エスケーピング・ゾンビー!

あばら🦴

一話

 辺り一帯に広がる死体、死体、死体の数々。それらは肉体の様々な負傷しているにも関わらず、もう既に心臓が止まっているにも関わらず、唸り声をあげながら動き回っていた―――僕もなんだけど。

 生存者がいっぱいいた頃は楽しかったけど、もう街の住人全員がゾンビになったっぽいからすることが無いな。

 僕は大きめの教会の中にたむろしている。他にも僕と同じように暇してるゾンビが結構いて、朽ちて崩れ落ちた天井からの月明かりとかが心地いいんだと思う。ある日一階なのに下に繋がる隠し階段を見つけたんだけど、その下はなんかの研究所っぽくて、明らかにゾンビとはまた別の化け物の声がするから行きたくはならなかった。

 今日もまた何もすることが無く、軋む教会の部屋や廊下をうろついて、すれ違うゾンビと会釈する。これからも無限にそうしていくのだろうけど不思議と苦痛じゃない。多分だけどゾンビ化で苦しみが感覚から遮断されているみたいだ。むしろ僕はこの身体の方がありがたいな――――――


 ズドン!


 銃声が鳴ったのは教会の入口付近だった。もうこの街には生存者なんていないはずで、おそらく外からやってきたのだろう。

 どんなやつがなんのためにという好奇心と、それから生きた人間の肉を食べたいという欲が僕や周りのゾンビを掻き立てる。各々が唸り声をあげながら銃声がするエントランスへと吸い寄せられた。


 ズドン! ズドン! ズドン!


 まだ生存者はいるらしい。既に相当の数が集まってるけど僕の分の肉は残ってるかな。


 ズドン! ズドン! ズダダダダ! ダンッ! カチッ、ドーーン! ズドン! ドキャーーン!


 ……持ちすぎじゃない? 武器の方もだけど。

 もしかして複数人で来たのかな? だったら肉も余るけど、でも嫌な予感がするなぁ。ここはちょっと様子見しておくか。エントランスに着いたけどここでは出ていかないで、手前の廊下の角に身を潜めてどんな状況かを…………。


 ぜ、全員倒してやがる! あの数を一人で! 本当に人間か!?

 朽ちた結果床に大きな穴がいくつか空いている広いエントランスに背丈タッパの良い若い男が立っていた。背負ってる重そうなバッグからはいくつか長い銃火器の銃口がはみ出していて、そいつの足元には死体が所狭しと転がっている。

 こいつはやばい! あんなのとかち合ったらじゃないか!

 僕の後続のゾンビが続々とエントランスに入っていく。そしてそのまま蜂の巣にされて死体の山の一部になるのみだった。なんて地獄絵図だ! それにあいつコロコロ標的を変えたり武器を替えたり手際が良すぎるぞ!

 手榴弾も使ってるけどなんで床が抜けたり火事にならないんだ? まあいいか。


 あんなん無理無理。たまにいるんだよね、相手しない方が良いタイプの生存者。他のゾンビたちは速攻向かっていくけど、僕は命が大事だから無謀なことは避けてるんだ。

 あっ、いつの間にか群がったゾンビを狩り尽くしたらしい。僕も立ち上がって見つからないようにこの場を―――


 ズキャーーーン!


 僕のすぐ足元の床に銃痕とそこから立ち上る煙が見えた。振り返らなくても誰かの視線を感じ取れる。

 見つかっちまった! まずい、逃げろ! 僕は一部から良い顔をされない走れるゾンビなんだ!

 さささっと目に入った部屋の一室に転がり込んだ僕。めっちゃ怖いから中にあった二つあるロッカーの片方に隠れたけど、でも敵意が無いことが分かったんだから探しに来ることなんて―――そう思っていたらあの男がドアを蹴破って入ってきた。

 首を軽く動かして部屋を見渡して一言。


「あの野郎どこ行きやがった?」


 ……えっ? 明らかに僕のこと探してるじゃん。なんで? 僕なんか悪いことしたっけ? むしろなんもしなかったよね?

 男が部屋の隅々を見回しながら歩いていく。足音がする度に僕の心臓はドクドクと高鳴る。比喩だけど。

 すると男はロッカーの前で立ち止まった。数秒間じっと見た後に勢いよく開く。中を見た男が言った。


「薬草もねえのか……」


 残念そうにため息をつくと今度は僕のいるロッカーを一瞥する。しかし開ける素振りは見せなかった。


「まあ、なんもねえだろ」


 ポツリとつぶやくと男が部屋から出ていった。安堵と共に僕はロッカーから出る。思えばこんな感覚はいつぶりだろうか。

 それはそれとして早くこの教会から出ていかないとな。

 耳を澄ませば銃声が聞こえてくる。あの音に注意すればいいんだ。

 窓から出ていくか―――と思ったが、ここにいた生存者たちは窓に板を打ち付けて防衛してたことを思い出した。窓を見ると案の定その名残りとして、まるで不正解を示すようにバツの形で交差した二枚の板が見えた。

 じゃあ入口から出ていくしかないな、とエントランスに向かっていった。銃声は今は二階のようで見つかる心配は無いだろう。



 エントランスに着いて同胞たちの肉を踏み鳴らしながら正面玄関に向かっていく。僕は死にたくないんだ、こいつらとは違う。

 そう思いながら歩いていたその時、なんと後方から銃声がしたのだ。驚いて振り返る。そして僕は大事な点を忘れていたのに気付いた。

 このエントランス、二階までの吹き抜けだ!


 二階の木の柵越しにこちらを見下ろすあの男が僕に銃口を向けている。まずい!僕は咄嗟に横に転がって、銃口から放たれた弾丸を避けた。しかし完全には避けきれず、腕が付け根から吹き飛ばされてしまった。

 だが身体、もとい脳は無事だ。僕は穴を避けながら男の位置からだと直線距離に入らない柱の後ろに隠れこんだ。

 こうなると銃は使えない。なら手はひとつしかないだろ、早く


 僕の読み通りあいつは手榴弾を投げてきた。それが僕のところに来る前に僕は飛び出て手榴弾を残った拳で弾く! 弾く方向の狙いはエントランスの床に空いた穴の中……上手くいった! 穴から煙と共に地が崩れるような轟音が響く。

 あの男に対しても上手く目くらましになったようだが、狙いはもうひとつある。僕は忘れずにちぎれ落ちた腕を拾って穴の中へ飛び込んだ。穴のさらに下の先が、入らないと決めていた研究所だと知ってて僕は飛び込んだのだ。

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