第103話
「……オルトさん、助かりましたっと……アル、急に抱き着かないでくれ」
「ライ、怪我はないかい?ごめんね、ボクがしっかりトドメを刺してなかったせいで危ない目に合わせちゃって……」
「いや、あれは死んだって思うのが普通だろ。それに、呼吸を確認して油断したのは俺もなんだから、気にするな」
アルシェードがペタペタと俺の身体を触って怪我無いか確かめていて、少し擽ったい。
「……服、焦げてるんだけど、その下に火傷とかってないよね?凄い雷だったよ」
「少しあるけど、大した事はないぞ。雷属性への適性の高さはお前も知ってるだろ?あのくらいだったら大丈夫だ」
本当は右腕が使い物にならなくなってたなんて、口が裂けても言えない。ある程度察してはいても、そこまでのリスクがあるとは知らないはずだしな。
下手したら、怒ったアルシェードに奥の手を禁止されかねない。
低レベルの内はあの奥の手のお世話になるつもりなのだ。禁止されるなんて勘弁だ。
そんな事を考えていたら、ジトっとした目をアルシェードから向けられた。
「嘘ついてるよね」
「え?……あっ、あー…………」
「(そういえば、感情が筒抜けで嘘が通じないんだった)」
「ふぅん……ねぇ、ポーチの中を見せてよ。大した事がなかったなら、ポーションは使ってないよね?」
「あー、そ、それはだな……はい、見せます」
証拠を掴まれないようにと時間を稼ごうと思ったら、アルシェードの眼光が鋭くなったので、諦めてポーチを腰から取り外す。
「グオオオオォォォッ!!」
「――ああ、そういえばまだいたね。オルト、悪いんだけど、手足を切り落としておいてくれないかい?トドメはライが刺すからさ」
「承知しました」
「トドメは俺で良いのか?」
「うん、僕はトドメを刺し損ねたし、君が一番ダメージを与えてるしね。正当な権利だよ」
渡す直前に蚊帳の外で放置されていたオーガベアが雄叫びを上げてくれたお陰で、アルシェードの関心がそっちに移ってくれた。
これでポーチの件を忘れてくれれば、御の字だ。
さて、肝心のオーガベアだが角が生え揃い、手の甲殻はその範囲を広げ肘の辺りまで覆っていて、動きの悪い左腕と短剣が刺さったままで見えていないだろう右目を差し引いても、強化されている言えるだろう。
まあ、それでもオルトに軽くあしらわれているのだが……。
「(そういえば、あの姿見た事があるな。あっ、右腕切り飛ばされた)」
ゲームでの設定通りなら、あのオーガベアの姿は通常の個体とは違う。
「……魔境の主」
「ほう、よく分かったな。ライオス殿が言う通り、このオーガベアは魔境の主だ」
右腕を切り飛ばされ、バランスを崩したオーガベアを手早くダルマにしたオルトが、こちらに振り返って俺の口から零れた独り言を肯定した。
神話やら伝説に登場する様なネームド以外の魔物が魔境の主になると、通常とは異なった姿へ変化するのだが、おそらく遭遇した時は変化している途中だったのだろう。
あの時の姿を思い出すと甲殻については通常のオーガベアと同じだが、角は若干違っており、通常の個体は額の中央に一本だけだったと思うので、俺が感じた違和感はそれだろう。
因みに変化に合わせて各能力も強化されるのだが、ランクの壁を超える事は出来ず、精々元となったランクの最上位になる程度の強化だ。
俺やアルシェード相手なら過剰過ぎる強化だが、オルトを相手にするに力不足は否めない。
どちらにせよ、オルトには勝てないのだから強さについてはどうでも良い。
問題は魔境の主になる過程だ。
元々、主のいる魔境であれば既存の主を倒せばいいだけだが、野良魔境の主になる為にはCランク以上かつ魔境内で最も強くなってから、暫くその地位を保たなければならない。
大抵はその間に人間側が異変に気付き、討伐されるのが普通であり、人類未踏の秘境ならいざ知らずここまで人間の勢力圏に近ければ、気付かれない事はない。
