第43話夏祭りに行く話(その2)
いくら現実逃避しても、現実に影響はない。
左右から押し付けられる険悪な雰囲気をもう一度確認して、ため息すら迂闊に吐けない現状に絶望することしかできない。
幸運なことに、両者ともにまったく口を開かず、ただ俺を挟んで立っているだけだ。
不幸なことに、彼女らは出会った瞬間からこの状態であり、その理由についても何も話してくれない。
遠くから聞こえる祭りの喧騒に苛立ちを覚えそうなほどに、どうしようもない。
誠也……、早く来てくれえ……。望を引き取ってくれるだけでいいから……。
「なんだ、俺が一番最後か。……望が何かやらかしたか?」
もうそろそろ耐えきれないかもしれない、と本気で考えるくらいの時間が過ぎたところにのんびりとした歩調で誠也が現れた。
一目見て、空気感を感じたのだろう、二言目には申し訳なさそうな声になっていた。
「別に、まだ何もやってないさ」
「嘘だね。誠也に伝えた時間、俺たちに教えたのより遅かったでしょ」
やらかしていない、と主観的な事実を伝えようとする望に、彼女が見落としているやらかしを指摘する。
時間ぴったりに来ることに定評のある誠也が遅れたとは考えにくく、到着時の様子からしてもこの時間に来ることが当然のように考えていたはずだ。
そして、この集合時間を連絡してきたのは望であり、誠也への連絡も同じである。
「……何分前から居たんだ」
「だいたい三十分くらい?」
誠也の疑問に、俺が正確に答えるのは難しい。
二人に挟まれていたせいで時間の感覚があいまいで、首をかしげながら答えた。
「15分じゃ。10分遅らせおったな」
実際はどうだろうか、と時間を確認しようとしたところで、隣から正しい時間を告げたハクの声に、俺はびくりと肩を震わせる。
即座にそちらを確認し、間違いなくハクがいることを確認する。
本当に? 何度も目を凝らして、さらには手も使ってハクがそこにいることをチェックする。
この髪の手ざわり、少し呆れながらも受け入れてくれる優しさ、暗闇の中でも星明かりをまたたかせる鮮烈な赤色の瞳。
確かに、間違いなくハクだ。
「いきなり、なんじゃ」
「いや、だって……。信じられないくらい冷たい声出してたから……」
聞いたことがない、とかいう次元ではない。
はっきりと、別人を疑わせる、絶対零度の声だった。
それはハクにもあんな声が出せるんだ、という純粋な驚愕を上回って、誰か別の何かが乗り移ってしまったのではないか、という恐怖を感じるほどに。
「別に、不思議なことではないだろう?」
そんな困惑に水を差したのは、誠也の腕を取ってご満悦になった望。
顔も、目も、全身でもご満悦を表現しているのに、声だけが冷たい。
誠也もそんな望は初めて見たのか、ギョッとした表情で彼女を見る。
「ソレにとって、ボクは不倶戴天の敵であり、嫉妬羨望の的であり、同族嫌悪の鏡であるのだから」
「……は?」
心底嫌そうな声色で、吐き捨てるような口調で望はまくしたてる。
その意味を正確にとらえることはできないが、言葉自体は理解できる。
だが、納得はできない。
信じられないと言い換えてもいいし、考えたくもないとも言える。
それらの言葉は、あまりにもハクから遠いはずだと、俺は思考をめぐらせる。
「もう、よいじゃろう。ゆくぞ」
しかし、俺が思考しようとする間もなく、ハクはそそくさと歩き出してしまった。
全く躊躇を感じさせない、逃げるようなその行動に、思考の糸がぷっつりと切れる。
「え、ハク? ああ、もう! 望、あとで覚えとけよ! 誠也、ごめんだけど先に行く。またあとで!」
「おう、あとから行くぞ。のぞみと話し合ってからな」
俺と誠也の短い受け答えだけを残して、ハクの後を追いかける。
望はもはや興味をなくしたといわんばかりに誠也に夢中になっているが、ちゃんと話ができるのだろうか。
いや、そんなことよりも今はこっちだ。俺もハクと話さないと。
「ハク、待って。どうしたのさ」
「……あヤツの言った通りじゃ。それ以上のことなどありはせん」
「本当に?」
「逆に問うが、わしにそれ以上の理由があるの思うかの? 当たり前じゃが、あヤツとは初対面じゃぞ」
いくらか冷静さを取り戻したのか、不機嫌そうに唇を曲げながらも明確に答えるハク。
とげとげしさは残っているが、いつも通りにしようと努力している様子だ。
それでも怒りは収まりきらないらしく、ずんずんと草鞋でなければ足跡が鳴りそうなほどの速度で前に進み続けている。
そうしないうちに、ざわざわとした空気が肌にふれる。
ここから先は人通りの多い本道だ、腰を据えて話ができるような場所ではないだろう。
「一つだけ聞かせて。望は、ハクを傷つけるかな?」
「ありえぬ。断言できるのじゃ」
きっぱりと、結論だけを述べるハク。
足を動かす速度は変わらず、俺の方を見向きもしない。
理由を話すつもりは、無いらしい。
「ハク」
人の多い場所に出る前にと、ハクに呼びかければ、ちらりと目線だけを向けてくる。
その目に映るように左手を差し出せば、ぴたりと立ち止まり、しばらく俺の手を見つめる。
「……わしは、子供ではないのじゃが」
「じゃあ、俺がはぐれないようにつかんでいて。離さないで」
あれこれ言っても、今から解決するのは難しいというのなら、一つくらいは不安を解消してほしい。
そんな思いを込めてもう一度左手を突き出す。
考え込むように目を伏せる彼女と、彼女の返事を待つ俺。
そして、ハクはいつもより優しい笑みを浮かべて右手を乗せた。
「エスコートじゃな」
「お望みなら、いくらでも」
まばらにいる人たちは、こちらを見向きもせずに過ぎ去っていく。
いたずら気な笑みを唇の端にのせたハクに、無言で笑って答える。
難しいことは後で考えることにして、ここからは二人の夏祭りを楽しもう。
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