序章 2 2度目の死

 午前7時―


今朝は朝からどんよりとした雲が空を覆っている。


「う〜ん…何だか今日は雨が降りそうねぇ…」


子供達のお弁当を作りながらテレビのリモコンに手をのばしてスイッチを入れた。

すると丁度ニュース番組は天気予報を放送している最中だった。


「あら?偶然ね。どれどれ…今日の天気は…」


お弁当箱に出来上がったおかずを詰めながら天気予報に耳を傾けた。


『…本日の天気は曇り、午後は雨の予報となっております…』


「あら?午後は雨なのね…。だったら傘を持っていくように2人に伝えなくちゃ。それにしても倫も葵もいつまで寝てるつもりかしら…8時には家を出なければ遅刻になるかも知れないのに…」


お弁当を詰めて、蓋を閉じると天井を眺めた。

恐らく2人とも夜更しをして未だに眠っているのだろう。


「全く…毎朝起こしに行く身にもなって欲しいわ…」


ため息をつくと、すぐに2人の子供達を起こす為に階段を登った。



最初起こしに向かったのは長女の葵。


「葵!起きなさい!遅刻するわよっ!」


ガチャリと扉を開けながら部屋に入っていった。すると床の上には雑誌が散らかっている。


「全く…もう19歳なんだから少しは早起きして母さんを手伝って頂戴よ!」


雑誌を拾い上げ、部屋のカーテンをシャッと開けた。


すると…。


「ちょっとぉ!着替えも終わっていないのに部屋のカーテン開けないでよ!」


ガバッと飛び起きた葵が文句を言ってきた。


「何言ってるの。カーテンを開けないと貴女いつまでも寝たままでしょ?それより今日は午後から雨が降りそうだから自転車で通学できないわよ。早く起きなさい」


「え?!そうなのっ?!早く起きなくちゃ!」


ベッドから葵が飛び出してきたのを見届けると、次に倫を起こしに行った。



「倫!早く起きなさいっ!高校に遅れるわよ!」


部屋の扉を無遠慮に開けながら入っていくと布団の中から声が聞こえた。


「何だよ!せめてノックぐらいしろよ。勝手に部屋に入ってくるなよ!」


「だったら、目覚ましを掛けて起きてきなさい。母さんは忙しいんだから!」


カーテンを開け放ち、布団の中の倫に声を掛けるとすぐに階下へ降りていった。



****


 私の名前は橋本恵。


現在45歳で19歳の娘と17歳の息子を持つパートタイマーの主婦。

夫は地方都市に単身赴任中で現在、戸建て住宅に3人暮らし。


前世の世界に生きていた頃の自分に比べれば、平凡だけどそこそこの幸せを感じながら日々を生きている…。


私は悪妻として僅か22歳で処刑されてしまった『クラウディア・シューマッハ』…それが前世の私であった。


あの日、観衆の見守る中…断頭台で命を散らせた。

そして次に目覚めたときには優しそうな女性の腕の中だったのだ。


「あらあら?お目々が覚めたの?こんにちは、恵ちゃん。私が貴女のママよ?」


女性は優しく私に笑いかけ…私は自分が生まれ変わったのだと理解した。




生まれ変わった世界はかつて自分が生きていた世界よりもずっと文明が進んでいる事を知った。

それだけではない。

戦争も無い、誰もが平等に暮らせる世界は私にとって驚きでしか無かった。


そしてこの平和な『日本』に生まれ変われた事に感謝しながら年月を重ねていった。


やがて、成長した私は1人の男性と恋に落ち…結婚して一男一女に恵まれた。


子供達はまだまだ手がかかるけれども、私は今の生活にとても満足していた…。




「もう!お母さんたら!もっと早く起こしてくれたっていいでしょう?!」


「そうだよ!自転車使えないなら遅刻してしまうかもしれないじゃないか!」


葵と倫が文句を言いながら階段から降りてきた。


「何言ってるのよ、母さんだって忙しいのよ。それより早く朝の支度してきなさい。朝ごはんの準備をしておくから」


「何言ってんだよ!朝飯食べていたら遅くなるよ!」


「そうよ!食べないで行くわ!」


「分かったわよ…。母さんだって忙しいけど…今日だけ特別よ?車で駅まで送ってあげるから朝ごはんは食べていきなさい」


ため息をつきながら2人を見た。


「え…?本当?」

「やった!ラッキー!」


喜ぶ2人を見ながら思った。

やっぱり自分はまだまだ子供に甘い親だと―。



****


「ほら、着いたわよ。2人とも降りなさい」


駅前の路上に車を一時停車させると後部座席に座る2人の子供達に声を掛けた。


「ありがとう、お母さん」

「帰りもよろしく頼むよ」


素直にお礼を言う葵に対して、倫はとんでもないことを言う。


「何言ってるの?母さんはパートの仕事があるから迎えにはいけないわよ。1人で帰ってきなさい」


「チェッ」


倫がふてくされたように唇を尖らせた。


「ほら、倫。行くわよ!」


先にドアを開けて降りる葵の後を追うように、倫も慌て車から降りるとドアを閉めた。


2人の子供達は私に手を振ると、駅へ向かって歩き出す。


「…さて、私も帰らないと」


エンジンを掛けると、再びアクセルを踏んだ―。




 

 駅前の大通りの交差点を走っている時の事だった。


それは突然起こった。


いつもどおり青信号の道路を走っていると、突然左側から大型トラックが突っ込んできたのだ。


「キャアッ!!」


避ける間もなかった。


激しい衝撃が走り、気づけば車は横転していた。

車のガラス片は粉々に砕け散り、私は潰れた車体に挟まれていた。




…一体何が起こったのだろう…。


痛みも感じず…音も聞こえなかった。


霞んでいく視界…そして身体から流れ出ていく温かい血…。


ああ…きっと私は…また死ぬんだ…。


愛する夫と…子供達を残して…。


あなた…葵…倫…。


ごめんな…さ…い…。



そして私の意識は闇に沈んだ―。



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