第48話 「バカ2人」

「ど、どうするこれ…」


「どうするって言われましても…」


俺と柊は現在、桃井のチャットにどう返すかで悩んでいた。


チャットの内容は…


『そういえば、先輩ってどこら辺に住んでるんですか〜?』


これだ。


当然桃井は俺が柊の家に住んでいる事を知らない。

そして知り合ったばかりの桃井に全てを話すのはリスクが大きい…


「…とりあえずは嘘をつくしかない…と思います」


「だよな…よし。 適当に送るか」


桃井にとってこの質問はただの世間話と同義だ。

ならば適当な住所を入れても問題はない。


俺はこのマンションから少し離れた地名を入れ、送信した。


『あー!あの辺りに住んでるんですね! 本当に真逆じゃないですか! いつも送ってもらっちゃってごめんなさい!』


『気にすんな』


『先輩は優しいですね〜。 じゃあ私はこれからお風呂なので、また明日です!』


『あいよ』


そう言って桃井とのチャットが終わり、俺は大きな溜息を吐いた。


「ふぅ…とりあえずは逃げ切れたな…」


「七海さんの言う通り、これからは警戒した方がいいですね」


「だな…」


桃井は信頼出来るし良い奴だが、しばらくは隠し事をさせてもらおう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「皆さんおはようございます〜っ!」


「朝から元気だなお前…」


桃井からのチャットをごまかしてから、1週間が経った。

朝のHRが始まる前に春樹達と教室で話していると、昨日のように桃井が笑顔でやってきた。


「私は毎日元気ですからね〜」


「あっそう…」


「あ!渚咲先輩七海先輩! ちょっと見てもらいたい物があって…」


そう言って桃井は柊と七海にスマホの画面を見せた。

話しを聞く限り化粧品の話をしているらしい。

俺にはさっぱりだ。


「賑やかになったねぇ」


「…そうだな」


春樹の言葉に、俺は笑って答える。

前の4人でいる時間も楽しかったが、そこに桃井が加わって一気に雰囲気が明るくなった。


桃井は持ち前のコミュ力でもうすっかり俺達に馴染んだし、春樹の言う通り賑やかになった。


「あ!海堂先輩!この服可愛くないですか〜?」


「ん? どれどれ…? うん、確かに可愛いね」


「ですよねー! 買っちゃおうかなぁ」


「良いんじゃないかい? 桃井さんなら似合うと思うし」


桃井は春樹にもスマホの画面を見せる。 今度はファッションの話題らしい。


「如月先輩!見て下さいこれ!」


次は俺か。 柊と七海には化粧品、春樹には服、ここまでオシャレ関係の話題が続いている。

生憎オシャレには無頓着だが、聞くだけ聞い…


「このクレープ美味しそうじゃないですか〜?」


「オシャレ関係じゃないのかよ」


ついツッコんでしまった。


「え…? あー、だって先輩そういうの興味なさそうですし…?」


「まぁそうだけども…で、なんだって?」


「クレープです! 今年リニューアルしたデパートあるじゃないですか? そのデパートで最近人気らしくて!」


「ほ〜…クレープねぇ…」


「はい! だからもし食べたら感想教えて下さいっ!」


「え、お前食べないのか?」


「ほら、私甘いの苦手じゃないですか? だから先輩が食べて美味しかったら私も食べてみようかなと思って」


「毒見役か何かか俺は」


俺が言うと、桃井は笑う。


「冗談ですよ! そこで皆さんに提案なんですけど、今日の放課後に一緒にデパート行きませんかー?」


「はぁ…? そんなの1人で行けば…」


「皆で行った方が楽しいじゃないですか! …あ!もう時間なので詳しい話はまたお昼に!」


桃井はそう言って教室から出て行った。

教室から出る前に八神に軽く挨拶をしているのを見て、本当にあいつは凄いなと思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その後も時間は進み、時刻は放課後になった。

4人で校門に行くと、桃井が手を振ってきた。


今日の昼食の際、桃井が正式に『放課後にショッピングに行きましょう!』と提案し、断る理由は無いという事で5人で買い物に行く事になったのだ。


「楽しみですね〜ショッピング!」


「ただの買い物だろ? 何が楽しいんだ」


「分かってないですねぇ先輩は。 服とかどこで買ってるんですかー?」


「古着屋かネット」


「うわぁ…本当にオシャレに興味ないんですね…

そんなんじゃもし彼女が出来た時苦労しますよ〜?」


「出来ないから大丈夫だ」


「たしかにっ」


桃井はそう言って笑う。


「私も新しい服買いたかったしちょうど良かったよ。 荷物持ちも居るしね」


七海が俺と春樹を見て言う。


…おい。荷物持ちって俺たちの事か…?

