自宅が全焼して女神様と同居する事になりました

皐月 遊

一章 女神様と同居編

第1話 「自宅全焼」

10月になり、寒い日が増えてきた季節、俺は、1人の女神と出会った。


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「こんな事になるんなら学校に置き傘しとくんだったな」


そう言いながら、どこにでもいる普通の黒髪の高校生の俺、如月陽太(きさらぎようた)はリュックを頭の上で抱えて走っていた。


朝、天気予報では雲一つない青空と言っていたのだが、今は全くの逆。最早土砂降りである。


はぁ…最近は不幸が続いてるなぁ


高校生になり、地元を離れて都会の家賃が安いアパートで一人暮らしを始めたのはいいが、俺にはいい事がない。


何もない場所で躓いて転びそうになるし、朝居眠り運転中の車に轢かれそうになるし、歩いていたら顔面スレスレに野球ボールが飛んでくるし。


生きているだけ幸運と思った方が良いのかもしれない。


「…ん?」


ひたすら走り、もうすぐ我が家に着くところで、公園に1人の女子がいるのに気がついた。


同じ学校の制服を着ており、話した事はないが、俺には彼女が誰なのかすぐに分かった。


何故なら、彼女は俺が通う学校では超有名人。

数々の男子から告白を受けては笑顔で振り、正に神のような存在である事から、"女神様"と呼ばれている。

柊渚咲(ひいらぎなぎさ)だった。


同じ一年生だが、クラスが違う事もあり話した事はないが、存在だけは知っている。


俺が知る中で柊はいつも笑顔だった。

だが、今俺が見ている柊の顔には笑顔は無く、むしろ目に涙を溜めていた。


俺は、気づいたらブランコに座る柊の前に立っていた。


「…何してんだ?」


俺が言うと、柊はゆっくりと顔を上げる。

日本人離れした金色の綺麗なロングヘアーに宝石のような青色の瞳に、俺は唾を飲み込んだ。


可愛い。


それが俺の素直な感想だった。


「こんな雨の日に傘もささないとか、風邪ひくぞ?」


「…そっくりそのままお返しします」


「うっ…」


確かに、俺も傘をさしていなかった為、説得力は皆無だ。

本来ならここで自分の傘を渡したりするのが一般的なんだろうが、生憎と傘を持っていない。


自分の準備不足にため息を吐く。


「…話を戻すけど、何してんだ?」


「ブランコに座っています」


「いや、それは見たら分かるけども」


やはり、学校で見せるような笑顔は見せない。

よほど落ち込んでいるらしい。

会話は必要最低限の物で済ましたいというのが分かる。


「…お前、家ここからどのくらいかかるんだ?」


「プライベートですので」


バッサリと切り捨てられ、一歩引き下がってしまう。

俺は、乱暴に頭を掻き、柊の手を掴んだ。

柊は一瞬目を見開いた後、俺を睨んだ。


「…何のつもりですか?」


「勘違いすんな。 近くに俺の家がある。 そこでシャワーと傘を貸すから、それで帰れ」


「私が見ず知らずの男性の自宅に上がる軽い女だとお思いですか?」


「いや思わないけども…」


「余計なお世話です」


またバッサリと切り捨てられ、ため息をつく。

ここまで言われたなら自宅に帰ればいいのだが、俺は素直に帰らずに、柊の隣のブランコに座った。


柊は、何してんのお前と言いたげな表情でこちらを見る。


「…何をしてるんですか」


「ん?ブランコに座ってる」


「…風邪引きますよ」


「そっくりそのまま返す」


俺が言うと、柊は眉間に皺を寄せた。

いつも笑顔の柊からは想像が出来ない。

明らかにイラついた表情だった。


「別に家に帰りたくないってんなら無理に帰れとは言わないけどさ、せめて傘はさそうぜ」


「…説得力」


「まぁずぶ濡れの俺に言われても説得力ないよな」


そりゃそうだ。と俺は続け、小さく笑う。

すると、柊も小さく笑った。


学校での笑顔とは明らかに違うそれに、俺は一瞬だけ見惚れてしまった。


「…では、傘だけ借りに行っても良いですか…?流石に男性の家に上がるのは…」


柊は、上目遣いで言う。

その後に、「シャワーは自宅で浴びます」と続けた。


まぁこのままここで雨に打たれ続けるよりはマシか。と思い、俺は立ち上がる。


お互いに制服はびしょ濡れである。

今は10月なので、かなり寒い。

幸い柊はワイシャツの上にベストを着ている為、下着が透ける事はない。


「案内する」


「お願いします」


お互いに歩き始める。

道中に会話は無く、無言で歩いていた。

こんな時に気の利いた会話が出来れば良いのだが、生憎と地味メン陰キャの俺にはそんな事は出来ない。


自宅に近くなるにつれて、心なしか消防車の音が大きくなっていた。


どこかで火事でもあったのだろうか。


「火事…ですかね」


