終章 10

 アルベルトがヨリックを国に連れてきてから10日が経過していた。


「お姉様……とっても綺麗です……」


ヨリックが私を見つめて顔を赤くしている。


「フフフ、ありがとう」


ウェディングドレスに身を包んだ私はヨリックに微笑む。

まさか、この世界でウェディングドレスを着ることになるとは思わなかった。橋本恵みとして式を挙げた日のことが脳裏に浮かぶ。


「ええ、ヨリック様の言うとおりです。本当にお美しいですよ、クラウディア様」


マヌエラが私のヴェールを整えながら声をかけてきた。


「クラウディア様、どちらの香水を使われますか?」


リーシャが私の前に香水が並べられたケースを差し出す。


「そうね……アルベルト様は柑橘系の香りが好きだから、これにするわ」


自分で香水を選ぶと、エバが笑顔になる。


「本当にクラウディア様はアルベルト様をお慕いしていらっしゃるのですね」


「ええ、そうね。アルベルト様は私にとって、掛け替えのない方だわ」


何しろ自分の命を……錬金術師としての力を失ってでも私を回帰させたのだから。


「僕がお姉様と結婚できたなら良かったのに……。がっかりだな……」


ヨリックが不服そうに口をとがらせる。


「ありがとう、そんな風に言ってもらえるなんて嬉しいわ」


するとリーシャが言った。


「ヨリック様だけではありませんよ。実は昨夜のことですけど、ユダさんが昨夜お酒を飲みながら、泣いていたらしいですよ? 身分差の恋がこんなに悲しいものだったなんて〜って」


「リーシャ! その話は内緒にしておくように言ったでしょう!?」


マヌエラが慌てる。


「え? ユダさんもですか? そう言えば、ハインリヒ様も昨夜はお酒を浴びるように飲んで、時折クラウディア様……とため息を付いていたそうですから」


「エバ! あ、あなたまで……! クラウディア様、どうぞ今の話はお気になさらないで下さい。リーシャ、エバ! 挙式の前に変なことを言ってはいけません!」


「いいのよ、別に気にしていないから」


だけど、そういうことだったのか。どうりで昨夜から2人の姿を見ていないはずだ。

いつもなら夜と朝の挨拶に必ず顔を見せに来ていたのに。


「さて、準備は整いました。では教会へ参りましょうか? アルベルト様がお待ちです」


「ええ、そうね。行きましょう」


マヌエラの言葉に私は頷き、立ち上がった――




****


ゴーン

ゴーン

ゴーン


教会の鐘が鳴り響き、目の前の扉がゆっくり開かれた。すると、ずっと先の祭壇の前で私の方を見つめているアルベルトの姿がある。

通路を挟んだ両脇には城中の人々が見守っていた。


私はアルベルトに視線を向けると、真っ直ぐ彼の元へ向かって歩きだした。


昨日アルベルトは戴冠式に臨み、『エデル』の真の国王となったのだ。そして私は今日、彼の妻……この国の国母となる。


「とても綺麗だ。クラウディア」


アルベルトの待つ祭壇に到着すると、彼は熱い眼差しで私を見つめる。その瞳の奥は……何処か懐かしさを感じさせる。


「……ありがとうございます」


気恥ずかしい思いが込み上げ、思わず顔が赤くなる。そして厳かな式が始まった――


指輪の交換も終わり、神父が私達に言う。


「……それでは誓いのキスを」


その言葉に私達は向かい合うと、アルベルトがそっとヴェールを上げる。


「クラウディア……」


アルベルトが私の名を呼び、顔を近づけてきたので私は目を閉じた。

すると、彼の唇が私に重ねられる。


回帰前はおろか、回帰後も私達はキスを交わしたことが無かった。

この式が、2人にとって初めてのキスとなったのだ。


やがてアルベルトが私から顔を離すと、途端に教会の中は拍手の渦に包まれ教会の扉が開かれる。


「行こう、クラウディア」


「え? キャア!」


あろうことか、アルベルトが私を抱き上げた。


「ア、アルベルト様!? い、一体何を!?」


「このまま教会を出るのさ」


私に無邪気な笑顔を向けると私を抱き上げたまま、アルベルトが出口に向かって歩き出す。


一国の国の王が、花嫁を抱き上げて教会を歩くなんて……こんなの前代未聞だ。

参加している人々も呆気に取られた顔をしてみていたが……。


すると、1人の人物が大きな拍手をした。その人物はユダだった。彼の周囲にはハインリヒにトマスやザカリーの姿もある。

ユダの拍手を皮切りに、再び教会は拍手の渦に包まれる。


ありがとう、ユダ。

アルベルトに抱き上げられたまま、私は彼らに視線を送り、心の中で感謝した……。



この日は国を挙げて結婚の祝いがわれた。

各領地の広場には城からの贈り物として無料で飲食が出来るスペースを設けた。

これは私からのたつての願いであり、アルベルトが快く承諾してくれたのだった・



****


 結婚式が終わったその日の夜――


私とアルベルトはバルコニーのベンチに座って月を眺めていた。


「綺麗な月だな」


「はい、そうですね。……色々ありましたけど……今日は本当に良い一日でした」


するとアルベルトが私を見つめる。


「? まだ一日は終わっていないぞ? これからじゃないか?」


「……?」


その言葉に首を傾げると、突然アルベルトに抱き上げられた。


「キャッ!」


驚きで、小さな悲鳴が出てしまう。アルベルトは私を抱き上げたまま部屋に運び、そのままベッドの上に寝かされた。


「ア、アルベルト……様……」


アルベルトは私の上に覆いかぶさっている。


「……もう夫婦になったんだから……いいよな?」


「……は、はい……」


「愛してる。クラウディア」


「私も……です」


私の言葉にアルベルトは口元に小さな笑みを浮かべ、そのまま顔を近づけてくると唇が重ねられた。


アルベルト……


私は彼の首に腕を回す。



そして、この夜。

クラウディア・クロムとなった私は、初めてアルベルト・クロムと結ばれた――




****



――その後


アルベルトは若き国王として国政に励んだ。

そして私は国母としてアルベルトを支えるだけでなく、『聖なる巫女』兼、錬金術師として忙しい日々を送った。


私とアルベルトは子宝に恵まれ、2人の王子に2人の王女が生まれた。

国は益々発展していき、『エデル』は貧民が1人も居ない国を築き上げた名君としてアルベルトの名声は高まっていったのだった。




それから60年の歳月が流れた――


80歳を超えた私は、今……死の床に附していた。


ベッドの周囲には子どもたちと孫が集まり、私をじっと見下ろしている様子がぼんやり分かる。


「母上……どうかしっかりなさって下さい」


他国へ嫁いだ第一王女が私の手を握りしめる。


「お祖母様……死なないで下さい」


まだ年若い孫の王子が涙ぐんで私を見ている。他の子供や孫たちも誰もが泣いていた。


アルベルトも5年前に既に他界してしまっている。……私もそろそろだろう。

もう、十分この世界で生きてきた。

この国の為に一生懸命頑張ってきたので、もう何も思い残すことはない。


指一本も動かすことが出来なかったが、必死で最期の言葉を紡ぎ出す。


「み……皆……あ、後のことは……お、お願いね……」


「お母様!!」

「母上! 目を開けて下さい!」

「お祖母様ー!!」


周囲で騒いでいる声が急速に遠くなっていくのを聞きながら……私の意識は完全に途絶えた――


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