第1章 108 見知らぬ人

「‥‥ディア様…クラウディア様…」


誰かの呼ぶ声にゆっくり目を覚ますと、目の前にリーシャの姿があった。


「あ……リーシャ。おはよう……」


起き上がると目を凝った。


「おはようございます。クラウディア様。ぐっすり眠られていたので起こすのはどうかと一瞬ためらったのですが、是非クラウディア様に御覧になって頂きたいものがざいましたので、お声掛けさせて頂きました」


リーシャは申し訳なさげに謝って来た。


「私に見せたいもの……?」


一体何だろう?

とりあえず、ベッドから起き上がり……すぐに私はあることに気付いた。

部屋の中に明るい太陽が差し込んでいたのだ。


「え……?明るい?あ!もしかして!」


ベッドから降り、室内履きに履き替えるとすぐに窓へと駆け寄り‥…その光景に思わず目を見開いた。


窓から見える景色は農村地帯のありふれた光景が広がっていた。

ポツポツと点在する家々、村の中を流れる小川に風車小屋に畑。

そして集落を取り囲むように植えられた樹木……。


始めてこの村に到着したときに漂っていた禍々しい気配はすっかり消え失せていた。


「リーシャ、これは一体‥‥?」


背後に控えているリーシャに尋ねた。


「はい。実はクラウディア様がお休みになられている間に、全員でマンドレイクの解毒作業を行ったのです」


「え?そうだったの?私にも声を掛けてくれるはずでは無かったかしら?」


「ええ、最初はその予定でしたが……私がお断りしました。クラウディア様を休ませてあげて下さいと言って」


「そうだったのね?ありがとう。ところで今は何時かしら?」


「はい、今の時間はお昼を過ぎたところです。それで私はクラウディア様を呼びに参りました。皆さん全員村長さんの自宅に集まられています。そこでお昼を頂けることになっておりますので」


「まぁ、そうだったのね」


頷くと、リーシャが尋ねて来た。


「クラウディア様。それではどうされますか?」


「ええ、そうね。なら、お昼を頂きに行くわ」


「そうですか。それではその後は?」


不意にリーシャの声のトーンが変わった。


「え?その後?」


一体リーシャは何を尋ねてくるつもりだろう?


「その後は……みんなで『エデル』へ向けて出発するのではないの?」


「ええ、恐らく用事が済めば出発するとは思いますが……。クラウディア様は本当にそれでよろしいのですか?本当にこのまま『エデル』へ嫁ぐおつもりですか?」


リーシャが思いつめた表情で私をじっと見つめている。


「リーシャ……」


何故リーシャは突然こんなことを尋ねてくるのだろう?

回帰前は本当に嫁ぐぐつもりなのかなど、一度も尋ねてきたことは無かったのに?

けれど質問に答えないわけにはいかない。


「いいも悪いも無いわ。だって私は『エデル』のアルベルト新国王に嫁ぐことになっているのだから。それが終戦後に交わされた条約でしょう?」


『エデル』に一方的に宣戦布告をした『レノスト』王国は戦争勃発から僅か半年で大敗し、『エデル』の属国となることが決定した。

そして戦争の後始末として父や兄、重臣たちは全員捕らえられて軍事裁判に掛けられた挙句に処刑されてしまったのだ。


王族で処刑を免れたのは『レノスト』王国に人質として嫁ぐ私と、弟のヨリックだけであった。


「クラウディア様は仰っていました。『シセル』の村が『レノスト』王国の最後の領地なのだと。つまり、もうこの先は救うべき領地はもう無いということですよね?」


「ええ、そうよ」


リーシャが私に問いかけてくる態度は……今まで見たことも無いもので、警戒しながら返事をした。


「クラウディア様はこのまま『エデル』へ嫁いで、ご自身が幸せになれるとお思いですか?」


「え?そ、それは……」


アルベルトに嫁いで幸せに……?


恐らくそれは無いだろう。

ただでさえ『レノスト』王国はかつての敵国だったのだ。

それにこの婚姻にはアルベルトの意志は少しも尊重されていない。先代の王は戦争で命を落とした。

そして代わりに王位に就いたのが第二王子のアルベルトだったのである。


回帰前の私は、周囲の者達からはアルベルトに望まれた花嫁であると聞かされていたが、実際は違っていた。

彼は……私が嫁いでくる前から私のことを憎んでいたのだった。


「……」


リーシャの言葉に思わず口を閉ざしていると、彼女の口から驚くべき言葉が発せられた。


「……今がチャンスです。私と一緒に、2人で逃げませんか?」


そして戸惑う私の前にリーシャは手を差し伸べてきた。


口元に笑みを浮かべたその顔は……私の知らないリーシャだった――。




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