第2話 入れ替わり②
これは収拾をつけないといけない。
幸い、神社は混雑していたので叫び声は誰にも気にされなかったので、すぐに二人を連れて離脱した。
なるべく考えないようにしながら、まっすぐ家に帰ったのだ。
「さて、おふざけはそろそろ止めようか」
俺の部屋で、二人にそう言った。
「兄さんごめんなさい……。私にもなにがなんだか」
と、しゅんとしながら菜月が応え……。
「やば、これ絶対入れ替わりだよ! 映画で見たやつ! え〜本当にあるんだ!」
と、目を輝かせながら冬子がはしゃぐ。
「どうなってんだ……」
ぐりぐりと目元を押さえる。頭がおかしくなりそうだ。
菜月は一秒とてじっとしてられないタイプなのに、今は冬子のように綺麗に正座して、凛としているし。
冬子は理知的で落ち着いているタイプなのに、今は菜月のようにハイテンションで騒いでいる。
入れ替わり。そんな荒唐無稽な現象を信じたくなるくらい、おかしな光景だった。
「菜月ちゃん。私の身体で胡座なんて
「えー、今どきそんなお堅いJKいないよ? 冬子こそ、私になったならもっと元気出してこ!」
……いや、いろんな今で対照的な二人が驚愕の演技力でモノマネしてる可能性と天秤にかければ、まだ入れ替わりのほうな納得できそうだ。
「なんで早くも適応してんだよ……」
頭を抱えて、ベッドに倒れ込む。
うん、きっと寝不足だな。
大晦日だからって騒ぎすぎた。
「当人のほうが理解しやすいと思います。だって、自分の身に起きていることですから疑いようがないですし」
「冬子胸ちっちゃ! 軽い!」
「……なんか身体に無駄な脂肪の塊がありますね。邪魔なので切り落としましょうか」
「やめて!?」
ただただ困惑する俺をよそに、二人は仲良く言い争いをしている。
中身。仮にそれを魂と仮定するなら、二人の魂が互いの身体に入った状態か。
いやそもそも記憶とかって脳みそに入ってるんじゃないのか……。そんな細かいこと気にしてる場合じゃないけど。
「なんでこんなことに……。ちなみに、二人は心当たりとかある?」
俺がそう尋ねると、二人は同時に目線を逸らした。
ぎくり、という効果音まで聞こえてきそうだ。菜月なんかは、目を泳がせて冷や汗を浮かべている。
「ないです。ええ、私にはさっぱり」
「私もないよ!」
示し合わせたように声を合わせて、二人とも否定した。
「ん? なんか隠してないか……?」
「なにを言っているのですか、兄さん。身体が変わった影響で、困惑しているだけですよ。だいたい、入れ替わりの理由なんて私にわかるはずないですし」
「まあ、そりゃそうか。こんな超常現象、理解できるほうがおかしい」
というか、未だに信じられないけど。
だが、いつの間にか受け入れている自分がいた。長年二人と関わっている俺だからわかる。冬子はこんなにテンション高くないし、菜月はこんなに落ち着いてない。演技やモノマネでできる範囲を大きく越えていた。
いやまあ、冬子は器用だからできるかもしれないけど、菜月は絶対無理だ。
菜月の身体の中には、冬子が。
冬子の身体には、菜月が。
それぞれ、入っているのだ。
「これからどうすればいいんだよ……」
一旦入れ替わりの事実自体は受け入れるとしても、問題は山積みだ。
深く考えなくてもわかる。
今日からまったく別人の身体で暮らすことになったとして、突然対応できるはずがない。
別人の記憶しか持っていないのだ。生活環境も、交友関係も、趣味も、なにもかもが違う。
「まあ、外では互いのフリをして暮らすしかないでしょうね。まさか、こんなこと誰にも言えませんし」
「そうだよなぁ。ま、冬子と菜月だったのは不幸中の幸いか? 二人とも、ある程度は相手のことを知っているだろうし」
「菜月ちゃんの馬鹿……ではなく、能天気な言動をしなくてはならないのは不服ですが……」
「心中お察しするぞ冬子。まあ、冬子なら演技もできるだろ」
「任せてください」
兄妹だからか、スムーズに話が進む。息も合うし、冬子は頭がいいから話が早くて助かるな。
なぜこうなったのか。いつ戻るのか。そんなことはさっぱりわからないけど、当座の対応策としてはこれしかないだろう。
治し方がわかるまでは、お互いの人生を歩むしかない。
「ちょ、ちょっと待って? 二人とも、なんでそんなに冷静なの?」
「わけわかんなすぎて一周まわって冷静になってきた。というか、慌てても仕方ないだろ」
「むむむ……」
冬子がこうも表情豊かだと、違和感がすごいな。
元が整っているから、これはこれで可愛い。中身が菜月じゃなければな……。
菜月の身体のほうも、いつもの騒がしさはなくクールな感じだ。
こちらも元が美人な上、冬子の落ち着いた大人な雰囲気と相まって色気を醸し出している。
「私は菜月ちゃんが心配です。菜月ちゃんが演技をできるとは思えませんから」
「なな、私だってできるよ! 冬子こそ、私になりきるなんて不可能なんじゃない?」
「できるよ! ほらね?」
顔が一瞬にして変わって、いつもの菜月の表情になった。
少しぎこちないが、なるほど、これなら事情を知らない人は疑いすらしないだろう。
「と、いう感じで、見破られることはないと思います。兄さんの前でやるのは恥ずかしいですね」
「さすがだな」
「菜月ちゃんは……とりあえず、事情を知っている兄さんが近くにいるから大丈夫でしょう」
「ん? 冬子は?」
「私は菜月ちゃんの家に帰らないといけませんから」
言われてみれば、そうか。
ここは俺と冬子が住む家だからいいけど、当然ながら、菜月は自分の家があるのだ。
初詣のために出てきたけど、恋ヶ窪家の年末年始は毎年、家で過ごすと決まっていたはず。
「あ!」
気づいていなかったのか、冬……ではなく菜月が、頭を抱えて声をあげた。
「てことは私、お母さんのお節食べられないじゃん!」
「この後に及んで飯の心配かよ……」
本当、見た目が違くても菜月そのものだ。
「本当ですよ。兄さんと離れなければならない私の身にもなってください」
そう言って、冬子が立ち上がった。
「わからないことがあったらメッセージを送りますので、携帯は近くに置いておいてくださいね」
「わ、わかったよ」
「それと、兄さんと二人だからって変なことはしないように」
「むむ、冬子だって、私の身体を大事にしてよ?」
冬子がちらりと俺を見る。
そうだ、冬子がいなくなるということは、菜月と二人きりで過ごさないといけない。
なぜなら……この1LDKのアパートは、俺と冬子の二人だけで住んでいるからだ。
「では、また連絡しますので」
そう言って、冬子は出て行った。
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