第2章 84  不穏な騎士

 城に到着した頃は19時を過ぎていた。


「疲れただろう?クラウディア?」


 馬車を降りるとすぐにアルベルトが声を掛けてきた。


「いえ、大丈夫です」


「そうか?それを聞いて安心した。なら今夜も一緒に食事を取ろう。やはりいずれは夫婦になるのだから食事くらいは一緒に取らなければな?」


「はい、そうですね」


 その時――。


 城のエントランスホールの大扉が開かれ、宰相が神官を引き連れて現れた。宰相はまっすぐ私達の方へ向かってくると声を掛けてきた。


「アルベルト様。随分お帰りが遅かったですな。家臣ともども、皆心配しておりましたぞ?」


 そして何故か次に宰相は私を一瞬ジロリと睨みつけてくるとすぐにアルベルトの方を向き直った。


「アルベルト様……既に訪れた領地で水が蘇ったと言う報告は聞かされております」


「そうか、クラウディアの功績がもう届けられたのか。それは良いことだ」


アルベルトが笑みを浮かべる一方で宰相はますます不機嫌になっていくのが手にとるように分かる。


「そのことで、大切なお話があります。出来れば2人きりで話をさせて頂きたいのですが?」


 そして再び宰相は敵意の込められた目で私を見る。私は無駄に宰相の気を損なわせるようなことはしたくなかった。


「分かりました。それでは私は先に部屋に戻らせて頂きます」


 するとアルベルトが本日、領地視察に同行した4人の騎士たちに声を掛けた。


「お前達の中で誰か1人、クラウディアに付き添ってやれ」


恐らく私に付き添う為に自ら名乗る騎士などいないだろう。


「いえ、アルベルト様。私なら……」


言いかけた時、1人の騎士が手を上げた。


「私が付き添います」


見ると、赤毛の一番年若そうな騎士だった。


「そうか、ハインリヒ。お前が付き添ってくれるのか?」


「はい」


ハインリヒと呼ばれた騎士は頷くと、私の方を振り向いた。


「それではまいりましょうか?クラウディア様」


「はい」


ハインリヒと一緒に城の中へ入ろうとした時……。


「クラウディア」


不意に背後からアルベルトが声を掛けてきた。


「はい、アルベルト様」


「また後でな」


「はい、また後ほど」


 私を見て笑みを浮かべているアルベルトに会釈すると、私はハインリヒと共に城の中へと入った。



「陛下は本当にクラウディア様を大切に思われているのですね」


 城の中へ入ると、すぐにハインリヒが声を掛けてきた。


「ええ、そのようね」


「ところで、クラウディア様はユダと言う見習い騎士をご存知ですか?」


「え……?」


ハインリヒの言葉に思わず足を止めた。


「貴方はユダのことを知っているの?」


「ええ。勿論です。彼は私と同じ騎士団に所属していますから」


「そうなのね。ユダは頑張っている?」


 私は再び歩きながら尋ねた。


「ええ、とても頑張っていますよ。必ず騎士になってクラウディア様の専属護衛騎士になるのだと話しておりますから」


「そう……」


 ユダが頑張っているという話を聞いて少しだけ嬉しくなった。この城は私にとって敵だらけだが、ユダなら信頼出来る。私が生き残る為には少しでも多くの信頼出来る仲間が必要だから。


「なので私はクラウディア様の専属護衛騎士に名乗りを上げようかと思っています」


「え?」


いきなり突然彼は何を言い出すのだろう?どう見ても……彼の私を見る目は好意的なものではないのに?


「クラウディア様、ユダとはどのような関係ですか?」


「どのような関係と言われても……ユダはこの国まで私を連れてきた護衛兵士だったのよ?」


「本当にそれだけでしょうか……?」


 ハインリヒが鋭い目で私を見る。


「ええ、そうよ」


「ですが……どうもユダは特別な感情をクラディア様に寄せているよう感じます。私は陛下を尊敬しています。あのお方に忠誠を誓っているのです」


「そう。それならアルベルトも安心ね」


「ええ、ですからクラウディア様のお側で護衛騎士として仕え……陛下を裏切ることが無いように見晴らせて頂こと思っております。これだけは忘れないで下さい。私がクラウディア様の専属護衛騎士に名乗りを上げるのは陛下の為であるということを」


「……」


 私は何と答えればよいか分からず、黙ってハインリヒの言葉を聞いていた。けれど、宰相とはまた別の意味で私の脅威になり得る存在であることは確かだ。


すると――。


「クラウディア様」


不意に声を掛けられた。


「な、何かしら?」


「お部屋の前に到着致しました」


「あ……」


 見るといつの間にか私の部屋の前に到着していた。


「それでは私はこの辺で失礼致します」


 ハインリヒはそれだけ告げてくると、踵を返して大股に歩き去っていった。


「ハインリヒ……」


一抹の不安を感じながら、遠ざかる彼の後ろ姿を私は見届けた――。







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