第62話 「桃井と風香」

「よしっ!準備かんりょー!」


如月先輩が卯月さんとお話をした次の日、お昼ご飯を食べた私は如月先輩の実家の客室でお出かけする準備をしていた。


「…ねぇ小鳥? 本当に1人で大丈夫?」


「心配性ですねぇ七海先輩は! 大丈夫ですよ! 前々から卯月さんとは話してみたいって思ってましたし!」


如月先輩の過去の話を聞いてから、ずっと卯月さんの事が気になっていた。

あんな事件が起きなければ、きっと卯月さんは今も幸せだったと思うから。


「桃井さん、何か困った事があったらすぐに連絡くださいね!」


渚咲先輩の言葉に私は笑顔で頷く。


渚咲先輩達は今日如月先輩のお母さんと一緒にデパートに行くらしい。

本来なら私も行く予定だったけど、卯月さんに会うのを優先させてもらった。


チラッと時計を見ると、12時30分になっていた。


「それじゃ、私はそろそろ行きますねっ! 美味しそうなお菓子見つけたら買って来て欲しいです!」


私はそう言って客室を出た。

すると私が客室を出るのと同時に如月先輩が扉を開けた。


「あ、如月先輩! これからおでかけしてきますね〜!」


「本当に行くのか…」


「はいもちろんっ! 何時になっても構いません、来る気になったらいつでも来て下さいねっ」


如月先輩は溜息を吐く。


「……考えとく」


如月先輩はそう言って階段を降りて行った。


お節介なのは百も承知だ。

でも、私は昨日の卯月さんの顔が忘れられずにいた。


久しぶりに如月先輩を見て涙目になるほど嬉しかったんだろう。

その涙を見た時点で、私は卯月さんは如月先輩と関係を戻すべきだと思った。


私はより一層意思を固くし、階段を降りた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「えーっと…確か公園はこの辺り…あったあった!」


迷いながら昨日の記憶を頼りに公園を目指すと、ようやく公園を見つけた。

スマホで時間を確認すると12時55分となっていた。


5分前行動が出来るなんて流石私っ!


