第1話 新たな戦争《ゲーム》

 あれから数年が立つ。

 場所はロレンジア共和国首都、北杜(ホクト)。積の国の国民がいなくなり、空き地となった土地を引き継ぎ、バルティカン合衆国の兵士を退けた国。

 そこで、赤の民の生き残りである少年、茨木光一郎は生きていた。

 今現在もバルティカン合衆国との戦いは続いている。

 かつて、バルティカン帝国と呼ばれた敵国。元は世界に国は一つしかなかった。

 原初の国の系譜を引き継ぐ国であるが、その成り立ちはおぞましい。魔法を扱える貴族連中。それらが作り上げた、貴族主義の弾圧独裁国家。

 その仕組みが今も残っている。

 奴隷たちが科学の知恵をつけ、なんとか独立し、ロレンジア共和国、積の国と世界に三国へと分かれたことで力が少し弱まったものの、神様の襲来により、それらにうまく取り入った奴らは魔法以外にロレンジアの科学の力も手に入れたわけだ。

 数年前、光一郎が引き起こした奇跡により、初めて積の国はシェルゲームに勝利し、土地の権利及び、バルティカン合衆国の当時シェルゲームに参加していた兵士の生き残りの権利を奪い取った。

 しかし、勝者は子供であった。

 光一郎はまだ幼すぎたのだ。

 ロレンジアが助けに入ったときには、権利を得た子供一人。

 親を、仲間を失った子供は泣き崩れていた。

 とても何かを考えられる状態ではない。

 そもそもドームの中で何が起こったのか、観測すら難しい状況であった。何か高熱の物体に焼き切られたバルティカンの機体の録画映像を解析することによって彼がこの奇跡を生み出したことを知り、ロレンジアの当時の総裁は彼を育てることにした。

 積の国はもはや亡くなってしまった。

 今残る国は、ロレンジア共和国とバルティカン合衆国のみ。

 ロレンジアも長年の敗戦により、かなり領土を、民を奪われていた。

 このままではまたバルティカンに全てを奪われてしまう。

 その危機的状況を打開できる可能性。それがこの光一郎だ。

 光一郎は素直な子供であった。

 人一倍優しく、虫を殺すことにすら躊躇をするような華奢な子供。

 とてもあのような惨状を生み出すような子には見えない。

 そんな子供であった。

 北杜の兵舎の付近にあるマンション。その一室で今日も彼は目を覚ます。


「……まだ朝早いかな」


 日も昇りきらないような朝。ぼりぼりと赤い髪をかきながら、洗面台にふらふらと現れた少年。

 彼が光一郎。あの戦いを生き延びた少年であるが、あのときのような容姿ではない。積の国の民によくある、赤い髪。小柄な体。頭にはぴょこんと狼の耳が立っており、赤い犬科の尻尾を持つ。しかし、顔立ちは普通の人のものだ。俗に言うこの世界で「獣耳」と呼ばれる形態を取っている。

 元々人は、内に獣性を持つ。

 様々な動物の特徴。それらを古き人間は手に入れ、その暴力性が高まるほどより動物に近い姿を取るような生態を持っている。

 逆に暴力性が少ないものは昔の人に近い容姿を持つのだ。光一郎はまさにその大人しさを容姿が表していた。

 しゃかしゃかと尖った八重歯を丁寧に歯ブラシでこすりながら、髪型を串で整えていく。

 瞳の瞳孔は過去のように裂けてはおらず、丸いごく普通のおとなしい少年のものが、鏡に映っていた。

 あの状態は今や見えない。

 そんな小柄な可愛らしい少年の背中をぽんぽんと叩くものがいた。

 鏡にうつる、高身長の虎のような獣耳の女性。体つきは大変女性らしいもので、胸の大きさ、腰の大きさなど、女性的特徴が大きく発達しており、紫の髪、紫の瞳。おだやかではあるが、ツリ目で強い意思を感じる凛とした女性。

