第26話 「甘える女神と、女神の決心」
「柊ー、そこで寝ると身体痛くなるぞ〜」
「んー…」
流石にずっとソファで寝かせると身体中が痛くなってしまうので声をかけるが、柊は目を覚まさない。
柊はいつも朝にはしっかり時間通りに起きてくるのだが、こうした予想外の睡眠の際は起きるのがかなり遅い。
「柊、寝るならせめてベッドに寝てくれ。 ソファはまずい」
「ん…」
柊は身を捩り、俺から顔を逸らす。
声は聞こえており半分覚醒はしているが、思考が定まらないと言った感じだろう。
「ほら、ベッド行くぞ柊」
ここまで起きないとなると、かなり疲れているのだろう。
だから無理には起こさず、俺のベッドに連れて行く事にした。
手を引っ張っていけば寝ぼけながらでも行けるだろう。
柊に言うと、柊はうっすらと目を開け、俺の方に両手を伸ばしてきた。
「…だっこ」
「…は…?」
今、衝撃的な発言が聞こえた気がしたが、きっと聴き間違えだろう。
うん。きっとそうだ。
「…ベッドまで…だっこ」
聴き間違えじゃなかったらしい。
柊は半目だが、しっかりと俺を見ており、両手ももうこちらに伸ばしている。
しかも、柊は今甘えモードだ。
この状態の柊には遠慮がない。
日頃しっかりしている分、甘えられる状況になると歯止めが効かなくなるのだろう。
「…マジで言ってんのか?」
「…してくれないんですか」
拗ねたように言う柊に、俺は溜息を吐く。
「…後で文句言うなよ?」
そう言って、俺は柊を持ち上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。
まさか自分がこんな事をする日が来るとは思わなかった。
お姫様抱っこというのはかなり強烈で、顔面が近くなるのだ。
ただ遠くから見ただけでも美しいと感じる柊の顔面が至近距離にあるという事で、俺の心臓の鼓動が早くなってしまう。
更にだ。柊はかなり良い匂いがするから厄介だ。
「わぁ…如月くんが近いです…ふふっ」
柊が子供っぽい笑みを浮かべる。
「如月くんは力持ちですねぇ」
まずい。早くベッドに連れて行かなければ。
なるべく急ぎ足で自室へ向かい、ベッドの前についた。
ベッドに柊を下ろすが、柊は俺の首に両手を回したまま離そうとはしない。
「…ちょっと柊さん?手を離してくれませんかね」
「…いやです」
「なんで」
「いやです」
理由をきいたのだが、柊は答えてくれないようだ。
柊が離してくれないせいで、俺と柊の顔は至近距離のままだ。
「…もっとお話したいです」
「分かった分かった。 ここに居るから、とりあえず手離してくれ」
そう言うと、柊はようやく手を離してくれた。
俺は安堵し、ベッドの横の床に腰を下ろす。
柊の頭を枕に乗せ、毛布をかけてやると、柊は笑顔になった。
「如月くんは優しいです」
「別に優しくない」
まだ寝ぼけているらしく、柊はずっと笑顔だ。
これはまた後で正気に戻った時に恥ずかしくなるんだろうなぁ…と俺は内心笑う。
「…学校では上手く話せるでしょうか」
柊はボソッと言葉を発した。
柊は学校で俺達と話せるかどうか不安らしい。
俺と柊では、立場が違う。
話すだけなら簡単だが、周りの反応や俺達への影響なども考えて、柊は不安になっているのだろう。
「大丈夫だろ。 七海の作戦は完璧だし、焦らずゆっくり話していけば、いずれは学校でも普通に話せる」
「…何も考えずに話したいです。 周りの反応とか…気にせずに」
普段なら言わないような事も、今の状況の柊なら口に出来てしまう。
それだけ、普段から溜め込んでいるのだろう。
多分、この溜め込み癖に関しては言っても直らないとは思う。
幼少期からの我慢や取り繕う癖から、無意識に自分の意見を隠すようになってしまったのだろう。
俺は、柊の頭を優しく撫でる。
「もし周りの奴らに何か言われても、気にすんな。 俺みたいな陰キャは悪口や陰口は言われ慣れてるしな」
「…それ、誇る事じゃないです」
「まぁ、あれだ。 誰にどんな事を言われようが、お前に対する態度は変わらんから、安心しろ」
中学の時は悪口陰口が嫌で嫌で仕方が無かったが、お陰で今ではメンタルが鍛えられた。
他人に言われた言葉など、何も思わなくなった。
「…でも、如月くんが悪口言われたら…私、耐えられないかもです」
「気持ちは嬉しいが、そこは我慢だな」
「…無理です。怒っちゃいます」
「俺なんかの為に、自分のイメージを下げるような事はしなくていい」
俺がそう言うと、柊の眉がピクリと動いた。
「ほら、そろそろ寝ろ」
そう言って柊の頭を撫で続ける。
柊は最初は不服そうにしていたが、やがて眠気には勝てなかったのか、柊は眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
