第15話 スラグのグラ賽
騎士団から借りた馬車の豪華なこと、荷馬車にしか乗ったことの無いボクは、驚きばかりだ。
車内にはエクレットとシュクレが乗って、ボクとデガンダは御者席にいるけど、椅子がフカフカでちっとも痛くない。
「だーーーー失敗した、考えてみりゃ、カンドの請願じゃ、年越しても無理だったよね、アタシの名で先触れ出して置くんだったー。
なんか初っ端から躓いちまった」
エクレットの後悔の声が馬車の中から響く。
「あ、あのさ、騎士団の人達とは知り合いだったの?」
「そうよ、昔一緒に魔獣狩りにも、境界線防衛に行ったこともあるわ」
「知り合いとは思えないくらい緊迫してたから、吃驚したよ」
「そりゃね、記録にも残るやり取りだからね、立場もあるでしょう、騎士はれっきとした御貴族様だからね、衛士とは接し方も違うわ、まー、ちょこっと前もって話通しとけば、あの子達奴隷検閲も、もうちょい楽だったかもしれないけれ。
けどね、かなり上手くいった方よ、もしかして・・・・・・」
そう言ってから何か考え込むようにエクレットは黙り込んだ。
シュクレは一人黙って座っているが、不機嫌なままなのか、窓の外を見ている。
そのまま静かな時間が流れ、2アザン程で、御領主館が見えて来た。
正面門の広場を横切らないよう大きく迂回しながら西門へ向かう。
やがて子爵領館西門扉脇の、衛士詰所が見えてきたが、西門が閉じられている。
『詮議の破罪の門印可』を掲げ領主館訪問許可状も出して居るのに。
ボク達は一度馬車から降り整列する、最後に馬車から降りたエククットは胸元から白地にカラフルな図柄の入った布を取り出し、右手で持ち左の肩口付近で広げたまま、衛士詰所に近づいていく。
衛士は布を注視しながら、エクレットの様子を見ている。
エクレットが衛士の前で、右足を引き腰をかがめたままの姿勢をとり、静止したまま頭を下げる。
しばらくその様子を眺めたままの衛士はたっぷり時間を置いて言葉をかけた。
「フェルド子爵城館前である、何用か?」
エクレットはそのままの姿勢で、
「領主騎士団騎士長ベルガランド様、御助力の元、子爵様ご拝謁の先触れを致しております、ログル元冒険者大鷲印可エクレットと申します」
「ログル元冒険者大鷲印可エクレット、ご拝謁の先触れは届いているが、至急であろうと大鷲印可では、閣下へのお目道理は叶わぬ、下がれ」
「不浄者へのご注進有り難く、されど、騎士団長マルディゴート様お立会いの上、騎士長ベルガランド様の詮議を受け、破罪の門を潜っております、ご訪問許可状も掲げ、先触れが届いて居りますれば、何故、ご許可頂けないのでしょうか、吾が身は、冒険者を退き市井に伏して居りますが、左に掲げております通り大鷲金印可を賜っております」
「家名でも賜っておるのか、名もなき者を通すわけには参らん」
「恐れ多くも陛下より賜わりし大鷲金印可でございます」
「ならば、下賜名並びに爵位を述べよ」
「かく尊き御領主をお守りされます衛士様には、一片の風も通さじ御姿勢。
お役目なれば恭順いたし、御領主子爵様への御不敬と見做されては、手前の不作法でありましょう、申さじ弁はございません。
遅ればせながら、御口上のお許しを」
エクレットは一度姿勢を正し、足を揃え直立し、左手を右胸に当て口上を述べる。
「吾が身は、バレルステンの身分ではございますが、ヴァイラス伯爵家息女。
エクリフィス=コルディナート・ド・ヴァイラスで御座います。
閣下へのお取次ぎ願いたく」と左手で家名紋のメダルを胸元に掲げた。
家名紋のメダルをじろりと睨み、暫くして衛士は。
「ヴァイラス伯爵家息女、エクリフィス=コルディナート・ド・ヴァイラス及び、セキュア2名と平民1名の入庭を許す、白の道を辿り進め」と、衛士はエクレットの爵位家名を告げ許可を出した。
馬車は静かに通用門をくぐり左へ針路を変え、見た目にも白い道へと、進んでいく。
白の道は貝殻や白石を敷き詰めれているのか、盛大なガラガラと車輪音を響かせながら進んでいく。
馬車の中では、凄い険悪な雰囲気が漂う。
「あの衛士め、家名まで吐き出させる必要なんてねえだろう」
デガンダがかなり憤慨している。
「陛下より賜りし金印可を、成り上がりの田舎者とでも思っているんでしょ。
その意味もわからず。かわいそうな人」
シュクレがポツリとつぶやく。
「あ~あ、オヤジんとこにまで飛び火しちゃったよ。
子爵止めてくんないかな」
エクレットが本気の嘆きをこぼす。
ボクは今のやり取りを見ていて、よくある光景を思い出していた。
「というよりさ、あの人、
小貨の2・3枚でも握らせたら、通してくれたんじゃないかな」
「「「・・・・・・・・・」」」
「「「はぁ???」」」
「何言ってんの、あんた。
子爵領館の門衛が
「西門とはいえ、そりゃねえだろ」
「だってさ、だって、ギルドの窓口でだって、ビブで扱い変わるんだよ。
急ぎで頼み事するなら、役所だって商館だって
臍曲げられたら3年でも4年でも5年でも、ほったらかしに去れるんだよ。
西門ってさ、平民が来るところなんでしょ?
