第7話『レッドライダー⑦』
街行く雑踏。その中で煌々と昼を照らすビルの巨大モニター。
人々の家に据え置かれるテレビ。
どれも映し出されるニュースは毎日同じものだ。
『突如現れた謎のヒーロー“レッドライダー”。彼は一体何者だったのでしょうか。その存在を追います』
淡々と話すニュースキャスターとそれに応じるコメンテーター。
人によって意見は違えど話す内容はほとんど同じだ。
『彼はヒーローではありませんよ。何せここは法治国家日本。私刑は立派な犯罪行為ですからね。つまり彼は暴行罪に問われるわけです』
『ですが彼は人の命を救っていますからね』
意見がぶつかり合い、そしてある程度話したところでアナウンサーが話を収める。
変わり映えしない光景だ。
ふと縄が切れたような音で部屋のテレビの光が消える。
犯人は分かっている。不機嫌な上司だ。
「消さないで下さいよ。観てるのに」
少し不機嫌そうに話す男。彼の名は田中尚弥。昨年新しく新設された“地球防衛庁”の長官補佐の一人だ。
元々警察に所属していた役人という変わった経歴を持つ。
しかし移籍が滞りなく行われるほどには優秀な若者だと言えるだろう。
そんな田中の視線の先には二人の女性。
一人は田中の言う“不機嫌な上司”。
田中を“地球防衛庁”に推薦した張本人であり、会うたび何かに憤っている“地球防衛庁長官”、佐藤沙保里だ。
日本人ながら元米軍海兵隊所属という異色の経歴の女性。
相応の経験と年齢を重ねているがそれを悟らせないほどの美貌が彼女の最大の特徴だろう。
だが近づく男がいたとて彼女には敵うはずもない。
そんな彼女が現“地球防衛庁長官”だ。
そしてその横で同じく疲れたようにソファに倒れ込むのは田中と同じ長官補佐を務める高橋馨という女性。
初めて会った時田中は高橋のファーストネームが読めなかったが、“カオリ”と読むらしい。
そんな彼女も実に優秀であり、元々は消防官を務めていた。
若年ながらも現場で大勢の人々を助けた彼女は強い正義感を買われてこの庁に引き抜かれた。
高橋はソファで顔を突っ伏し、佐藤は熱々のコーヒーをガブ飲みする。
明らかに通常営業じゃあない。
だが田中には理由は明白だった。
恐らく官僚達のせいだろう。
そもそもこの“地球防衛庁”というのは佐藤が半ば無理矢理設立させたものだ。
米軍で将校クラスまで上り詰めた彼女は
しかし軍隊を持たない事を公然としている日本に武装集団を公的に設立させる訳にもいかない。
そこで政府の新設の庁として作るに至ったのだ。
だがNASAや米軍での秘密保持もあり、佐藤が何をそこまで必要としていたのかを日本政府に伝える事はできない。
そういった経緯もあり日本政府としてはほとんどお遊びの暇潰しの防衛庁のような感覚なのだ。
なにせ何がそこまで危険なのかを知らされていないのだから危機感もあろうはずがない。
その為未だ“地球防衛庁”は小規模でほとんど役員もいない。
まともに活動しているのもこの場の三人くらいなものだ。
そんな佐藤と高橋はつい先程まで国会に顔を出していた。
恐らく新たな予算案やらなんやらで上と揉めて、ついでに軽くセクハラでもされたのだろう。
佐藤は最悪手が出るが高橋はそこまで武闘派じゃない。
当然ストレスが溜まるだろう。
そんな二人の苦労は分かるが一人残されて書類を片付けた田中だって大変ではある。
だが三人十色で忙しいのも良い組織と言えるのだろうか。
田中は小さく息を吐いて二人にハーブティーを淹れた。
予算も当然悩みのタネだが今一番の悩みは巷を騒がす“レッドライダー”。
レストランの強盗立て籠もり事件に突如現れた謎の男。
見た目はさながら“仮面ライダー”のような風貌で強盗達を瞬く間に薙ぎ倒して警察の前に突き出した。
中で囚われていた一般人は全員無事で済んだが一見して私刑を加える覆面の男というのも看過しきれない。
特徴的な赤のトレンチコートと丸とバツの目をした骸骨のような見た目から、メディアは“レッドライダー”という名前をつけて今やそれが定着している。
本来なら警察の領分だが、佐藤はその存在が世間に晒されてから特に活発に動き出した。
恐らく言えない何かを掴んでいてその時間が迫っているのだろうか。
部下と言えど教えてもらえてない事もある田中と高橋。
しかしスカウトの時のあの真っ直ぐとした正義感のある瞳を信じて着いてきた。
今後も恐らくそうなる。そうする。
田中は再度付けたテレビを見据える。
『─────最近では「“我こそが“レッドライダー”だと名乗る人が急増しています。これについてどう思われますか?』
『非常に危険ですね。もしその“レッドライダー”を免罪符に暴れる輩が現れでもしたらそれこそ大事件に繋がりかねませんよ』
先を見据えて危機を伝えようとするしかめ面のコメンテーター。
しかし言っている事は頷ける。
“レッドライダー”という謎の男の登場で最も危険な未来はその
一般人の中には世間に不満を持ち、影響される者達が必ずいる。
そしてそれらはきっと法的な手段から離れてしまう者もいるだろう。
不特定多数の非法な一般人。これほど危険なものはない。
ふとハーブティーを飲み干した佐藤はテレビを睨みつける。
「このレッドライダー。必ず見つけなければいけないわ」
なぜ。と聞くのは止めておいた。恐らく教えてくれない。
しかし佐藤がそうというならそうなのだろう。
きっとこの男が佐藤の知る危機に重要なピースとなるという事なのだ。
田中は机に向かいパソコンを操作する。
「できる限りの情報網でどうにか探してみます」
「……私も」
疲れながらも手を挙げる高橋。
田中と高橋は佐藤の持つ強い危機感を信じて今日も時間を捧げるのだった。
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