第1章 30 傷病者の町『クリーク』 7

「それではあなた達にお願いします。怪我をしている人達の包帯を外して、傷口を綺麗に洗ってあげて下さい。今向こうでスヴェンとリーシャが荷物を開封してくれていますが、あの中にガラス瓶に入った軟膏があります。その軟膏を傷口に塗ってあげて下さい」


私はスヴェンとリーシャを指し示した。


「はい、分かりました」


ユダが代表して返事をする。


「それでは皆さん、どうかよろしくお願いします」


私の言葉にその場にいた全員が頷くと、荷解きをしているスヴェンとリーシャの元へ向かっていった。



そんな彼等を見つめながら私は呟いた。


「フフ…きっと、みんなあの薬を試してみれば驚くでしょうね…」




**


 今回『クリーク』の傷病者達の為に私が用意してきた荷物は医療用の清潔なシーツや包帯だけでは無い。

一番この町に持ってきたかった物…それはこの世界で尤も希少価値の高い、いわゆる万能薬と呼ばれる【エリクサー】だった。


【エリクサー】を塗れば、どんなに酷い怪我や火傷でもたちどころに治すことが出来る。

尤も死者に使用しても生き返らせることは出来ないし、損失してしまった身体の部位を元通りにすることも出来ないが、それでも魔法のような薬であることに違いは無かった。


この世界は文明や文化は日本人として生きていた頃の世界に比べると、遥かに劣っている。


その代わり、驚くべきことに『魔法』と『錬金術』というものが存在しているのだ。

しかし、『魔法』も『錬金術』も扱える者は非常に稀だった。


そして私はその『錬金術』を使って【エリクサー】を作ることが出来る数少ない錬金術師だったのだ。


…今にして思えば、何故アルベルトが敗戦国の私を妻に所望したのか…それは私が錬金術師である事をひょっとすると知っていたからなのかも知れない。


錬金術師は非常に貴重な存在なので、その力を悪用しようとする人々から狙われる。

その為に私達は『錬金術』を使えることを秘密にしているのだが…アルベルトは知っていた可能性がある。


**


「さて…それでは私も始めないと」


スヴェンたちと一緒に治療の準備を始めたユダたちを見届けると、私は自分の準備を始めることにした。


私は今肩からメッセンジャーバッグを下げているが、この中には【エリクサー】を作るための道具が入っているのだ。


この【エリクサー】を作るには、出来るだけ1人になる必要があった。

他の人達に私がこの薬を作れる秘密を知られるわけにはいかなかったからだ。



「何処か人目のつかない場所はないかしら…」


野戦病院の内部をキョロキョロと見渡していると、町長が2人の青年を連れてこちらへやってくる姿が目に入った。

恐らく私に話があって来たのだろう。


「王女様、お話があります。宜しいですかな?」


私のすぐ側までやってくると、早速町長は私に声を掛けてきた。


その声は…まだトゲトゲしさがあり、そして私を見る彼等の目は何処か厳しさを含んでいた―。






 





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