 彼女はゼノ・グラプス。現在、光一郎の面倒を見ているロレンジアの兵士だ。

ゼノは光一郎の頭をワシワシとなでながら。


「今日はわりと早く起床だな光一郎? 嫌な夢でも見たか?」

「いやそういうことはないですよ、ゼノさん」


 ぷっと洗面台に泡と共に唾液を飛ばし、口をゆすぎながら彼女に振り返り、


「今日もまた訓練ですかね?」

「いつもならそうなのだがな……今日は義母上がお呼びだ」

「……おばさんが?」


 光一郎が聞き返すと彼女は首肯し、終わったら変わってくれと洗面台に立った。

 光一郎はそのままリビングへと足を運ぶと、ふとテレビの側にあるアルバムに手をかけた。

 開くと映るのは数年間の思い出。そこには先程のゼノと、もう一人。

 今の自分と同じくらいの年齢の少女が映っている。

 緑髪を持つ犬科の獣耳の少女。コーギーのような小柄な体とそれを包み込む場違いの軍服。この容姿で今の歳は五十二になるというのだから不思議な体をしている。

 その上、このロレンジア共和国の総裁であるのだから凄いものだ。

 この外見、その理由を昔聞いたことがあるが……何でも肉体そのものを魔法に耐えられるように強化する強化人間の実験に巻き込まれた後遺症だと言っていた。

 人間ではなくなってしまっている。だからこそ……自分のような浮いた存在を迎え入れることにも抵抗がないとよく言っていたものだ。

 そんなことを振り返っていると、ゼノがリビングにやってくる。


「アルバムを見ていたのか……? 光一郎」

「うん……昔の写真を」


 そう光一郎が答えるとそっとアルバムを彼の手から取り上げ、ゼノは元の場所に戻す。


「もうだいぶ経つものな……お前を迎え入れてから」

「ゼノさんも確か同時期でしたよね……」

「あぁ……」


 光一郎をあの戦場から連れ帰った兵士であるゼノ。

 ゼノはあの場でなんとか生き残ったバルティカンの兵士であり、そして敗北したことによって光一郎に権利を奪われた兵士でもあった。

 光一郎は無意識に自らを守るように彼女に命じていた。

 その結果、シェルゲームが終わってからロレンジアの友軍がたどり着くまで彼を連れて隠れていたのだ。

 シェルゲームに負けたものは勝者に全ての権限を奪われる。

 ゼノはもはやバルティカンの兵士では無くなっていた。光一郎の奴隷。しかし、光一郎はそのような扱いなどできるはずもなく、彼を守る役目を持っているのであればと、ロレンジアの総裁である彼女はゼノを自らの養子として迎え入れ、光一郎の監視兼世話役として配置した。敵国の兵士を迎え入れる事自体反対意見も多かったが、行く宛のなかった自分たちを迎え入れ、なおかつ保護するにはやりやすい処置だったらしい。

 ゼノはもちろん、元敵国の兵士ということもあり、最初の風当たりは強かった。それでも光一郎を守るという呪いからか、それとも彼女自身の意思か、そんな逆境も乗り越え、今の地位、中尉まで上り詰めた。

 そこに総裁の意思はない。実力でのし上がった彼女。そしてその息子として光一郎も兵士としての鍛錬を確実に積んでいた。

 ふたりとも……あの戦いで生き残り、またバルティカンに弓引くキーマンとして総裁に期待されている。

 さもなくば他の国の民がこのような待遇などありえない。

 それは彼らも自覚しており、今日の面会。少し緊張すら感じていた。


「準備ができたら行くぞ。午前九時までには向かわねばならん」

「わかりましたゼノさん」

「……お母さんと呼んでも良いのだぞ?」

「毎回それ言いますね。でもやっぱり難しいですよ。色々な意味で。何より僕の母さんは一人だけなので」

「そうか……」


 それ以上、言葉を交わすことこそなかったものの、少しゼノは寂しそうに笑う。

 二人は軍服に着替え、戸を開けると、いつもの工業地帯の熱気と騒音が耳に入り始めた。


「今日も……この街は騒がしいな」

「良いじゃないですか。活気に溢れていますよ」


 機械と科学文明の国、ロレンジア。空中を飛空車(ひくうしゃ)が飛び交い、巨大な歯車がゴウンゴウンと地鳴りを立てながら視界の奥でオレンジ色の溶けた鉄が溶鉱炉から金型に注がれている。