公園の中を見ると、卯月さんが1人でブランコに座っていた。


昨日も思ったけど、やっぱり可愛い人だと思う。


「こんにちはっ!卯月さん」


笑顔で話しかけると、卯月さんは顔を上げて目を見開く。


「え…あなたは昨日の…」


「はいっ! 如月先輩の後輩の桃井小鳥です」


「なんであなたがここに…?」


「如月先輩が来る気ないって言うので、代わりに来ちゃいました! ちょっとだけお話ししませんかー?」


「…やっぱり、来てくれないんですね…」


卯月さんの横のブランコに座ると、卯月さんは悲しそうに俯いた。


「如月先輩は卯月さんの為だって言ってました」


「そうですよね…ヨー君は優しいから…」


小さく呟いた卯月さんの顔は、昔の事を思い出したのか、悲しそうな顔をしていた。


「…あの! 風香さんって読んでもいいですか?」


「え?」


「あと、敬語もやめて下さいっ! 私歳下なので!」


「え、えっと…?」


「私、あなたの事もっと知りたいんです! 如月先輩と仲良くしたいなら、協力しますよ!」


「ほ、本当…?」


風香さんは私の顔をジッと見る。


私はそんな風香さんに笑顔で頷く。


「如月先輩の事、まだ好きなんでしょう?」


私が言うと、風香さんは一瞬で顔を赤くした。


「え…!? な、なんでそれを…!?」


「如月先輩が過去の話をしてくれた時に!」


「ヨー君そんな事も話したの!?」


「はいっ! でも確かに如月先輩を好きになる気持ちは分かりますよ。 知れば知るほど魅力的な人ですもんねあの人」


最初、私はただ利用する為に如月先輩に話しかけた。

八神先輩と親しそうに話してたし、クラスに仲が良い人も少ないから変に噂になる事もないから。


初めて2人でカフェで話して、最初に抱いた感情は「よく分からない人」だった。

いきなり「演技やめろ」とか言うし…


そして如月先輩は私が誰にも気づかれる事の無かった素を一瞬で見抜いた。

そんな人を敵に回すのが怖くて、使える手段を全部使って協力関係を持ちかけた。


半分脅しみたいな勧誘だったけど、如月先輩はいつも真剣に私の相談に乗ってくれた。

今思えば叶うはずのない恋だって分かる。

脈が無いって誰でも分かるのに、恋は盲目って言うのは本当らしい。


如月先輩と八神先輩の屋上での話し合いを聞いてから、私の如月先輩に対する思いは変わった。


最初は「都合良くて使える人だった」。

でも今は、「優しくて頼りになる人」になった。


だから私は、如月先輩に「友達になって下さい」とお願いした。

お願いなんかしなくても自然と友達が増えてきた私に、こんなお願いをする日が来るとは思わなかった。


如月先輩は私と友達になってくれたけど、それ以上に親しくなる気がないように思えた。

それは私だけじゃなく、柊先輩達にも同じだった。

私はそれがずっと疑問だった。


でも如月先輩の過去の話を聞いて、驚いたと同時に、納得もした。


如月先輩は強い人だと決めつけていた。

でも、違うんだ。

如月先輩だって悲しむし、傷つくんだ。

だからこれ以上傷つかないように、誰も近づかないように壁を作っているんだ。


昨日風香さんと会って、「いっそ風香に嫌われた方がいい」と言った如月先輩に、私は悲しい気持ちになった。


あの人は、絶対に自分の幸せを考えない。

相手が幸せになる為なら、進んで自分を犠牲に出来る人なんだ。


確かにそれを良い事だと言う人もいるだろうけど、私や渚咲先輩達はそれを嫌だと思うだろう。


如月先輩は私の素をあばき、受け入れてくれた。

そして、恋愛の事で困っていた私を助けてくれた。


今度は私の番だ。

今度は私が如月先輩の事を助けるんだ。

例えお節介だとしても、この過去を如月先輩が乗り越えない限り、一生嫌な思い出として残ってしまうと思うから。


だから、如月先輩と風香さんには、最善の選択をしてほしい。


「…小鳥ちゃんも…ヨー君の事が好きなの?」


如月先輩の事を考えていると、風香さんがとんでもない事を言ってきた。

その瞬間、私の顔が熱くなったのが分かった。


「へ…へ!? わ、私が!? ないないない!無いです!」


私は何度も首を横に振って否定する。

如月先輩は良い人だし、感謝もしてる。


でも恋愛感情を抱いた事は無い…と思う。


「そうなの…?」


「はい!びっくりするなぁもう…」


「ははは…ごめんね?」


風香さんは苦笑いしながら言ってくる。


「…でも、いいなぁ…小鳥ちゃんはヨー君と仲良く出来てて…」


「そんな悲しい事言わないで下さいよ風香さん! 私達は明後日のお昼には向こうに帰っちゃいます。 なので、如月先輩とお話しをするなら明日しか無いです」


「明日…」


「はい! なので明日私が風香さんと如月先輩を…」


「…なら、やっぱりダメかも」


「え、どうしてですか?」


風香さんは悲しそうに笑った。


「明日ね、夏祭りがあるんだ。 昨日ヨー君を誘ったんだけど、断られちゃって…」


お祭りがあったなんて…! 昨日如月先輩言ってなかったのに!!


