柳くんは?」と空に声をかけた。
「僕は行こうかな」
「やった! 青柳くん初参加!」
空の返事に、坂井が軽く拍手をして彼の参加を喜んだ。美蘭は席を立ち鞄を手に取った。
「また明日ね、美蘭」
「うん、また明日」
美蘭は笑顔で手を振る空に軽く手を振り返して教室を出た。寄り道に参加できないことや病院が憂鬱なせいか、今日は空と離れて一人になるのが恐かった。
◇◆◇◆
「はあ……」
病院での診察を終え帰宅した美蘭は、着替えてベッドに転がり、医師に言われたことを頭の中で反すうしていた。
「青山さん、体育は休む必要はないですよ。むしろ少し体を動かしたほうがいい。リハビリをしたら競技に戻ったり、他のスポーツを本格的に始めることもできますよ。精神的に不安であればカウンセリングも検討したほうがいい」
自分が一般的な高校生としてはすでに健康体であることはわかっていた。目を背けていた自分の問題に直面し、美蘭は無性に空に会いたくなった。
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