第22話

「……起きてるんだろ」


「まあ、あれだけ大きな声を出されたらね」


 俺が声をかけると、眠り姫はゆっくりとその瞼を上げた。寝起きだからか、彼女は少し気怠げな雰囲気で俺の顔に視線を向ける。


「あれでも信頼しきれないか?」


「……うん、信頼しきれないよ。ライオスだって分かってるでしょ?僕が他人を信じきれない理由」


「まあ、な」


 アルシェードよりも大切なものがある人物は、万が一の時、彼女よりも大切なものを選ぶから信じられない。

 結局のところ、彼女は裏切られるのが怖いのだと思う。


 オルトに関しては、彼がいくらアルシェードが一番大切だと言っても、それを証明する手段がないので、信じきれないのだろう。


「そう難しい顔をしなくてもいいじゃないか。美少女に依存されるんだから、役得だとは思わないかい?」


「それ、自分で言うのか」


「……間違ってないだろう?」


「その通りなんだけどな……」


 俺に対して依存し始めているかもしれないと思ってはいたが、自覚があるとは思わなかった。


 依存されて嬉しくないと言ったら噓になるが、得体のしれない危機感があるので素直に喜べない。


 具体的に言うと、俺にもしアルシェード以上に大切な存在が出来たとして、彼女の騎士である俺がそれを隠し通せる気がしない。

 そして、バレた時に彼女はどんな行動をとるだろうか?


 この状態が悪化していた場合、それ自体が裏切り行為と見なされてフィンブルの錆に……なんて事もあり得るかもしれない。


 信頼出来る相手が多ければ、依存状態も治まるはずなので、オルトに言った言葉は彼を励ます言葉ではなく、切実な俺の本心である。


「ん?君は一体何を心配しているんだい?」


 ピシッと俺の体が固まった。騎士となった事で心の動きがアルシェードに筒抜けなのを忘れていた。

 どう誤魔化したものかと、頭を悩ませる。


「あっ、もしかして将来的に僕よりも大切なものが出来たら、なんていう無駄なことを考えていたのかい?」


 アルシェードの察しが良過ぎるのが地下では頼もしかったが、自分に矛先が向いてしまうとここまで恐ろしいとは思わなかった。

 折角、汗が引いていたのにまた出始めたのを感じる。


 俺の懸念を無駄な事と断じた彼女は、寝返りを打って俺の腹側に顔を向けると、俺の顔を下から覗き込んできた。


「……無駄だとは限らないだろ?」


「いいや、無駄だよ。だって、僕はライオスの主だよ?この世で君の一番の理解者だと言って良い。それに僕は君という信頼出来る味方安らぎを手放さないために全力を尽くすよ。それとも、こんな僕は僕じゃないから君は嫌いになるかい?」


「いや、それはない」


「そっか、良かった」


 安心したように笑みを浮かべるアルシェードはその美しさに僅かとはいえ、妖艶さを覗かせていた。


 今の状態の彼女は言うなれば、取り繕える程度に人間不信が軽くなっている代わりに俺へ依存している状態だ。決して彼女の本質が変わった訳ではない。


 それにもし、俺が原因で本質が変わるような事があっても、それはそれで負い目から離れる事が出来なくなりそうだ。


 ……そんな事より、取り敢えずこの彼女からの圧を何とかしよう。笑顔を浮かべているのにまだ感じる圧が消えてない。


「ねぇ、ライオスは無駄な事考えて、僕を不安にしたんだから、何か安心できるような事を言ってよ」


「急に無茶振りしてくるな。まあいいか……あんな事があったばかりでお嬢も不安なんだろうが、心配しなくても良いぞ。俺とお嬢は主従以前に運命共同体だからな」


「……運命、共同体……か」


 アルシェードが勝ってくれないと俺の人生が詰むと言う意味で使ったのだが、言葉のチョイスを間違えた事に気付いて、焦ったが遅かった。


 彼女は目を瞬かせて、噛みしめるように運命共同体という言葉を復唱する。


「良い言葉だね。僕、気に入ったよ。確かに運命共同体なら裏切られる事は心配しなくても良いね!」


 アルシェードが目を輝かせている。致命的なものが悪化したような気がするのは気のせいだろうか?