時刻は21時、1人で夕飯を食べ終え、風呂にも入った俺は、リビングでテレビを見ていた。
そんな時、リビングの扉が開いた。
振り返ると、そこにはくまのぬいぐるみを抱えて申し訳なさそうな顔をしている柊が立っていた。
「ご、ごめんなさい…! また私…!」
「気にすんな。 慣れない事したから疲れたんだろ」
「でも…」
「そこに飯用意してあるから、レンジで温めて食ってくれ」
テーブルの上にはチャーハンが置いてあり、ラップをかけている。
こういう時、作れる料理のレパートリーが少ない自分が嫌になるが、仕方がない。
「ごめんなさい…いただきます」
柊はかなり落ち込んだ表情をしながら、温めたチャーハンを食べ始めた。
チャーハンを食べ終えると、柊はゆっくり歩き、ソファに座る俺の隣に座った。
「結構寝たけど、夜寝れそうか?」
「うっ…」
柊は気まずそうな声を出す。
「…昼夜逆転はしたくないので、頑張って寝ます」
「そうか。 まぁ柊ならスマホ触ったりしないだろうし、大丈夫そうだな」
若者は無意識にスマホを見る奴が多いらしいが、柊はそこら辺はしっかりしている。
「明日は日曜日だし、俺は夜更かしするつもりだから、眠れなかったら話し相手になってやるよ」
「…夜更かしはダメなんですよ…?」
「じゃあ程々にする」
そう言うと、柊は黙った。
数分間無言の時間が続くと、柊が口を開いた。
「…めんどくさい所いっぱい見せてすみません…」
「気にすんな。 あれくらいなんとも思わねぇよ」
「でも…」
「俺はむしろ、普段聞けない柊の本音が聞けるから、めんどくさいとは思わん」
「うっ…私はそれ嫌なんですが…」
柊は苦笑いをしたあと、ムッとした表情になった。
「そういえば私、ちょっとイラッとした事があるんですが」
「お、なんだ珍しい。チャーハン不味かったか?」
「チャーハンは美味しかったのでまた作って下さい。 チャーハンじゃなくて、如月くんにです」
俺は首を傾げる。
すると、柊は続けた。
「さっき、「俺なんかの為に」って言いましたよね」
「…覚えてたか」
柊が寝る前の事なのだが、どうやら覚えていたらしい。
「如月くんはどうして、そんなに自分を過小評価するですか…?」
「自分の事が嫌いだからだな」
サラッと言うと、柊は目を見開いた後、悲しそうな顔をした。
「…なんでですか」
「理由をあげたらキリがないぞ? 性格は暗い。 捻くれてる。 覇気がない。 やる気もない。 それを自覚してるのに直す気がない所とかな」
自嘲するように笑うと、柊はまた悲しそうな顔をする。
「俺には柊、春樹、七海みたいな他人より秀でた物もないしな」
柊は学力。 春樹は機械弄り。 七海には音楽。
各々自分の得意な武器を持っているが、現在の俺には何もない。
考えれば考える程思う。 俺は柊達には釣り合っていないと。
俺みたいな半端者が、あいつらと一緒にいて良いのかと。
「…そんな悲しい事…言わないでください」
柊は、小さく呟いた。
「…如月くんは、優しいじゃないですか。 人に優しくするのは、簡単そうに見えて、簡単じゃないんですよ?」
柊は、1度目を閉じ、再度目を開ける。
その目は、何か覚悟を決めたような目に見えた。
「如月くんがいつか、自分を好きになれるようにしてみせます。 如月くんが私を変えてくれたように、私も貴方を変えてみせましょう」
「別に頼んでな…」
「頼まれなくてもやります。 それに、頼んでもいないのにしつこく人の家庭事情を聞いてきたのは誰でしたっけ?」
俺はため息を吐く。
「如月くんが何故そういう考えになったのかは、今は聞きません。 いつか、話せる時が来たら話して下さい」
「……」
「ただ、これだけは言っておきます」
柊は、俺を真っ直ぐ見る。
「私は、如月くん程優しい人間は少ないと思っています。 皆少なからず見返りを求めようとします。 ですが、貴方はずっと善意だけで私を助けてくれました。 その事実に私がどれだけ救われたか」
柊は優しい顔をする。
「さっき、貴方は秀でた物は無いって言いましたが、あるじゃないですか。
貴方は、他人に優しく出来る素晴らしい人間ですよ」
そう言って、柊は俺の頭を撫でてくる。
俺は恥ずかしくなり、ソファから立ち上がる。
「…寝る」
「あら、今日は夜更かしをするんじゃなかったんですか?」
「…気が変わった」
「そうですか。 おやすみなさい」
「…あぁ」
ずっと笑顔の柊を尻目に、俺は逃げるように自室へ戻った。
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