第三十七話

 少し時間は遡るが、金髪に変わった寂雨と対峙する、黒曜丸と正宗市蔵の方にも、状況に変化があった。

 清泉と甘露の所と同様に、新たなスズメバチ人間二体が、それぞれ別の方向から、ほぼ同時に合流したのである。

 

 一体は黒曜丸たちから見て、寂雨の後方であったためか、低い宙空をフラフラと左右に揺れながら、視界にいきなり入り込むと、寂雨の頭上超えて、スズメバチ女の左手斜め前に降り立った。

 

 もう一体は寂雨の後方右手から、こちらは地面スレスレを滑るように、一気に近づいてきて、スズメバチ女の右手後方で止まった。

 

 一体目のスズメバチ人間は、大柄で恰幅のよい太鼓腹の男で、目だけが複眼になっている他は、両腕も毒針には変化しておらず、背中に翅の生えた中年男性にしか見えない。

 そして、飛んできたことで体力を消耗したのか、口を開けて肩で息をしている。

 

 もう一体は、少し痩せた男性らしき体型で、頭は完全にスズメバチに変態していた。

 護用所の羽織を着ており、その羽織の背中側を、肩甲骨辺りから切ったように、他の個体より長めの翅が飛び出していた。

 こちらも腕に毒針はないが、羽織から出た手の指は二本だけになって、爪のように硬質化し、更に脚の太もも部分は、痩せた体型には不釣り合いに、袴を張り詰めさせている。

 

 

「増えちゃいましたね」

 黒曜丸が話しかけると、

「女の一匹だけでも、面倒で苦労したのに、任せていいか?」

 本当に面倒そうに市蔵は答えた。

 

「露払いっスか?了解です」

 と、黒曜丸は一瞬で気を高め、一気にスズメバチ人間たちとの間合いを詰める。

 

 黒曜丸は、正面にいたスズメバチ女に、大太刀の刃が届く距離で足を止め、体を一度後ろにひねって反動をつけると、肩に担いでいた大太刀『雲斬り』を、横に大きく腕を伸ばすように振り抜いた。

 

 その一閃で、向かって右側手前にいた、大柄太鼓腹のスズメバチ人間は、反応することも出来ずに、太鼓腹上部を両腕もろとも、胸の辺りから真っ二つに切断されたが、スズメバチ女は素早く反応、瞬間的に翅を震わせ、風圧で飛ばされたかのように、大太刀の描く軌動を、ほんの僅かだけ下がって逃れた。

 

 更に後ろにいた新参のスズメバチ頭も、こちらは大太刀は届かない距離ではあったが、しっかり反応して上に飛び上がった。

しかし、黒曜丸もそれに合わせて、雲斬りを振り切る最後の軌道を、斜め上に上げていた。

 

 新参のスズメバチ頭の体は、空中で脚をすくわれたように斜めになり、脛の辺りから切断された両脚が、袴もろとも地面に落ちた。

 その状況を、スズメバチ女の複眼は、逆さまになった状態で捉えていた。

 

 スズメバチ女は、確かに雲斬りの刃を避けていたが、雲斬りから伸びた気の刃を、その複眼は捉えられていなかった。

 そう、斬られた感覚もないまま、背中の翅を動かしていたために、胴から下の体を残し、上半身が半回転した時に、新参のスズメバチ頭の状況を見たのだ。

 

 

「斬波か!」

 正宗市蔵は目を見開き、思わず声に出した。

 

 『斬波』

 清泉の父、樹蘇童いつき そどう将軍の愛刀の銘であり、気を刃として刀身の三倍にも伸ばす技名で、黒曜丸は義父の蘇童将軍から伝授された。

 気を刀身から伸ばすことは、気の熟練者ならそう難しくはないが、刀と同等もしくはそれ以上の斬れ味を出せるのは、伝説の刀匠『萬伝翔よろず でんしょう』が鍛えた業物だからなせる技で、『斬波』と『雲斬り』は伝翔作の兄弟刀である。

