婚約破棄の明と暗

仲村 嘉高

第1話:愚かな婚約者




「お前との婚約は破棄する!」

 いきなり学園の教室という公の場で婚約破棄を告げたのは、侯爵家の次男であるアンソニー・ホッパードだ。

 その隣には、伯爵家の次女であるリリー・アムネシア

 今、婚約破棄を告げられたローズ・アムネシアの実妹である。


 婚約者でもないのに寄り添いニヤニヤ笑っている婚約者と実妹を見て、ローズは溜め息を吐き出した。

「家に持ち帰って、前向きに検討させていただきます」

 明言は避けて、ローズは婚約者の前から辞した。


 本来ならば「前向きに検討します」は、断りの文言である。

 しかし今回に限り、ローズの中では言葉通りの意味だった。



 家に帰ったローズは、すぐに父であるアムネシア家当主の執務室へと向かう。

 いつもなら使用人に言伝ことづてを頼んで了承を得てから訪ねるのだが、今日はその時間も惜しく感じていた。


「何事だ」

 予定外の来訪者に、中から若干不機嫌な声が聞こえてきた。

「ローズです。緊急の要件があり、お時間をいただきたいのです」

「入れ」

 いつものローズならば絶対にやらない不躾な訪問に、伯爵も父親として何かを感じたのだろう。

 すぐに入室許可が出た。



「いきなりですが、本題に入ります。アンソニーに公の場で婚約破棄を宣言されました」

 書類にサインをしていた伯爵が顔を上げ、執務机の前に立つローズを見た。

「詳しく聞こうか」

 立ち上がった伯爵は、ローズを伴ってソファへと移動した。


 メイドを呼び、紅茶を用意させる。

 二人で紅茶を飲み、気を落ち着けてから話を戻した。

 ローズは今日、学園で起こった事を説明した。


「それでは、ホッパードの馬鹿息子と一緒に、リリーも居たのだな?」

「はい。それはもう、どちらが婚約者かわからない程に仲睦まじかったですわ」

 この場合の「どちらか」とは、ローズとリリーの事である。

 なぜなら、まだ婚約は破棄も解消もされていないのだから。



 アムネシア伯爵は、一つ大きな息を吐き出した後、立ち上がった。

「私はこれからホッパード侯爵家へ行って来る。マーガレットへの説明を頼む」

 マーガレットとは、ローズとリリーの母であり、アムネシア伯爵夫人である。

 ローズもソファから立ち上がった。

「かしこまりました」

 ローズがニッコリ微笑むと、アムネシア伯爵はローズの頭を撫でてから部屋を出て行った。


「私がショックを受けているとでも思ったのかしら?」

 父親が出て行った扉を眺めながら、ローズは撫でられた頭に手を当てた。

 久しぶりに子供扱いされて、照れてしまったが何となく嬉しかった。



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