第58話 「陽太の実家」

「…ぎくん…如月君。 起きて下さい」


「…ん…」


「もうすぐ着きますよ」


どうやら新幹線の中で寝てしまったらしく、柊に身体を揺らされて目覚めた。

そしてアナウンスで地元の名前が言われた。


「おー…んじゃ準備するか…」


「もう僕が全員分のキャリーケースを降ろしたから大丈夫だよ」


「おー…そうか」


「なんか如月先輩フワフワしてますね…」


「ね。 渚咲、陽太っていつもこうなの?」


「寝起き数分間はいつもこうですね。 何を言っても「おー…」しか言いません」


「苦労してるねぇ渚咲」


「ふふ…もう慣れましたよ。 ほら如月君、降りますよ〜」


「おー…」


入り口に向かうために皆立ち上がり、俺は柊に背中を押されながら移動した。


「…悪い寝ぼけてた」


柊に背中を押されながら新幹線を降り、そのタイミングで意識が完全に覚醒した。


「珍しい物が見れたから僕は面白かったよ」


「失敗したぁ…さっきの如月先輩の動画撮っておけば良かった…!」


「こえぇ事言うなよ…」


「…ここが如月君の地元ですか…なんか思ったより都会ですね?」


「1番栄えている所だからな。 俺が住んでる地域は別世界だぞ」


俺達はそんな話をしながら新幹線の改札を出て電車に乗り換えた。


…懐かしいなこの電車、この景色。


昔よく和馬達と3人で電車に乗って遊びに行ってたな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

電車に乗り換え、30分程くらいすると、ようやく俺の家がある地域についた。


2年ぶりに駅に降りると、やはり何も変わっておらず、懐かしい気持ちになった。


「わぁ…! 本当に畑と田んぼだらけですね!」


桃井が駅から見える畑を見て目を輝かせている。

都会には畑なんかないから見慣れないんだろう。


「でも…なんか落ち着くねぇ」


「確かに、空気が美味しいってこんな感じなんだね」


春樹と七海が言い、確かに都会とは空気が違うかもなと思ってしまう。


「ここが…如月君が育ってきた場所…」


「あぁ。 言った通り何もないだろ?」


「はい。 でも、住みやすそうな場所ですね! もっといっぱい知りたいです!」


「5日間もあるからな。 色んな場所に連れてってやるよ」


「ふふ…楽しみです」


「んじゃ、家行くか」


俺が言うと皆頷き、改札から駅を出た。


この駅から俺の家までは徒歩30分くらいだから話しながら歩いていればすぐにつくだろう。


「学校とかっていつも電車で通ってたの?」


歩いていると、七海が聞いてきた。


「いや、俺の家がある場所はまぁまぁ住宅があるからな、学校もその近くにある」


「あ、そうなんだ。 てっきり全部畑なのかと思った」


「電車でもっと遠くに行くとそういう地域もあるぞ。 不便すぎるから住みたくないけどな」


「確かに。 近くにコンビニとかないのは不便かもね」


「あぁ。 高校で都会に来た時は本当に感動した」


俺が言うと、皆笑った。

柊は周りをキョロキョロしながら歩いている。

初めて見る景色に落ち着かないんだろう。


「そんなに畑が気になるか?」


「はい!テレビでしか見た事が無かったので…! 」


「母さんの趣味で庭に小さな畑があるから、後でじっくり見れるぞ」


「え、本当ですか!?」


柊が目を輝かせる。


「あぁ。 ミミズが居るけどな」


「えっ…う…」


柊の顔が青ざめ、そんな変化に俺達は笑っていた。

そんな話をしていると、住宅地に入った。


この辺りからは畑が減り、ポツポツと住宅が増えてくる。

俺の家もこの近くにあり、当然和馬と風香の家も近くにある。


「な、なんか大きな家が多いですね」


桃井が呟く。


「田舎は都会に比べて土地代と物価が安いからな。

だから大きな家を建てるやつが多いんだよ。

全焼したアパートが1Kだったんだが、その家賃ならこっちで2LDKの家が借りれるくらいだ」


「そ、そんなに違うんですか!?」


「あぁ。 だから3階建ての家を建てるやつとかもいる。 …と、見えてきたぞ」


ようやく我が家が見えてきた。


2階建ての日本家屋で、父さんの趣味で庭には池があり、母さんの趣味で小さな畑もある。


相変わらず3人で住むには大きすぎる家だが、住みやすい良い家だ。

2年前と何も変わっていない。


「でか…」


七海が呟いた。

俺は微笑み、インターホンを押す。


すると、扉の奥からドタドタと走ってくる音が聞こえてきた。


そして扉が開き、俺の母親…如月美穂が出てきた。


「はーい! 陽太おかえり…って、何この美男美女集団は!?」


母さんは柊達を見て目を見開く。

柊は一歩前に出て綺麗にお辞儀をした。


「初めまして、柊渚咲です。 いつも如月君にはお世話になっております」


「わぁ…生の渚咲ちゃんだぁ…!」


「陽太の友達の海堂春樹です」


「桃井小鳥ですっ!」