 ちなみに清泉の仕込み杖は、伝翔の一番弟子が打った刀である。

 

 

「またその技なん?厄介やわね」

 

 一閃で黒曜丸に、配下のスズメバチ人間三体を斬られ、寂雨は眉をしかめたが、地下の穴の時ほどは焦ってはおらず、ただ、その黒く邪悪な気が禍々しさをました。

 


 最初に斬られた、太鼓腹のスズメバチ人間の、上半身は後ろに落ち、下半身は膝立ちの状態で着物がはだけ、露わになった腹はそこだけ、黄色く硬質化した節に分かれており、真っ二つになったにもかかわらず、その先端から毒針が出たり入ったりしている。

 

 余談ではあるが、スズメバチの毒針は産卵管が変化したもので、本来ならメスにしかない物である。

 しかし、人が変態したスズメバチ人間は、男でも攻撃用の毒針を備えていて、その理由は定かではない。

 

 スズメバチ女も、真っ二つに切断されたにもかかわらず、翅を動かして地面をのたうっているのだが、唯一、スズメバチ頭だけは、脛から下を失っただけなためか、何事もなかったかのように空中に留まり、警戒体制をとっている。

 

 

「あ〜、一匹仕損じたか」

 再び雲斬りを肩に担ぎ、寂雨とスズメバチ頭を警戒しながら、下がってきた黒曜丸は、市蔵にそう語りかけた。

 

「斬波はズルイな」

 市蔵は自分が苦戦して、腕一本しか落とせてないスズメバチ女を、いとも簡単に仕留めた黒曜丸に、軽い嫉妬を覚えながらそう返した。

 

「気が見えない連中で助かりました」

 黒曜丸はそういうと

「でもアイツは、穴で会った時から見えてるみたいなんで、簡単にはいかないっスね」

 引き締まった表情で寂雨を観察した。

 

 

 金髪の赤目に変身した寂雨は、全身に気を巡らせ、自身の変化と特性を探っていた。

 

 体型にさほど変化はないが、おそらく筋力は数倍以上であろう。

更に、それを完璧に引き出すことが出来る、反応速度に加え肉体の強度と耐性、そういったものを探れば探るほど、試してみたい衝動が湧き上がってくる。

 しかしそれらは、女王を取り込んで得られる本来の力を、導き出すための付加能力でしかなく、未だ寂雨はその力の全貌を理解出来ずにいた。

 

(別にこの子らに守ってもらわんでも、あの二人の相手は出来そうやけど、この力の使い方の参考に、もうちょっと働いてもらおか…)

 寂雨は暗く輝く赤い瞳を、宙空にいるスズメバチ頭に向けると、そちらに少し指を広げた左手を掲げ、指先を軽く動かした(だけに見えた)。

 

 すると、スズメバチ頭が纏っていた、護用所の羽織と着物と袴だけが切り刻まれ、ハラハラと舞い落ち、変態した全身があらわになった。

 体型こそ人の面影を残しているが、硬質化した皮膚は黄色く、腕は蜂のそれと変わらず、両脚の太腿は、毒針のついた二本の蜂の腹に変わっていて、それに切り落とされた脛から上がくっついている。

 

(ほな、片腕の方の刀には気ぃつけて、頑張ってな)

 

 

「見えたか?」

 市蔵が黒曜丸に尋ねる。

「指か爪が伸びた感じでしたね」

「ああ、あの速さは厄介だな」

「でも、次は先輩の番っスよ」

「ちったぁ年長者をいたわれよ、まだハチの奴も残ってんだぞ」

 緊張からか、甘露に対する時より饒舌な市蔵に、

「つーか俺、人相手は久しぶりなもんで、ちょっと様子見したいんで」

 逆に黒曜丸は、剣士隊隊長時代に比べ謙虚に答え、それに対し市蔵は、ボソリとつぶやいた。

 

「アレがただの人ならな」

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