第3話 心の体

 ロレンジア軍本拠地。ドックにて。

 光一郎とゼノは来るべき戦いに備え、まずは外殻の出現から訓練していた。

 外殻。それはこの世の理の外に存在する神の偶像。

 光一郎もあの一件以来出現させたことが無かったため、いざ出せと言われてもなかなか再現出来ない。


「ゼノさん……どうやったら出るんですかね?」

「おう!? いや、私に聞かれてもな……義母上もそういう感覚は分からなかったようだしな」


 一つの機体分のスペースを開けた場所でバッと手を突き出して出ろっと言ってみるも出てこない。

 そんな簡単な動作で出てこられても困ると言えば困る。しかし、模擬戦もしてない状態でぶっつけ本番など流石にリスキーではあるし、なんとか用意はしたい。


「あの時の感覚を思い出せばいいんじゃないか?」

「あの時の……と言ってもかなり昔ですからね」


 怒り、悲しみ、無念。あの日、外に広がった炎の中で感じた不安。孤独。

 それ以上にドロドロしたもの。そうだ……あの日。光一郎が黒塗姫に成り果ててしまった日。外から溢れ出した血に飲まれたことを思い出す。

 その血はやけに暖かかった。母の血。友の血。同胞の血。彼らの無念の想いの詰まった血液。それ以上に、光一郎を想い、光一郎の幸せを願った切なる想い。

 そうだ。あの時、自分は祝福されていた。多くの仲間から。仲間の命を材料に行われた祝福の儀式。全ての想いが一人の人間を活かすために使われるような統一性。

 その結果、自分が見出したものはなんだろう。

 あの時、クロノが現れ、その心の根にあったもの。

 それは……、


「僕の人生の障害を全て排除する力を望んだこと」


 そして、昔の宗教観の基本にもあるような事が芽生えていた。

 神は一人でいい。それ以外の神を否定する。

 光一郎という少年を触媒にクロノという神を降臨させる。

 そして、その神は他の黒塗姫を否定し、崇拝することだけでなく、存在をも否定する。

 しかし、黒塗姫は繋がっている。そこにある矛盾。いや、きっと性質が似ているから共鳴するのであろう。

 成り立ちが似ている神性。だからこそ、彼らはお互いの想うことを知り、そして、お互いを肯定することは絶対にない。

 同族嫌悪の究極系。己以外の神はいらないのだ。

 だから、ゲームをする。己を崇拝する者同士を戦わせ、より強い信者がいるものがより強い神となる。


「だからこそ……争いを好む」


 そのための偶像を用意する。争い、奪い、鏖殺する。

 自己中の果て。エゴの塊。それを形にするイメージ。

 赤の民を、己を誇示するような形の形成……。


「お、おい!? これはっ!?」


 ゼノが隣で驚きの声を上げる。

 何も無かった空間に突如として現れた空間の亀裂。

 そこからドロドロと、マグマのように熱を放つ赤黒い血液が溢れ始めていた。

 それは床に垂れ落ちると、周囲を強く焼き、硬め。それを土台に一つの形を形成し始める。

 人型の巨神。赤い甲殻に覆われた生物と機械の中間。脈動するように節々が赤く発光し、その頭部の複眼に光が灯るとゆっくりとそれは立ち上がる。

 それが視界に映り込んだ瞬間、視界の隅が黒ずみ、


「それがお前の外殻。名をアートマン。赤く黒く良い姿だろう?」


 これが良い姿だろうか? 体の表面が歪になっていて、顔は牙がむき出しだ。鬼のようにすら見える。


「……あの時の姿とは違う」


 ゼノはアートマンを見上げたまま、硬直していた。

 脳裏にフラッシュバックするあの時の記憶。

 吹き上がる溶岩の中から現れた巨人。それは美しくも恐ろしい、鉄の鎧を着た戦士のように見えた。だが、今のこれは何だ……。あの時も恐ろしいとは感じたが、それよりももっと別の……。


「こんな姿じゃなかった」


 光一郎も違和感を覚えていた。そもそも表面がこれはおそらく、筋繊維がむき出しになっているのだ。鎧も何も来ていない素体にすら思える。

 光一郎が出現させたものだからだろうか。クロノが作り出すものよりも弱々しいが、それ以上にこれの素材になったものの心の断片が見て取れるようだ。

 彼らは許せなかっただろう。

 そんな苦悶に満ちた表情がこの外殻にはあった。


「母さん達もこの顔のように感じていたのだろうか」

「分からない。ただバルティカンを心底許せなかったことは確かだな」


 きっとお前ともこれからの人生ともにありたかっただろうよと、ゼノは言った。

 光一郎もそれを否定することはない。ただどうしようもなく、昔には感じていた寂しさを覚えていた。

 しかし、彼らはもうコレの素材なのだ。


「見ていてくれ母さん。僕はきっとこの戦争を終わらせる」


 そのために強くならねばならない。争い、勝利することがこの世界での強さであり、権利者の条件であるのだから。

 光一郎は決意を固めると共に、


「ゼノさん。模擬戦お願いしても良いですか」


 そう、彼女に告げたのだった。

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