第1章 3 2つの過去の記憶
後3時間には嫌でも私は『エデル』の国へアルベルトの元へ嫁がなくてはならない。
望まれた妻とではなく…『人質妻』として―。
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あの頃の私は世間知らずで本当に愚かだった。
アルベルトは子供の頃に一緒に過ごしたことがある、私の初恋の人だった。
やがて運命の悪戯によって、彼の国と私の国は対立することになり…私の国は滅び、彼の国の属国になってしまった。
そして先方から持ち掛けられた私とアルベルトの結婚。
私はアルベルトに望まれて結婚するのだとばかり思っていた。けれど、実際会ってみれば彼は私のことすら覚えていなかった。
そう、私はこの結婚が、二度と『レノスト』王国が『エデル』に歯向かえないようにするための政略結婚だと言う事に気付きもしなかったのだ。
でも、今はもうあの頃の愚かな私ではない。
私は自分の辿った末路を知っている。そしてどうしてそのような結果を招いてしまったのかも。
更に幸いなことに、私には日本人の『橋本恵』の前世の記憶がはっきり残されている。
なのでクラウディアとして生きていたあの頃のアルベルトに対する執着など今は一切無い。
ここが回帰した世界であるなら確実に『聖なる巫女』、カチュアが再びアルベルトの前に現れるだろう。
やがて2人は愛をはぐくみ…、嫉妬に狂った私は寂しさを買い物で紛らわし、愛し合う2人の仲を引き裂くことに必死になっていった。
その結果の末路が、処刑だったのだ。
だが…今回は違う。
何故なら今の私はアルベルトへの興味など微塵も無いし、悲惨な未来を事前に知っているのだから―。
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私が落ち着いた様子を見て、リーシャが笑みを浮かべた。
「ああ、良かった。クラウディア様。落ち着かれたようですね?表情が穏やかになられましたから」
「ええ、もう大丈夫よ。これから遠い国へ嫁ぐので、少しナイーブになってしまったみたいだわ。ごめんなさいね。よく考えて見れば、貴女が『エデル』まで一緒に来てくれるのだから何も不安なことなどないはずなのに」
「クラウディア様…」
リーシャの瞳が揺れている。
「リーシャ、『エデル』に行っても…これからもよろしくね?」
そしてリーシャの両手を包み込んだ。
「あ、ありがとうございます…。クラウディア様からそのようなもったいないお言葉をいただけるなんて…それではお支度をはじめましょうか?」
涙ぐみながら私を見つめるリーシャ。
「ええ、そうね。準備を始めましょうか?」
私は笑みを浮かべてリーシャを見た。
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「クラウディア様…本当にこのような身なりで『エデル』国へ嫁ぐのですか?」
支度を終えた私の身なりを目にしたリーシャに困惑の表情が浮かぶ。
「ええ、いいのよ。『エデル』までは最低でも10日間は馬車に揺られないとならないし、途中野宿をすることにもなるでしょう。なので着心地が楽なドレスが一番いいのよ」
私が着ているドレスはこの世界でクラウディアとして生きていた頃に着用していた普段着だった。
「おまけに『エデル』に持っていくお召し物ですが…何故新調されたドレスを持っていかれないのですか?お言葉ですが…持っていかれるドレスはかなり着古されたドレスばかりですよね?」
リーシャが遠慮がちに尋ねてきた。
「ええ、いいのよ。あのドレス…新しく作ったけれども一度も袖を通していないからきっと高値で売れると思うの。『レノスト』王国の財源に充てて欲しいと思っているのよ」
「クラウディア様…なんてご立派な…」
目を潤ませながらリーシャは私を見る。
「そんなこと無いわよ。だって私には必要ないもの」
大体、『橋本恵』の記憶が色濃く残っているのに足さばきの悪いドレスなど着たくも無かった。
出来れば普段着慣れているニットのシャツにジーンズを履きたいくらいなのに、生憎この世界にはそのような衣類は存在しない。
そこで一番着やすいドレスを選んだ結果が普段着のドレスばかりだったのである。
それに…私が10日間の馬車の旅を終えて『エデル』に到着したとき、アルベルトは言ったのだ。
『国民から血税を絞れるだけ搾り取り…国が滅んでしまっても尚、そのような金のかかりそうなドレスを着てきたのだな?いい気なものだ」
そして私を見下した目で、睨みつけてきたのだから―。
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