第2章 58 夢遊病の如く

 私達は家族4人で、夫の運転する車で温泉旅行に向かっている。


助手席に座っていた私は車の揺れが気持ちよく、いつの間にか眠りに就いてしまっていた。


『母さん、起きろよ。外の景色が綺麗だよ』


倫の声が聞こえている。


『倫、やめなよ。お母さんは皆の旅行の準備で寝たの遅かったんだから。ホテルに着くまで寝かせておいてあげなよ』


フフ……葵。大分私を気遣えるようになってきたわね……。


『ちぇっ。折角綺麗な紅葉だったから見せてやろうと思ったのに』


『まぁそう言うな、倫。母さんは普段からパートの仕事に家事を頑張っているんだから。元々今回の旅行だって母さんを休ませる為に企画したようなものだからな』


あなたったら……企画って……ここは会社じゃないのよ?


『う~ん……でも、そろそろ起きた方がいいな……。恵、頼む。どうか早く目を覚ましてくれ。このままだと……大変なことに……』


え?何?あなた‥‥…。何をそんなに切羽詰まっているの?

一体何が大変なの……?



****



バチンッ!


突然右手の平に痛みが走り、私は目を開けた。


え……?


気付けば私は月夜に照らされた肌寒い森の中を歩いていた。痛みを感じた原因は、どうやら茂みの枝が手の平に当たったのが原因だったようだ。


だけど……何故私はこんなところにを歩いているのだろう?ここは恐らく監獄へ続く森。獰猛な番犬が放たれている危険な場所だと言うのに。


こんな恐ろしい森を引き返したくて堪らないのに私の意思に反して身体は勝手に前へ前へと歩き続ける。


その事実に気付いた時、私は激しい恐怖を感じた。

しかも声を出そうにも出すことが出来ない。


「!!」


その時、私は闇夜に光る無数の目に気付いた。そして風に乗って低い唸り声が聞こえてくる。


番犬だ……!!

背筋に冷たい汗が流れて来るのを感じた。番犬は低い唸り声を上げながら私を威嚇している。

あの番犬たちは、自分たちのテリトリーに入った途端に一斉に侵入者に襲い掛かるように訓練されている恐ろしい番犬だ。


その時、アルベルトの言葉が脳裏に蘇る。


『これを肌身離さず身に着けていれば……お前を守ってくれるはずだ』


「う……」


私は勝手に前に歩き出す自分自身に抵抗しながら、鉛のように思い右腕を必死に動かし、ポケットの中に入れるとネックレスに手が触れた。

この中にはアルベルトがくれた賢者の石のネックレスが入っている。

危ないからとリーシャに言われて外したものの、夜着のポケットに忍ばせておいたのだ。



私は力の入らない手で、必死にネックレスを握りしめて心の中で強く祈った。


お願い、誰か助けて!!



 それでも私の足は止まらず、番犬たちのテリトリーに近付い行く。


「ガウッ!!」


その時、群れのリーダーが吠えると同時に一斉に番犬たちがこちらに向かって駆けて来る。



<助けて!!あなたーっ!!>


私は心の中で、夫に助けを求めた。


その時――。



「クラウディアーッ!!」


突然闇夜で私の背後から名前を呼ぶ声が聞こえた。


あの声は……!!


フード姿の人物は私を左腕で抱き寄せ、腰の剣を引き抜くと叫んだ。


「お前達下がれっ!!我の命令に従えっ!!」


すると、途端に番犬たちは後退り……そのまま背を向けると元の自分たちの縄張りへと走り去って行った。


た、助かった……。


急激に意識が遠のいていく。


「おいっ?!しっかりしろっ!!クラウディアッ!!」


私を抱きかかえたまま、必死で叫ぶ彼。


何故、貴方がここに……?



そして、私の意識は闇に沈んだ――。



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