 ……ここは話を逸らして、彼女が忘れてくれる事を祈るしかない。


「そ、そうだ!俺以外に信頼出来る相手はいないのか?例えば、お嬢の父親の伯爵様とかさ!」


 オルトの予想が当たっているなら、父親のバルツフェルト伯爵の事も信頼しているはずだ。

 俺以外にも信頼出来る相手を思い出したら、依存も少しは改善されるかもしれない。


「お父様かい?もちろん、心の底から信頼しているよ。何せ、お父様は僕に甘々だからね」


「甘々なのか……」


 オルトの話を聞いて、頭の中で否定したバルツフェルト伯爵の親バカ疑惑が真実味を帯びるというか、真実だった。


「うん、僕が一人娘っていうのもあるけど、僕はお母様によく似ているらしくてね。お父様は側室を娶らなかったし、お母様が亡くなった後に新しい正室を迎える事もないほど、お母様を愛していたんだ」


「……なるほどな」


 愛していた妻とよく似ている一人娘、しかも自分後を継ぐ為に必死に努力をしているともなれば、伯爵が甘くなるのも分かる。


 だが、大の大人がアルシェードの前で、デレデレとしている姿を想像してしまったので、少しげんなりとした。


 ふと気付いたのが、目に入れても痛くない一人娘が何処の馬の骨とも知らないスラム街出身の小僧を騎士にして、更にその小僧に依存していると伯爵が知ったら、激怒するのではないだろうか?


「(伯爵が戦争から帰って来るまでに解決しないと、不味いんじゃないか?)」


 つまり、時間ぐらいしか解決方法が見つからない難題に、時間制限がついた事になる。


「心配しなくても、お父様については僕が説得するから大丈夫だよ」


「仕方ないとはいえ、心を読まれてると思うと少し複雑だな」


「感情が分かるだけだよ。それに君の顔、真っ青だからね。心が読めなくても簡単に分かるよ。大丈夫だって、僕にはリーサルウェポンがあるからね」


 アルシェードはそう自信満々に言い切った。


 父親に対するリーサルウェポンというと、俺には一つ心当たりがあるのだが、それを彼女が使ってしまったら、俺が恨まれそうだが……彼女の依存を解決出来ていなかった場合、甘んじて受け入れよう。


「お嬢、ほどほどにしておけよ」


「そこはお父様次第かな。まあ、そんなことは置いておいて……」


「置いておくのか」


「僕と君の名前の呼び方を変えようと思うんだ」


 名前の呼び方に負けた伯爵は泣いてもいいと思うが、何に変えるのだろうか。


「オルトさんみたいに、アルシェって呼べばいいのか?」


「いいや、違うよ。君には僕の事をアルって呼んで欲しいんだ。で、僕は君の事をライって呼ぶよ」


 アルシェにしなかったのは、オルトやビビアと呼び方が被ってしまうからだろうか?まあ、何にせよ、短いので呼びやすくて良い呼び方だと思う。


「分かった。アル、これで良いのか?」


「……うん、それで良いよ。ライ、バッチリだ」


「呼び方にバッチリも何もないだろ」


「あははっ、そうだね。僕はそろそろ起きるよ。膝枕、ありがとう」


 アルシェードは上機嫌にそう言うと、俺の太腿から頭を退けて立ち上がった。


 丁度その時、扉を叩く音が聞こえた。


「ライオス殿、そろそろ日の出が始まる頃合いだ。アルシェ様を起こしてくれ」


「オルト、丁度起きたところだよ。直ぐに行くからちょっと待ってね」


「承知しました。一階でお待ちしております」


「ライ、先に行ってくれない?」


「分かった」


 寝ている間に固まった筋を伸ばしているアルシェードに促されて俺は先に部屋を出た。



「……顔が赤くなったのはバレなかったかな?ねぇ、ライ。アルっていうのはお母様に呼ばれていた愛称なんだ。君に言ったら戸惑うかな、焦るかもしれないね……あぁ、僕だけの騎士、絶対に君を離さないよ……!」


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