つまり、今回の件は人の関与がなければ起こりえないのだ。
「ライオス殿、どうかしたか?傷口は焼いているが、早めにトドメを刺した方が良いぞ」
「ああ、いや、何でもない。オルトさん、ありがとう」
一旦、犯人の見え透いた事を考えるのは止め、トドメを刺す為にトニトスを持ち直して、倒れているオーガベアに近付く。
「グ…ォ……ォォ…………」
あれだけ強かったオーガベアが手足を切断され、俺にトドメを刺されるのを待つばかりの状態になっている事に何とも言えない気持ちになる。
力の足りなかった時には俺も、それどころかアルシェードも同じ様な末路を辿るかもしれない。
「(こいつ相手に死にかけてるようじゃ駄目だ……俺がもっと強くなる為に、死ね!)」
「ガッ…ォ……」
喉にトニトスを突き刺す。
既に瀕死だったオーガベアは一突きであっさりと動かなくなった。
「ライ、お疲れ様。オルト、この後どうするつもりなの?」
「はい、ブートキャンプは中止と致しまして、アルシェ様とライオス殿にはご帰還して頂きます」
「異常事態な訳だし、お父様にも報告しないとだからね……ところで、エドワードは何処にいるのかな?」
エドワードが仕掛けたんじゃないかと思うが、証拠も何もないのでアルシェードの言っている行動が無難か。
いや、エドワードが何処にいるか聞いているから、アルシェードは問い質す気満々かもしれないな。
「……エドワードは別件で離れています。あの者なら自分で返って来れますので、置いていきます。帰りの護衛は私のみになりますが、宜しいでしょうか?」
「僕は構わないけど、ライはどうだい?」
「……その別件がいつ終わるかって、分かるか?」
「分かりません」
「なら、俺も先に帰った方が良いと思う」
エドワードが別件でいないと聞いて、エドワードが逃げて雲隠れした可能性が頭の中に浮かんだが、この程度の事であの人が逃げるとは思えなかったし、そうならばオルトもそうだと言うだろう。
何にせよ、向こうで会うから、その時に問い質す内容を考えておこう。
……エドワードの秘蔵の酒をノーマンドに差し入れておくか。
◆
side エドワード
「――ぶぇっくしゅんっ!!……むぅ、誰かが儂の噂をしておるのかのぅ。ま、ライオス辺りじゃろ……嫌な予感がするのう、早めに帰るか」
長年の相棒である“鬼骨”をオーガベアの死体から引き抜く。
「それにしても、ここは一体どうなっとるんじゃろうな?広域型の魔境の中に異界型の魔境があるなんぞ、聞いた事がない」
どうしてこうなったんじゃったか、とここにいる経緯を思い出す。
そもそもの事の発端は、儂がライオス達に嗾ける手頃な魔物の群れを探している時に空間の歪みを見つけた事じゃった。
中を覗いてみれば、魔物がうじゃうじゃおって明らかに
もしやと思い、外に戻って気配を探れば、Cランクの魔物がチラホラとおるではないか。
流石にこれは不味いと、オルトと話し、外のCランクは一匹の残してあやつが片付け、異界型の魔境は儂が片付ける事になった。
Cランク相手とはいえ、不味くなったらオルトが助けに入れば大丈夫じゃろうという、儂の意見を通した形じゃな。
で、かれこれ丸一日CランクやBランクの魔物の集団と戦っておるが、漸く終わりが見えてきた。
「ふぅ、退屈な戦いじゃ。老骨には堪えるわい。
ざっくり気配を探ってみれば、雑魚共の気配は消え去っていた。
残る気配は始めから感じておった一番大きなものだけ……ふむ、Aランクは堅いのう。
ま、Bランクの上にいるのじゃからそのくらいはないと困るがの。
「……久々に骨のある戦いが出来そうじゃのう。さて、行くか」
儂の中の鬼の血が騒ぐ。
願わくば、我が半身であった鬼と同じとまではいかずとも、十分の一程度は楽しませて欲しいものじゃ。
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