「ふむ…お祭りですか…でも、話をするならそのタイミングしかないし…」


「…うん。 もう諦めるしかないよね…今日ヨー君がここに来なかった時点で、希望なんかないもん…っ!」


風香さんはポロポロと涙を流し始めた。


風香さんはまだ如月先輩と友達に戻りたいと思っている。

でも、当の如月先輩自身がそれを拒絶している。


如月先輩は風香さんの事が嫌いな訳じゃないはずだ。

だって、嫌いだったらあんなに悲しそうな顔はしないから。


「…小鳥ちゃん、お話ししてくれてありがとね…?」


そう言って風香さんは立ち上がる。

このまま風香さんが帰ったら、もう2度と如月先輩と風香さんが話す事はないかも知れない。


そう考えた私は、風香さんの手を掴んでいた。


「…なに?」


「如月先輩の事が好きなんでしょう? なら、そんな簡単に諦めちゃダメです」


「でも…」


「まぁ、そんなすぐに諦められる程度の恋なら、会わない方が良いかもですけどね〜」


わざと煽るように言うと、風香さんはムッとした顔になった。


「わ、私は本気で好きだもん!!」


風香さんは顔を真っ赤にして叫んだ。

私がニヤっと笑うと、風香さんは恥ずかしそうに顔を逸らした。


「なら、頑張りましょうよ。

風香さん、過去の如月先輩のお話し聞かせて下さいっ! 私も今の如月先輩の事教えるので!

作戦会議はその後で!」


私が言うと、風香さんは顔を赤くしながらブランコに座り直した。


そして、私達は現在と過去の如月先輩について話し始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「えー!? 如月先輩そんなやんちゃだったんですか!?」


「やんちゃだった! 中学生になってからは大分良くなったけど、小学生の時は先生の言う事聞かずに走り回ってばかりだったし…」


「えぇ…想像出来ないです」


「だろうね。 昨日会った時なんてまるで別人みたいだったもん!」


そんな会話をしていると、私のスマホが鳴った。

画面を見ると、渚咲先輩からの着信だった。


そしてそれと同時に、今の時間が分かった。


「17時!? 嘘!?」


「え、もうそんな時間!?」


風香さんとの話に夢中になってしまって時間を見るのを忘れてた…!

まだ作戦会議してないのに…!


「は、はい!桃井です」


とりあえず電話に出ると、通話越しに渚咲先輩が安心して息を吐く音がきこえた。


『良かった…家に居ないから心配してたんです』


「ははは…すみません。 風香さんとお話しに夢中になっちゃって…あ、そこに如月先輩居ます? ちょっと話したい事があって」


まだ作戦会議は出来てないけど仕方ない。

如月先輩をここに呼んで3人で話すしかない。


『それが…桃井さんが居ないって分かった瞬間に如月君が家を飛び出して行っちゃったんです』


「えっ」


『追いかけようとしたんですけど、如月君の足が速すぎて追いつけなくて…』


渚咲さんが言うと同時に、公園の入り口で音が聞こえた。

咄嗟に見ると、如月先輩が息を切らしながらこっちに歩いてきていた。


「はぁ…はぁ…お前…今何時だと思ってんだ」


「ははは…すみません…あ、渚咲先輩、如月先輩来たので切りますね!」


『はい!無事で良かったです!』


渚咲先輩はそう言って通話を切った。


「…で、お前らはこんな時間まで何してたんだ」


「「うっ…」」


私と風香さんは同時に言葉に詰まる。

作戦会議するつもりだったのに昔話に夢中になって出来なかったなんて言えないし…


「…まぁいいや。 おい風香」


「え、あ、何…?」


風香さんは怒られると思ったのか、体を一瞬震わせた。


「…昨日は言い過ぎた。 悪い」


「へ…?」


如月先輩は風香さんに頭を下げた。


「ち、ちょっとヨー君!?」


「久しぶりにお前に会って、冷静になれてなかった。 だからキツい事言って悪かった」


「い、いいよそんな事! ヨー君は悪くないし…」


風香さんが言うと、如月先輩はゆっくり頭を上げる。

そして、照れくさそうに頬をかいた。


「…でだ…まぁ…明日の件なんだけどよ」


「明日…?」


「ほら、言ってただろ。 祭りがどうこうって」


「あ、うん! …え、もしかして…」


「あぁ。 …久しぶりに行くか?」


如月先輩が言うと、風香さんは涙を流した。

それを見て如月先輩はオドオドしだす。


「お、おい!? そんな泣く事か!?」


「だ…だって…!」


「はいはいはい。 あまり女の子の泣き顔は見るものじゃないですよ如月先輩っ」


私が笑顔で言うと、如月先輩はすぐに顔を逸らし、ポケットからハンカチを取り出して風香さんに渡した。


「…で? なんで急に行く気になったんですか?」


風香さんがハンカチで涙を拭っている間に、私は如月先輩に質問する。


「…今日行ったデパートに夏祭りのポスターが貼ってあったんだよ。

それ見て柊が行く気満々になっちまってよ。 だからどうせ行くなら風香も…と思って」


「なるほどなるほど」


とりあえず、ナイスです渚咲先輩!!


