第2章 19 同じ轍は踏まない

「その服……よく似合っているな。サイズもぴったりだ」


アルベルトは穏やかな口調で話しかけて来たので、私は感謝の言葉を述べた。


「はい。このように素敵な服を頂き、感謝申し上げます」


「いや、礼には及ばない。お前はこの国の王妃になるのだからな。あの服で城を歩くのは流石にまずい。まともな服を持ってきてはいないのだろう?だからこちらで用意した。メイド達に命じて置いたから今頃は部屋に運ばれているはずだ」


「え……?」


あまりにも意外な言葉に私は驚いて顔を上げた。


「どうした?そんな顔をするなんて……?」


不思議そうな顔で私を見つめるアルベルト。


「い、いえ。お気遣い、ありがとうございます。嬉しいです。まともな服を用意して来なかったものですから」


「ああ、そうだな。メイド達が驚いていた。私物が殆んど無かったと言っていたようだ」


「そうですね……」


何しろ、荷馬車に乗せてきたのは全て領民達の為に用意した荷物ばかりだったのだから。

それにドレスやアクセサリーも全て城に置いてきた。

私にはもう不用なものだったし、売れば少しでも城の収入源になると思ったからだ。


「ここまでの旅はどうだった?大変だっただろう」


優雅な手付きで料理を口に運びながらアルベルトが労いの言葉を掛けてくる。


「そうですね……道中大変なことが色々ありましたが…とても良い経験でした」


回帰前は見捨ててしまった領民たちを救うことが出来たし、大切な仲間も出来た。


「信頼できる仲間たちも出来たのだろう?」


先程の宰相の言葉を言っているのだろうか?やはりアルベルトは私のことを疑っているのかも知れない。


「陛下、宰相の言葉は……」


「ああ、分かっている」


言い終わらぬ内に、アルベルトが頷いた。


「え……?」


「敗戦国から嫁いで来たということで、周囲ではお前をよく思わない人間たちが多くいるのは確かだ。けれど今後のお前の行動1つで周囲の見る目も変わり、信頼を得ていくことが出来るだろう。俺はそう、信じている。現にここまで旅を続けていた間に、お前は人々の信頼を勝ち取って来たのだろう?」


アルベルトの言葉に思わず目を見張った。


「陛下、一体それは……どういう意味でしょう?」


「それはお前自身が良く知っていることだろう?」


アルベルトは私の質問に答えること無く、立ち上がった。


「クラウディア。食事もそろそろ済んだことだし……今夜はもう部屋に戻って休め。長旅を終えたばかりで疲れただろう?部屋まで送ろう」


「陛下……」


けれど、回帰前の記憶がある私には素直にアルベルトの誘いに応じることが出来なかった。

アルベルトはともかく、この城ではまだ私は邪魔者の存在でしか無いのだから。


「いえ、お忙しい陛下のお手を患わせるわけには参りません。1人で部屋まで戻りますので」


「この城に到着したばかりで、もう自分の部屋の場所が分かるのか?」


怪訝な顔で私に尋ねてくる。


「あ……」


そうだった、本来の<私>は自分の部屋の場所を知っているはずは無い。


「そう言えば、そうでしたね。うっかりしておりました。……では申し訳ございませんが、案内して頂けないでしょうか?」


立ち上がるとアルベルトに頭を下げた。


「ああ、一緒に行こう」


アルベルトは笑みを浮かべ、私達は一緒にダイニングルームを出た。



****



 廊下をあるきながらアルベルトが話しかけてきた。


「宰相の話は気にするな。それに『聖なる巫女』のことも」


「え……?」


「お前はいずれ、この国の王妃になるのだからな。堂々としていればいい」


「……はい。分かりました」



けれど、私は知っている。


『聖なる巫女』カチュアに、この城の人々はあっという間に魅了されると言うことを。

そして私は『聖なる巫女』の存在を脅かし、国を滅ぼす悪妻として断頭台に送られた。


もう二度と同じ目に遭わない為に、息を潜めてこの城で生きていく。


私は心にそう、決めていた――。





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