 飛空車(ひくうしゃ)。反重力装置を内蔵した空を飛ぶ車。渋滞が少なくなり、縦の幅を道路が得たため、移動は格段に楽になった。

 自分たちは持ってないが、ああいうものが飛び交うことで暮らしは明らかに良くなっている。交通がよくなれば、産業が発達する。商人や技術者が力をつけたこの国ならではの風景。おかげで下の歩道を歩いていると帰って近くにものが通らなくなり安全になった。

 落ちてきたら……ちょっと怖いというのはあるわけだが、その手の心配を極力減らすために機械の管理は国がしっかりしている。定期的に検査に出さねばならないし、そこはとくに厳しくなっている上、どうしても予算がなければ国が肩代わりしてくれる。かわりに国から与えられた仕事をしっかりこなさなければならないが。

 働く気さえあれば、最低限の生活と権利を保証される。資本と社会主義を織り交ぜたような国政。昔はその運営も難しかったものだが、総裁が無限のエネルギーを生み出せる技術を確立してからは安定している。

 しばらく歩いていると目的の建物が見える。十字に建設された巨大な縦長の建造物。その中心にそびえ立つタワーから空へと緑の光の柱が伸びている。

 あれがこの国を支えるエネルギー源。耐えぬ核エネルギーの力。

 一体何で生み出されているかは国家機密となっており、自分たちも知らないが、この国の人々はあの柱を見て総裁への敬意とこの国での暮らしの安定を噛みしめるのだ。

 そんなエネルギー炉であり、ロレンジア軍の本拠地でもある建造物「十字繁栄塔」。名前はシンプルで見たままのようなものであるが、かえってどこにあるかがわかりやすい。

 入り口の自動ドアをくぐるといつもの受付の軍人が椅子に腰掛けてこちらを見つめている。


「本日のご要件は?」

「総裁に呼ばれた。九時からだ」

「今、確認しますね」


 机の裏から面会のリストを眺める男性軍人。しばらく名簿とにらめっこしていたが、該当の名を見つけたのかしまい込むと、


「ありましたね。どうぞ、右奥のエレベーターです。番号は四、三、七、六になります」


 番号を聞き、軍人からカードキーを手渡されると、軽く会釈をしてエレベーターへと向かう。この塔のエレベーターは特殊だ。階層のボタンで動くのではなく、カードキーと毎日変更される番号によって目的の階層に向かう形式になっている。