俺たちの事なんだろうなぁ…


「私も新しい鍋を買おうと思ってたので、ちょうど良かったです」


「あー、前に小さい鍋欲しいって言ってたもんな…って痛ぇ!?」


七海に思い切り背中を叩かれ、俺はハッとする。


「小さい鍋…? なんで如月先輩がそんな事知ってるんですかー?」


まずいまずいまずい…こんな生活的な話俺と柊しか知らないってのに…!


「前に柊さんが言ってたんだよ。 桃井さんと出会う少し前にね」


「あぁなるほどです! …って、なんで渚咲先輩が鍋欲しがるんですかー?」


「渚咲は1人暮らししてるからね。 家事も全部1人でやってるんだよ」


七海が言い、柊はただただ首を縦に何度も振っている。

俺の失言で柊も相当焦っているのだろう。


「1人暮らし!? 如月先輩と一緒じゃないですか! でも如月先輩と違って全く心配にならないって凄いですね…」


「酷すぎるだろ」


春樹と七海のフォローによって何とか切り抜けはしたが、発言には気をつけないとな…


その後も何気ない話をしながら歩き続け、俺達はこの辺りで1番大きなデパートにやってきた。


去年柊のプレゼントを買う為に七海と来たが、今年ガラッとリニューアルをして去年よりも品揃えが良くなったらしいからいつか行ってみたいと前に柊が言っていたのを覚えている。


デパートに入ると、俺達はまず服屋に行った。


「おー! やっぱり品揃えいいですね〜!」


「そうだね、いい服がいっぱい」


「確かに…何時間も居ちゃいそうですね」


桃井、七海、柊が目を輝かせ、俺と春樹は長時間付き合わされる事が確定した。


桃井達は店内を歩き回り、気に入った服があると俺達に見せて反応を見てから買うか買わないかを決めていた。


そのおかげで、この3人が好む系統が分かってきた。


桃井が可愛い系、七海が大人系、柊が清楚系だ。


店内は広く、回りきれないと言う事で俺達は二手に分かれた。

俺、柊、桃井チームと、春樹、七海チームだ。


「渚咲先輩もこう言うの着てみたらどうですか〜?」


俺の前で桃井が柊に可愛い系の服を渡す。

柊が着ないような肩が出るタイプのフリフリした白のブラウスに、膝上までの短い水色のスカートだった。


「渚咲先輩肌も足も綺麗だし、オフショルとかミニスカートとか似合うと思うんですよねー!」


「なるほど…こういう服は着た事なかったですね…」


柊は少し悩んだ後、自分の身体に服を当て、俺に見せてきた。


「に、似合いますか…?」


柊は顔を赤らめ、上目遣いで言ってきた。

きっと普段着ないような服だから恥ずかしいのだろう。


実際に着てるわけじゃないから分からないが、似合っていないわけじゃない。

むしろ気になるくらいだ。


「…良いんじゃねぇの」


「…ふむ…ちょっとだけ考えますね」


柊はそう言って服を元の場所に戻した。


その後も時間は進み、俺が両手に持っているカゴの中の服が増えてきた。


右手のカゴに柊が買う予定の服、左手のカゴに桃井が買う予定の服だ。


「試着とかしなくて良いのか?」


「長時間じっくり選ぶ時はもちろんしますけど、試着までしてたら時間無くなっちゃいますし!」


俺が質問すると、桃井が答えた。

桃井は俺が持っているカゴを見る。


「…よし! 私はもう終わりにします!渚咲先輩はどうします〜?」


「私も十分見て回ったので、終わりで大丈夫です」


柊は最後まで悩んでいたが、結局桃井に勧められたあの服は買わなかった。


七海達も終わりにするらしく、こっちに合流してきた。

女子3人達は俺達からカゴを受け取ると、皆でレジの方に向かって行った。


「皆目キラキラしてたね〜」


「そうだな…服を見て何が楽しいんだか」


「僕達がゲームソフトを買いに行く時と同じ気持ちなんじゃないかな? ほら、新しいゲームを買う時ってワクワクするだろう?」


「あぁなるほど…なんか納得だ」


春樹とそんな話をしながら、俺達は柊たちの帰りを待った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「美味しいですね〜ここのクレープ!」