「かもな。 経験した事ないから分からんが、自宅全焼とかになったら絶望だろうな」


「ですね。考えるだけで恐ろしいです」


そんな世間話をしながら自宅に到着し、俺は持っていた鞄を落とした。


「嘘だろ…?」


目の前の建物からは、黒煙が上がっていた。

周りには野次馬と思わしき人々が傘をさしながら見ている。


「どうしました…?」


柊が俺の顔を覗き込み、察したのか、目を見開く。


「…貴方が住んでるアパートってあれですか?」


「…あぁ…絶賛燃えてる最中だな」


そう。今目の前で燃えているアパートこそ、俺が現在住んでいる住居だった。

雨のおかげで火は弱まってはいるが、建物は丸焦げで、所々壁が剥がれている。

2階にある俺の部屋は、跡形もなかった。


隣では、柊が心配そうに俺を見ていた。


「すまん、ちょっと話してくる」


そう言って、俺は建物を見ていた大家さんに話しかける。


「すみません。ここの入居者なんですが…」


俺が言うと、大家さんである初老の男性は俺を睨みつける。


「責任とか賠償の話は後日にしてくれ!今日はホテルにでも泊まりなさい!」


と怒鳴られてしまった。


子供の自分ではどうする事も出来ないので、今は引き下がるしかないだろう。

後で両親に電話してみようと決意し、俺は柊の近くにいく。


話を聞いていた柊は、心配そうに俺を見る。


「あの…」


「すまん。 見ての通り火事になっちまった。 傘とかも回収出来ないから、せめて家の近くまで送るよ」


俺が言うと、柊は少し考え、また顔をあげた。


「…シャワー、貸します」


「へ?」


「ウチのシャワーを貸します。 私も貴方と同じく1人暮らしなので」


「いやいやマズイだろそれは。流石に家に上がるわけには…」


「状況が状況ですし、仕方ないでしょう。 なにより、こんな状態の貴方を見捨てて帰るなんて白状な真似は私には出来ません」


「いや…でも…」


「貴方がウチに来ないのなら、私も家に帰りません。

このまま2人同時に風邪を引く羽目になります」


ツンといった効果音が聞こえてきそうな態度に、俺は笑ってしまった。


「…じゃあ、お言葉に甘えて」


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「どうぞ。今タオルを持ってきます」


俺は、絶句していた。


柊が住んでいたのは、タワマンだったのだ。

しかも高層階。


1人暮らしにしては大きすぎる部屋に、俺は何度も瞬きをしてしまう。

それに、入った瞬間からいい匂いもする。


洗面所らしき場所から柊がタオルを持ってきてくれたので、俺は髪の毛から順番に拭いていく。


「先にシャワー浴びちゃって下さい」


「いや、流石にお前が先だろ女子だし」


「貴方は今客人です。 客人を差し置いてお風呂には入れません」


「でも流石に…」


「貴方が入るまで私はお風呂に入りませんから」


柊はもしかしたらかなり頑固なのかもしれない。

と思いながら、俺はため息をついた。


「…なるべく早くあがる」


「お気になさらず。ゆっくり温まって下さいね」


俺は、案内された洗面所で服を脱いだ。


幸い鞄の中に入っていた体操着は濡れてなかったので、風呂上がりはこれを着れば良いだろう。


扉を開け、浴室に入る。


汚れひとつない綺麗な浴室に、きちんと整理整頓されたシャンプー達。

部屋に入ってからも分かったが、柊は綺麗好きなようだ。


シャワーを浴び、冷めた身体を冷やしていく。


すると、浴室のドアがノックされた。


「シャンプーは好きに使ってください。何かわからない事はありますか?」


「いや、ない。大丈夫だ」


「なら良かったです」


そう言って、柊の声は聞こえなくなった。


柊のシャンプーは、とてもいい匂いがした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「上がったぞ。シャワーありがとうな」


ジャージに着替えて廊下に出ると、リビングらしき場所から柊が出てきた。


「どういたしまして。 では次は私の番ですね」


「あぁ。 んじゃ俺はこれで…」


俺は、外に出る扉へと向かう。


「どこ行くんですか?」


「え、そりゃ出ていくんだが」


俺が言うと、柊はため息をついた。


「…馬鹿なんですか? せっかくシャワー浴びて暖まったのに、また外に出たら濡れるでしょう」


「でも流石にここにいる訳には…」


「あ、言い忘れてましたが、貴方の制服は既に洗濯機の中に入ってます」


「なっ…」


「なので、大人しくリビングで待ってて下さい。 その間に、両親に電話するなりすればいいと思いますよ」


そう言って、柊は洗面所に入っていった。


「…無防備すぎないか…?」


もちろん何かをするわけでもないし、そんな度胸はないからいいが、柊には警戒心はないのだろうか?