 光一郎たちはエレベーターに乗り込むと、背の高いゼノが手早く番号を打ち込み、カードをスキャン。軽い振動と共に、エレベーターが上昇し始める。


「久しぶりに会いますね」

「六ヶ月ぶりか? 結構遠征も多かったからな」


 ゼノはそう返し、該当の部屋の前で止まるエレベーターが開くと前に出た。

 部屋に直接向かえるエレベーター。扉が開けば、総裁の部屋。

 先に話をしている人間がいたのか一人の軍人が真横を通り、エレベーターへと移動していく。


「それでは失礼致します」

「うむ……」


 部屋に一つだけ置かれた机と椅子。そこに腰掛けていた小柄な少女。

 獣耳レベル、落ち着いた表情。アルバムでみたものと変わらない容姿。

 しかし、その口から出てくる声は少女の物ではなかった。

 重苦しく、低い、成人男性の声。

 喉に病気があり、その結果あのような声になってしまっているという。見た目とは裏腹に重圧すら感じる低い声だ。


「お呼びですか、総裁」

「……もうやつは行った。いつもの話し方でいいぞ。吾輩もこれは疲れる」


 総裁は立ち上がるとこちらに歩み寄ってくる。

 姿勢はピンと張り、常に油断も隙もない。子供の容姿とは裏腹にその眼光からは冷たく、しかし、温情に溢れた落ち着いた眼差し。

 緑色の双眸がこちらをまっすぐ見つめている。


「光一郎……だいぶ兵士として育っているようだな。体つきも随分とがっしりとしてきた」


 総裁はこちらの肩の肉を揉みながら、にっと笑う。


「恐縮です……おばさん」

「はは。ゼノもよく見てくれているようだな……」

「はい、義母上。ところで本日の用件は?」

「そうだな……時間も限られているし、端的にいうか」


 総裁は再び椅子に腰掛けると、腕を組み、


「この世界にいる血の種族は知っているな」

「はい……僕たちの血の色の違いによって別れている種の違いですね」

「そうだ。全部で五種類。積の国にいた、赤色の血。ロレンジアの吾輩のような緑の血。そして、ロレンジアの北部に住む連中、青の血。バルティカンの傭兵たち、黄の血。最後に……」

「私のような……バルティカン出身の貴族、紫の血ですね」


 そうだ……と総裁は答える。

 この世界の人間は五種類の人種がいる。国でわかりやすく分かれて。いや、血の色が違うと混血が生まれにくいという特性から自然と国が分かれた。

 総裁の説明の通り、積の国では赤い血を持つ民。ロレンジアでは緑の血、青の血。そしてバルティカンでは黄の血、紫の血だ。

 紫の血を持つ人間だけが魔法が扱え、それがあの差別を生み出す結果となっていた。

 要は血の色によって人間が元々もつ特性、才能が違うのだ。

 その才能は未だに研究中であるが、明確になっているのが紫の血のみ。それ以外の血筋は魔法が扱えない。それゆえの選民思想。貴族主義。魔法が扱える人間だけが人でありそれ以外は動物と変わらないという考えに至らせた。


「血によって才能が違う。それは周知の事実だ。最近わかっていることだと、青の血の連中は異常に寒さに強い。獣性が進行し、毛並みが生えているならまだしも、獣耳まで強いのは元々もつ特性の一つだろう。逆にその仲間たちでしか基本繁殖できないから、社会的コミュニティも閉鎖的になる。それは繁栄のための知恵でもあるわけだが、近年、お前。光一郎の例もあり、もう一つの可能性が出てきた」


 総裁は深く椅子に腰掛ける。


「空から現れた神。黒塗姫。あれに人が成る方法。それを試した連中が過去にもいた。古い遺跡であったり、文献であったりを探った結果分かったことだ。いや、もっと言えば奴らが現れる前から何世紀ごとに一度現れているのだ。神が」


 黒塗姫……。この世界のルールを書き換えたシェルゲームを起こせる主催者。

 人知を超えた力を持ち、人々を争いに走らせた。いや、元々争いが好きだった連中をより刺激したというべきか。


「そしてそれの成り立ちは……同種。同じ血統の命を束ねることだった。多くの同種の命が溶け合い、一つに積み重なることで一つの神を作り上げる。それが黒塗姫であり、黒塗姫は2つの姿を持っている」


 だんっ!と机を叩く。


「一つは双眸。その瞳孔がバツ印に裂けた、獣性の濃い、人間の姿。そして、その力を行使するための器として、多くの人の血を集め、吸収し、一つの巨大な神。我々が作り出した兵器、駆動獣機のモデルにもなった力の化身。名を『外殻』を生み出すのだ。逆に言えば、黒塗姫の本体はそちらだ。あの巨人こそが、黒塗姫と言って良い」


 そのいい例として、


「空から降り立った奴らに反抗したものがいた。それらは見たという。彼らの背後に現れた巨人の姿を。逆に言えば彼らも元はきっと人なのだ。いや、人の総意が、違う。悪意が積み重なった結果。闘争をするための強烈な感情の集合。意思の合一。それこそ、自らの命をコストにしていいと思うほどの強い想い。それが積み重なった結果あのような獣性の濃い。強烈な暴力性を持つ人格が形成されている」


 総裁はすぅっと息を吐き、落ち着くように言った。


「今日呼んだ理由は告白をするためだ。吾輩の秘密。それを……」

「秘密……?」

「秘密ですか……?」


 二人が聞き返すと総裁は一度座り直し、汗を拭く。


「吾輩も……黒塗姫になったものだ。いや、正しくはこの国の影のプロジェクトで作られた人造の黒塗姫。まぁ、光一郎の本来の成り立ちで出来たものではなく、人為的に思考統一したものゆえ、不安定だがな」