「青葉七海です」


春樹達も頭を下げ、母さんは笑顔になる。


「陽太の母の如月美穂です〜! 皆ゆっくりしていってね! さ、中に入って入って!」


母さんに言われ、皆で中に入る。

家の中も俺が出て行く前と何も変わってない。


母さんについて行きリビングに行くと、テーブルの上に人数分のそうめんが置いてあった。


「暑かったでしょ〜? そうめん作ったから皆で食べちゃって!」


母さんに言われ、手を洗ってから皆でテーブルに座る。


「…父さんは?休みじゃなかったのか?」


「本当は休みだったんだけど、急に仕事が入ったらしくて、さっき行っちゃったのよ〜」


「なるほどな」


そうめんを食べると、懐かしい味がした。

母さんは昔からつゆにはこだわっており、俺は夏に食べるこのそうめんが好きだったんだ。


「美味しいです!」


「ありがとう渚咲ちゃん! いやぁ…それにしても皆キラキラしてるわねぇ〜。

皆モテるでしょ?」


母さんの質問に柊達は苦笑いをした。

柊や桃井は言うまでもないが、春樹や七海も普通よりは確実にモテてるからなぁ…


「小鳥ちゃんだっけ? お人形さんみたいで可愛いわねぇ〜」


「えへへ…ありがとうございますっ!」


桃井はあざとさ全開の笑顔を見せ、母さんはそんな桃井の頭を撫でる。


「七海ちゃんも大人しくて可愛いし!」


「…あ、ありがとう…ございます」


七海は緊張しているのか母さんから目を逸らす。


「春樹君はめっちゃイケメンだし!」


「ふふ…ありがとうございますお母様。 お母様もお美しいですよ」


「あらやだ! 惚れちゃいそう」


「父さんが聞いたら泣くぞ」


「冗談よ冗談!私は父さん一筋よ〜。 渚咲ちゃん!ずっと会いたかったわ!」


母さんは最後に柊に話しかける。

柊はそんな母さんに笑顔を向ける。


「はい!私もお会いできて嬉しいです!」


「相変わらず良い子ね〜!陽太が迷惑かけてない?」


「はい!毎日楽しく過ごせてます」


「あらあら〜1人暮らしするって言った時は心配してたけど、何も問題無かったわね!」


母さんは最後に俺を見て言ってくる。

確かに、当初俺が地元を離れたいと両親に伝えた時、事情を知る2人は俺の事を心配し、家族全員で引っ越す事を考えてくれた。


だが、迷惑はかけたくないと1人で家を出たのだ。


母さんはずっと長期休みには帰ってくるように言っていたが、正直柊と出会うまで俺は地元に帰りたくはなかった。


こっちに来たら嫌でも思い出してしまうからな。


だが、今の俺には俺の過去も全てを肯定し、受け入れてくれた友達がいる。

だから2年ぶりに帰省する覚悟を決めたのだ。


「…まぁな。 もう心配いらねぇよ」


俺が言うと、母さんを含めた全員が安心した表情をしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「おー!ここが如月先輩のお部屋ですかー!」


昼食を食べ終えた後、皆で2階にある俺の部屋にやってきた。


俺の両隣の部屋は客室になっており、春樹は右の客室で、柊達女子は左の客室で寝るらしい。


俺の部屋は勉強机、ベッド、本棚、窓が1つというシンプルな部屋だ。

部屋は広いが、大して置いている物がない。


「わぁこの教科書懐かしっ!? 小学校の算数の教科書ですよね!?」


「あぁ、懐かしいなそれ」


桃井は勉強机の引き出しに入っていた教科書を手に取り、懐かしむように見ていた。


勝手に引き出しを開けてやがるが、まぁ見られて困る物はないし良いか。


「あ、このランドセル…如月君のですよね?」


「ん?あぁ」


柊は壁にかけられていたランドセルを手に取る。


「如月君にも小学生の時期があったんですねぇ」


「俺をなんだと思ってんだお前」


「ねぇ陽太。サッカーボールとかバスケットボールとかあるけど、あんた陸上部だよね?」


七海が部屋に置かれていたボールを指差して言う。


「あぁ。 昔は運動するのが好きだったからな。 いつも走り回ってたんだよ」


「へぇ…なんか意外」


「ふむ…ベッドの下には何もないか」


「お前は何やってんだ春樹」


ベッドの下を覗き込んでいる春樹の頭を叩く。


「いや、中学生といえば多感な時期だろう? だからそういう本の一冊や二冊…」


「無い。 そんな事より、お前ら部屋に荷物置いてきたらどうだ」


「確かにそうですね。 一旦荷物を整理しましょうか」


そう言うと、柊達は部屋を出て行った。


俺はふぅ…と息を吐き、久しぶりの自分のベッドに座った。


「…俺、帰ってきたのか」


部屋の内装も、窓から見える景色も、全てが当時のまま何も変わっていない。


変わってないからこそ、色々と思い出してしまうんだ。


俺はそんな考えを振り払うように、キャリーケースを開け、荷物の整理をかいしした。

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