「だから風香、行く時は2人きりじゃないけど、それでもいいか?」


風香さんは何度も何度も頷いた。


そして次に、如月先輩は自分のスマホを出し、風香さんに渡した。


「…え…?」


「…それ、俺のチャットアプリの連絡先。 無いと不便だろ?」


「い、いいの…?」


「昨日の夜からさっきまで、ずっと考えてたんだ。

まだ答えは出てねぇけど、とりあえず、何もかもを否定するのは辞める事にした」


如月先輩は、風香さんの頭を優しく撫でる。


「今でもまだ俺の事を友達と思っててくれてありがとな。

昔のようには行かねぇけど、また友達としてよろしく頼む」


風香さんはまた涙を流し、如月先輩の手を掴みながら何度も頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー陽太視点ーー


「なーんか私がいる意味無かったかもですね〜」


帰り道、3人で風香の家に向かっている最中に桃井がつぶやいた。


「何言ってんだ。 お前がずっと風香と話しててくれたから、俺は風香と公園で話が出来たんだろ」


「えーでも、如月先輩風香さんの家知ってるじゃないですか」


「知ってるが、俺は風香の家には行けねぇよ。 風香の親が俺を嫌ってるからな」


「ごめんね…私何回も言ってるのに…」


風香がまた泣きそうになるので、また頭を撫でる。


「気にすんな。 別に誰に嫌われようが、好きなようにやるよ」


俺にはもう、過去を受け入れてくれた友が居る。

何も怖がる事なんか無かったんだ。


後は、俺自身が過去を受け入れる勇気を出すだけなんだ。


「なぁ風香」


「ん?」


「明日、和馬と話そう」


「…え!?」


風香が目を見開いた。


「風香とこれからも友達でいる以上、あいつの事を見てみぬふりは出来ないだろ。

もうお互い高校生だし、あの頃よりはちゃんと話し合いが出来るはずなんだ」


「で、でも…私カズ君の連絡先知らないよ…? まさか家に行くとか?」


「いや、俺とお前ならよく分かってるだろ? あいつが祭り大好き男だって」


和馬は昔からお祭りや賑やかな事が大好きな男だった。 俺達は毎年和馬に連れられて祭りに行ってたんだ。


あいつがもしまだお祭りが大好きなら、明日きっとあいつは現れる。


「…い、いいの? ヨー君、カズ君の事を忘れたいんじゃ…」


「別に仲直りする為に話すんじゃねぇよ。

あいつが大人になった今、過去の事をどう思ってんのかを知りたいだけだ。

素直に謝ってくるなら良し、悪びれもしないなら…あいつとはそれまでだ。

いい加減ハッキリさせときたいんだよ。

もう過去の事で色々考えるのは嫌だからな」


「そ、そっか…」


「まぁ、あいつが見つからなかったら何も出来ないけどな。 とりあえず、明日は楽しもうぜ」


そんな話をしていると、風香の家の近くについた。

風香は何度も俺達に手を振りながら家の中に入って行った。


「…さて、帰るか」


「はいっ! それにしても如月先輩、勇気出しましたね〜」


「…まぁ、情けない所ばかり見せたからな」


そう言いながら、桃井と歩く。

明日、何が起きるかはまだ分からない。

和馬と話すとは言ったが、実際目の前に和馬が現れたら、俺は何を思うんだろうか。


分からない事だらけだが、以前の俺なら間違いなくこんな選択はしなかっただろうという事だけは分かる。


俺を変えてくれた柊達には本当に感謝しないとな。


そう思いながら、俺達は自宅へと歩き続けた。

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