第2章 93 不安な瞳

 その後も、何故かアルベルトは不機嫌だった。


 今のアルベルトは回帰前の頃の彼のように見える。視線も合わすことなく、一言も話さずに食事をしているので、私も黙って食事を続けた。下手に声を掛けて益々彼の機嫌が悪くなるくらいなら、いっそ無言のまま食事をしたほうがずっといいに決まっているのだから。

 

 そんなに不機嫌になるなら、いっそ私と一緒に食事を取ろうなどと望まなければ良いのに……。


 私は心の中でため息をついた――。


 

 食事が終わり、目の前に座るアルベルトを見ると何か考え込むかのように紅茶を口にしている。

 すると私の視線に気付いたのか、アルベルトが声をかけてきた。


「食事が終わったのか?」


「はい、頂きました。では私はこれで失礼致します」


 立ち上がり、挨拶をすると私は彼に背を向けて扉へと向かった。


「クラウディア、待て」


 その時背後でアルベルトが立ち上がり、こちらへ歩いてくる気配を感じた。


 次の瞬間――。

 突然背後から抱きしめられた。


 え?一体何?!


 突然のことに戸惑う私。


「ど、どうしたのですか?アルベルト様」


 私の問いかけにアルベルトは益々強く抱きしめてくる。そして髪に顔をうずめ、まるで縋り付くかのように語り掛けて来た。


「クラウディア……。まさか領地へ行ったまま……国へ帰ろうと思ったりしてはいないよな?」


 一瞬、その言葉にドキリとした。確かにいずれはアルベルトと離婚をし、国へ帰ることを考えてはいたけれどもそれはまだ先のことだ。


「そんなことは考えてもおりません。私は本当にあの後の領地がどうなったのか、気になるので様子を見に行くだけですから」


「そうか……。他にもう一つ、聞きたいことがある。『アムル』でお前が会いたいという人物はドーラという老女だけか?」


 アルベルトは未だに私を抱きしめたまま尋ねてくる。


「い、いえ……確かにドーラさんには会いたいですが、それだけではありません。村人全員に会いたいと思っています。皆さんが今どうしているか知りたいからです」


「分かった……ならいい」


 ため息をつきながら、アルベルトは身体を離した。


「てっきりこの国にもう嫌気がさして、国に帰りたいと思ったのではないかと思ったのだ。何しろ……ここにはお前を敵視する者がいるし、得体のしれない女もいるからな」


 振り返って見上げると、アルベルトはどこか不安そうな顔で私を見つめている。彼の瞳には私の姿が映り込んでいた。


「アルベルト様……」


 得体のしれない女……。

 カチュアのことだ。確かに今はそう思っているだろう。けれど、彼女は人の心を掴むのが上手な女性だった。いずれアルベルトもカチュアに心を奪われる日が来るかもしれない。


 その時が来ても、今のような目を私に向けてくれるのだろうか……?


 じっと見つめていると、アルベルトは私の額にキスをしてきた。その行動に驚き、肩が跳ねそうになってしまった。


 そんな私の様子にアルベルトは何か気付いたのか、フッと笑みを浮かべた。


「扉の前にハインリヒが待機している。送ってもらえ」


「はい……」


 アルベルトが扉を開けると、ハインリヒが待っていた。


「クラウディアを部屋まで送ってやれ」


「かしこまりました」


「今日は1日、執務室で仕事をしている。何か用事があればいつでも来るといい」


「はい、分かりました」


 頷くと、笑みを浮かべるアルベルト。


「それではまたな」



 そして、扉は閉ざされた――。



 

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