柊たちの服を買い終え、俺達はお目当てのクレープを食べに来た。


俺と柊と春樹はチョコバナナクレープ、桃井と七海はイチゴクレープを食べている。


ふむ…確かに人気になるだけはあるな。

フワフワの甘いクリームに濃厚なチョコソース…

まずい、ちょっとハマりそうだ。


周りを見ると他校の女子生徒が沢山居た。

皆クレープの写真を撮っていたり自撮りをしている。


「桃井みたいなのが沢山いるなぁ…」


「それ褒めてますー? それとも喧嘩売ってますー?」


「…すみません」


「まったく失礼な人ですねぇ…。 お詫びにチョコクレープ一口下さい」


「なんだ食いたいのか?ほら」


俺は桃井にクレープを渡す。

桃井は一瞬目を見開いたが、すぐに一口食べて俺にクレープを返してきた。


「美味しいですねー!今度来た時はチョコクレープ食べようかなぁ〜。 あ、先輩もイチゴクレープ食べます?」


「おう。 食べ…あ」


そこまで言って、俺は今自分が何をしたのか気づいた。

クレープが美味しすぎてまともな判断が出来ていなかった…


これ…間接キスじゃねぇか…


「い、いや、やっぱいい」


慌てて桃井から目を逸らす、春樹はニヤニヤしており、柊と七海に至ってはジト目でこちらを見ていた。


「あー、もしかして先輩照れてますー?」


「…照れてねぇ」


「うっそだぁ〜。 顔赤いですよ〜?」


「うるせぇ」


俺は邪念を打ち払うように無心でクレープを食べ続けた。


それから数分後、皆もクレープを食べ終わり、俺達は最後に一階にある食料品売り場にやってきた。


もう暗いという事で、柊はここでついでに食材を買った方が良いと七海が提案したのだ。


「付き合わせてしまってごめんなさい…すぐに終わらせるので…!」


柊はそう言って買い物カゴを手に取る。


「ん」


「ありがとうございます」


柊に手を向けると、柊は俺にカゴを渡してくる。

カゴをカートに乗せ、5人で売り場を歩く。


「今日は何が食べたいですか?」


「そうだなぁ…魚とかどうだ?」


「いいですね。 じゃあ今日は鮭のムニエルに…痛ぁっ!?」


突然七海が柊の背中を叩いた。

そしてまたハッとした。


ついつい2人で買い物している時の会話をしてしまっていた。


「…バカ!? アンタ達の会話と行動ほぼ夫婦だよ!?」


俺と柊の間に入り、七海が小声で言ってくる。


「…え? なんで渚咲先輩が如月先輩に夕飯のメニューを聞くんですか…?」


「…じ、冗談のつもりなんじゃないかな…? ほ、ほら、ごっこ遊びみたいな…?」


流石の春樹でも今のはフォローしきれなかったらしく、めちゃくちゃな事を言っている。


「ごっこ遊び…? それにしては如月先輩の行動が自然すぎるような…

ナチュラルにカゴ持ってあげてますし、当然のように隣にいますし…」


「「うっ…」」


俺と柊は言葉に詰まり、お互いに顔をそらす。


「まさかお2人って…」


あー…終わったなぁ…


「付き合ってたりします!?」


桃井は目をキラキラさせて聞いてきた。


「付き合ってるなら全部辻褄が合いますし! そうなんでしょ!?」


「ち、違います!!」


柊が顔を真っ赤にして否定した。


「い、今のは海堂さんが言った通り、た、ただの冗談です…! か、勘違いさせてごめんなさい…! で、では買ってきます…!!」


柊は吃りながら言うと、俺からカートを奪い取り、1人で早歩きで先に行ってしまった。


「はぁ…私がついて行くから、他の皆はお菓子でも買っておいで」


七海はそう言うと柊を追って行ってしまった。


「お、怒らせちゃいました…?」


桃井は珍しく焦りながら俺と春樹を見る。


「大丈夫だよ。 きっと照れてるだけさ。 ね?陽太」


「あぁ。 落ち着けば普通になるだろ」


「良かったぁ…」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「では、私の家はこの近くなので、お先に失礼しますっ!」


柊の買い物が終わり、俺達は帰り道を歩いていた。


デパートから1番遠いのは柊の家で、逆に1番近いのは桃井の家という事で、俺達は先に桃井を送り届ける事にした。


「皆さんとお買い物出来てとっても楽しかったです! また行きましょうね! では!」


桃井はそう言って笑顔で帰って行った。


桃井が見えなくなると、俺と柊は同時に息を吐いた。


「…バカ2人」


「すまん…」


「ごめんなさい…」


七海に言われ、俺と柊は素直に謝る。


「僕は見ていて微笑ましかったけどね〜」


「アンタらはもうちょっと周りからどう見られてるか考えた方が良いね」


「「はい…気をつけます…」」


無意識とは本当に怖い物だな…

俺はともかく、まさか柊までとは…


チラッと柊を見ると、柊は食料が入った買い物袋を両手で持っていた。


「よこせ」


俺は柊から無理矢理買い物袋を奪い取る。

さっきまで左手に柊の服が入った袋を、右手に桃井の服が入った袋を持っていたが、桃井が帰った事で右手が空いたのだ。


「ふふ…ありがとうございます」


「結構重いな…」


「明日は土曜日ですし、買い込もうと思って」


「なるほどな」


「あ、そういえば前に話してた新発売のアイス、あのデパートに売ってたので買いましたよ」


「え、マジ? いつも行ってるスーパーには売ってないから絶望してたんだよな」


「美味しかったらまた買いに来ましょうか」


「アイスの為だけにデパート行くのは面倒だな…」


そんな話をしていると、俺達の後ろを歩いている七海が


「無意識怖…」


と小さな声で呟いた。

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