「総裁……も?」


 驚きであった。過去、強化人間を作り出す実験を受けていたとは聞いていたが、それがまさか自分と同じものであったとは。

 しかし、人為的? 思考を統一? どうやら普通の成り立ちではないようだ。


「人為的ゆえ、不安定。そもそも吾輩の外殻は光一郎のように意思で消すことが出来ない。今も力を垂れ流し、制御が難しかった。だから、この国の動力にしたのだ……」

「動力……まさか……!?」

「そう、この建物の緑の柱……あれは吾輩の外殻が放つ核エネルギーの力。今は多くの機械で拘束し、抑え込んでいるが常に力を行使させるゆえ、ある処置が必要だ」


 そういうと、総裁は立ち上がる。

 そして、近くの冷蔵庫に手をかけると、瓶詰めされている液体をこちらに見せた。

 それは緑色の液体。


「もしかしてこれって……」

「民に献血を頼み、常に血液を供給してもらっている。黒塗姫は紫の民と同じように血を使って権能を扱う。光一郎は数年前、実際に外殻を使用した際に仲間の遺体から血を吸い上げた。数十人分であの出力。しかし、一つの権能で血を使い果たし、外殻は消失した。吾輩はこれを消すことができないゆえ、一日に数十リットルの血を飲む必要がある」

「まるで物語に出てくる吸血鬼のようだ……」

「知っているか。吸血鬼の話を。そう、夜な夜な人々を襲って血を吸い、人外の力を振るう怪物。まぁ、あの話自体」


 そこまで言いかけたところでゼノが口を挟む。


「……バルティカンの貴族を恐れて言われた話ですよね」

「そうだ。あいつらは血で魔法を使い、血を補うために他の血族の血を啜る。本来血液は普通に毒だ。ましてや他の種族の血など、何の病気を発症するか分からない。だが、奴らはそれを自らの血に変換する仕組みを体に持っている。まるで黒塗姫と同じように」

「つまり、バルティカンの貴族は」

「限りなく黒塗姫に近い。いや、おそらく祖先にこの血を集め、束ねる知恵を得ていたのだろう。その結果起こせるようになった奇跡が魔法だ。だが、これは他の血族は真似できない。長い年月をかけて進化してきた結果だろうからな」


 これがバルティカンの力の秘密。とてもまともな考えで起こせるものではない。

 ゼノも同じ力を持っているが、あまり魔法を使わないのはこれが理由なのか。


「ゼノさんも血を取るの?」

「魔法を使ったときは……そうだな。だが、あまり使わない。使わなくても生活はできるしな」

「だが、ゼノの魔法はとても有用だ。定期的に業務として使ってもらっている」


 総裁はにっと笑う。


「魔法の中でもかなり素晴らしい。瞬間移動。テレポートの魔法。一度行った場所であれば瞬時に物を、自分を運べる。質量の大きいものほどリスクはあるが、いける。とまぁ、つまり、血の力はシェルゲームも含め、戦況を大きく変える力を持っているわけだ」


 総裁はそう言うと、立ち上がった。


「奴らにシェルゲームで勝つにはそういった血の力が必要だ。黒塗姫は血の力の最上級。しかし、どうやら吾輩の実験でも吾輩のような黒塗姫は一人しか生み出せなかった。そう、一人だけなのだ。一つの血族につき一人だけ。そして、それから生み出せる外殻も」

「つまり……どういうことなのです?」


 そう尋ねると総裁は言う。


「この戦争で勝つには貴族の連中よりも強い血の力が必要だ。となると、紫の黒塗姫以外の黒塗姫を集め、配下に置くことが勝つための最善策となる。そのためにシェルゲームを行う