とはいえ、どうする事も出来ないので、お言葉に甘えるしかない。


リビングに行くと、白を貴重とした綺麗な部屋だった。

白いソファに白いフカフカの絨毯。

大きなテレビ。

と、必要な物は全て揃っており、無駄な物は置いていなかった。


俺はとりあえずソファに座り、母に電話をかける。


『あら陽太?珍しいわね陽太からかけてくるなんて』


「母さん。落ち着いて聞いてくれ」


『なーに?あ!もしかして彼女が出来たとか!?』


「アパートが全焼した」


通話越しに本気の困惑の声が聞こえてきた。


「大家さんからは、賠償とかの話は後日にしてくれって言われたよ」


『あの大家さん最初見た時から態度悪かったから、なんか心配なのよね…』


「まぁそれは分かる」


『だから私とお父さんはもっと良いところに住むように言ったのに』


「あんまり負担かけたくないからな」


1人暮らしをすると決め、部屋探しの時は両親にマンションを勧められたが、生活費を出してもらう以上は最低限住める家で良い。と無理矢理あのアパートを契約したのだが、間違いだった。


壁は薄いし大家さんは夜中でも騒ぐし…


『分かったわ。この事については私とお父さんで大家さんと話し合うから、陽太はしばらくの間はホテルに泊まるといいわ』


「そうする」


未成年の俺よりは大人に任せた方が良いだろう。


『それより、今どこにいるの?』


「とりあえず同じ学校の知り合いの家でシャワー浴びさせてもらった」


『あら!そうなのね! 前に言ってた春樹(はるき)くん?』


「いや、春樹じゃないよ。 別の…」


「お風呂上がりました。 そういえばまだ私貴方の名前…あっ… 」


「おいばか…」


風呂から上がったらしい柊が、リビングにやってきた。

暖まったからか、体から湯気が出ており、どこか色っぽい。


と、今はそんな場合じゃない。

今俺は電話中。

そして、今の柊の声は絶対に通話越しでも聞こえただろう。


『お、女の子の声!!!!』


スマホから聞こえる大声に、俺は思わずスマホを耳から離した。


「ち、違うんだ母さん、これには事情が…」


『母さん嬉しいわ陽太! ついに陽太にも春が…』


「ないから」


俺が困っていると、柊が俺の隣に座り、

「変わってもらっていいですか?」

と言ってきた。


当人から否定してもらった方が良いだろうと思い、柊にスマホを渡す。


「お電話変わりました。 初めまして。 柊渚咲と申します」


丁寧に電話対応する柊に感心してしまう。

言葉遣い、態度全てが美しい。


母親が何を話しているかは分からないが、柊は笑顔で対応している。


「はい。 自宅が全焼したのは私もその場にいたので把握しています」


どうやら火事の話らしい。


「そこで提案なのですが」


俺は、首を傾げた。


提案…?


「次の住居が決まるまで、息子さんをウチに住まわせるというのはいかがでしょうか?」


「…はぁ!?」


俺の声にうるさそうに身体を傾けながら、柊は話す。


「私も1人暮らしですが、大きめの部屋ですし、空き部屋もあります。 これから当分ホテル暮らしとなると余計な費用も嵩むでしょうし」


柊が言うと、何やら母親と会話しながら、

「はい。はい。大丈夫です」

などと相槌を打っている。


「分かりました。では、失礼致します」


そう言って、柊は通話終了のボタンを押し、スマホを手渡してきた。


「…どういうつもりだ?」


「話した通りです。 この家には空き部屋もありますし、無駄な費用もかからないので合理的な判断かと」


「倫理的にマズイだろ!? 俺達は今日話したばかりなんだぞ!?」


「貴方には帰る家がないのだから仕方ないでしょう」


「だからそれはホテルに泊まれば…」


「あんなアパートに住んでいた学生にホテル暮らしするお金なんてあるんですか? 」


「うっ…」


「とにかく。もう貴方のお母様には言ってしまったので、確定事項です」


そう言うと、話は終わり。と言いたげに柊は立ち上がる。


「…不安とかないのか?」


「無いと言えば嘘になりますね」


「だったら…」


「でも、貴方がもし節操のない男性だったら、もうとっくに私は押し倒されてると思いますよ?」


そう言って、柊は小さく笑う。


「まぁ…もしそういう素振りを見せたら…私にも考えがありますので」


今度は怖い笑みを浮かべながら言った。

俺は震え上がり、首を横に振った。


すると、柊は指を3本立てた。


「ここで生活をするにあたり、3つ条件があります。

1つ、私の寝室には絶対に入らない事。

2つ、生活費は折半。

3つ、洗濯物は全て私がやります。 洗濯物が干してあるベランダにも出ない事。

まだ増える可能性もありますが、とりあえずはこれくらいで」


生活費折半はむしろこちらからお願いするつもりだった。

洗濯物については、下着などもあるし当たり前だろう。


「了解した」


「はい。あとは…あぁ、自己紹介がまだでしたね。私、貴方の名前知らないです」


「そういや名乗ってなかったな。 如月陽太だ」


「如月くんですね。私は、柊渚咲です」


同棲が決まってから自己紹介をするという訳がわからない状況に笑いそうになるが、なんとか堪えた。


…こうして、不幸から始まった俺と柊の同棲生活が幕を開けた。

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