平民がお貴族様のところに来るのに、
「そんなことで、私は振り回されたの?」
「騎士団の受付でも、
「言われてみりゃ、確かにな、現役離れて鈍ったようだな」
大鷲印可冒険者として面会できれば、それに越したことはないが、家名を告げてしまえば、その言動行動はもとより、服装や立ち居振る舞いの全てが、実家に報告されることになる。
実家を出ているだけで、家名を捨てることは出来ない。
家長の許しを受け、平民へ降嫁していれば、貴族籍は離れるが、バレルステンである以上は、貴族としての責務は消えたわけではない、エクレットは、しばらく実家に縛り付けられることになるだろう。
馬車の中でボクは、「エクレットって貴族様なの?」と思わず聞いてみた。
三人からの冷たい視線が突き刺さり、しばらく沈黙が降りる。
やがてポツリとエクレットが語り始めた。
「そうさね、家を出てたって、これでも私は伯爵令嬢だよ、しかも独身の御令嬢様となっている」自嘲気味に話す。
エクレットは、言いたくない過去というより、忘れていた過去を思い出したような苦い顔をする。
「だけど、エクレットはデガンダと結婚してるんじゃな、い、の?」語尾が尻すぼみになっていく。
「まあね、市井ではアタシは人妻さ、間違いなくね、けどね、貴族令嬢ってのはね、親が結婚を承諾するまで未婚なのさ、親が承諾してない、平民との結婚なんて最初っから無かったことなのよ、届出も抹消されて、なかったことにされるだけさ、貴族社会ではアタシは今でも未通女の独身令嬢さ。
市井じゃたっぷり往き遅れの年だけどね、アタシは未婚のお嬢様、例え
貴族籍を持った男の嫁になるまで、結婚したとはみなされない。
それが貴族さね。」
「でも子供がいれば・・・「いなかったことにされるだけ、最初っからいなかった」」
そう被せて言い放つエクレットの顔がとても儚げだった。
「私たちの家には子供はいなかったでしょ、私とデガンダの正真正銘の子供であってもね、セキュアである以上、エクレットとの子と看做され、摘み取られる・・・・・・・・・。
とてもじゃないけど・・・・・・・・・それが貴族よ」
そうシュクレが補足してくれた。
「めんもくねぇ」デガンダのつぶやきに、エクレットとシュクレが拳骨を落とす。
飛燕印では金印には届かない、大鷲まで登ることができずに引退に至ったのには、相当な葛藤があったのだろう。
なんとも言えない空気のまま、馬車は入口に到着し、馬車を降り、控えの間に通される。
控えの間でも、長らく待たされている、飲み食いもできず、便所に行くこともできず、私語もできず居心地の悪い窮屈な時間が流れる。
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第十五話 スラグのグラ賽
さて次回は
ブルダック爺さんの、家を訪れる一人の紳士。
紳士が語るには、林の中で銭入れを落としてしまい困っている。
首から提げてる貴重品袋に、貴重なコインが入っているので、買い取って欲しいと。
どんなに貴重かと紳士が熱弁を揮う。
「裏の模様が表に描かれ、表の模様が裏に描かれている、表裏反転コイン」
だそうだ、小貨だが、大貨の価値があると言われ、人助けだと買ってしまった。
実に不思議で貴重なコインと、婆さんに自慢するつもりで、ホクホク喜ぶ
ブルダック爺さん
次回「第十六話 議場の均衡」
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