 総裁は手をたかだかに広げて言う。

 だが、それにゼノは慌てて口を挟んだ。


「しかし、義母上。今や空から来たシェルゲームを開催できる黒塗姫は全員バルティカンに行ってしまっています。誰が起こすのです? 義母上が?」

「いや、吾輩は出来ない。黒塗姫のなり損ないのようなものだからな。どうも、その力がないのだ。そもそも……吾輩には黒塗姫としての人格がまだ起きていない」

「では……? どうされるのです?」


 総裁は言う


「いるではないか。完璧な黒塗姫がここに……なぁ……『クロノ』?」


 そう、何故か総裁は光一郎に尋ねた。

 その瞬間、ぞわっと全身の毛が立ち上がる。

 光一郎の意識は暗転、髪の根から駆け上がるように黒色が走り抜け、どくんどくんっと周囲に鳴り響くような心音。それとともに、光一郎の獣性がどんどん濃くなっていく。

 そして、その双眸。瞳孔がバツ印に裂け、衣装が黒ずみ、開き、伸びて裂ければ、ドレスと変わる。

 そうあの数年前の姿のように。


「……俺を呼んだか? 蓮鳴?」


 蓮鳴。それは総裁の名である。周蓮鳴という本名をしかも呼び捨てで呼ぶものは少ない。

 そこにいたのはもう光一郎ではなかった。

 ずかずかと目の前を歩き、机にどかっと腰掛けるとにっと笑う。


「そうだ……クロノ。お前の方を呼んだ」

「シェルゲームを起こしたいのか。あぁ、俺なら可能だ」

「……光一郎……」


 ゼノはわなわなと震える。自分が敗北したときに見たあの恐ろしい暴力性の塊。赤子のように無邪気で恐ろしい笑み。無垢で残酷で人の命をネタに遊ぶ嫌らしい神。

 それがまた目の前にいる。恐ろしい。光一郎が元であると知っていてもこの化け物への恐怖は未だに残っている。

 クロノと呼ばれた光一郎の中に出来上がった黒塗姫。

 それは嘲るように笑いながら、


「目標は定まっているのか?」

「もちろん……積の国壊滅前のシェルゲームで黒塗姫になりかけた青の民がいた。その権利を奪い取りたいのだ」

「へぇ……ちなみにきっかけは……?」


 そう聞かれると蓮鳴は口ごもる。

 嫌な記憶。脳裏に浮かぶ阿鼻叫喚の声。


「……吾輩が制御出来なかった外殻の力に巻き込まれた。彼の同胞が死んだ」

「ほう? そうなるとそいつはお前に強い恨みを持っているわけだ。青の民はロレンジアの同胞のはずだが? そうなるともちろん……」

「やつはバルティカンに移っている。仕方がない。本来味方であれば心強いが、きっかけがきっかけなのだ。吾輩は本来……償わなければならない。しかし、それは戦争が終わったあとでいい。バルティカンという悪国をなくしたあとでいくらでもする」

「エゴだねぇ……まぁいいぜ? 俺はそういう戦いのほうが好みだ。ただ、奴さんが来るかどうか分からねぇ。ちょいとこちらで手続きさせてもらうぜ……?」


 そういうと、クロノは衣服の一部をちぎる。

 するとそれは携帯端末のような形となり、それを耳にあて、誰かと会話し始めた。

 しばらくして……。


「来るとよ。ただし、向こうは奴さん出すかわりに、俺をご所望のようだ。まぁ、そりゃそうだ。目的は向こうも同じだろうよ。外殻争奪戦。黒塗姫争奪戦と言った方がいいか? 新しい祭りが始まるなぁ!」


 やはは! と笑いながらクロノは言う。


「時は三日後の正午。戦場は積の国跡地だ。チームは六名。必ず黒塗姫一人を入れること。それでおっぱじめようじゃないか」

「わかった……すまない……光一郎」

「……始まるのか……またシェルゲームが」


 こうして……光一郎が全てを失った日から数年。

 新たなシェルゲームの開催が決定される。この戦争。先に全ての黒塗姫を手に入れたものが勝利する。まさに神に踊らされた無謀な争い。

 しかし、人は平和を。あるいは野望を果たすために戦わねばならない。

 たとえそれがどれだけ不毛な争いであっても。

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