第34話久しぶりな友人と出会う話
大学でのこまごまとした用事が終わり、珍しく学食での昼ご飯を終わらせる。
普段であれば、ハクの待っている自分の部屋にできうる限り早く帰るのだが、今日はちょっと事情が違う。
午後から、マッドサイエンティストの望による投薬実験バイトをやる予定なのだ。
もちろんのこと、ハクには危険性が一切ないとことを丁寧に説明したうえで、これっきりにすると約束をして、である。
実際にやるかは別としても、これ以降のバイトはお断りするという意志は伝えなくてはならないので、今回だけは許してもらった。
学食を決められたとおりに片づけ、外に出れば目の前にある広場の真ん中に、派手ではないくらいの茶髪に男らしさを備えた顔立ちの友人が立っているのが見えた。
「いつもすまんな」
「いやぁ、お金もらってるし。こちらこそありがとうって感じだよ」
こちらに気づいて近付いてきた誠也と挨拶をして、恒例に近い会話を交わす。
倫理観がそれなりに常人からかけ離れてしまっている望とは反対に、恋人である誠也の感性は非常に常識的である。
そのため、被検体として参加している俺に対して申し訳なさそうにする誠也と、望んでやっていることだから大丈夫と答える俺、という会話はよくあるのだ。
そういう風に俺は認識しているのだが、誠也は何故か驚いたような表情をしているのに気づいて頭の中で疑問符を浮かべる。
「……まあ、なんだ。俺としては歓迎するが」
「まったく訳が分からない。どういうことさ」
俺がじっと見つめていると、誠也は少しだけ目を泳がせたかと思うと、訳の分からないことを言ってごまかそうとし始めた。
ごまかすのに関しては良いのだが、明らかに不穏な言外をにじませているので、恐怖と不安を感じてしまう。
「触れていいものか、正直悩んでいる」
「出会って数分で何を感じたのさ。そこまで気にするような事が……、無いわけでもないけどさ」
「あるのか」
「まあ、生きてるからね」
触れられて痛む個所など、生きていれば生きているだけ増えるものだろうと俺は考えているので、配慮してくれるのはありがたいのだが、だからと言って、友人から明らかに含みを持った言い方をされると気になって仕方ない。
「ふぅむ、やはり」
「とりあえず、ダメそうなら普通に止めるから。感じた事そのまま言ってよ」
「ああ……。変わったな、懸」
再確認を終えたように、ひとつ深くうなずいた誠也に言葉をうながせば、感慨深そうな声色で一言だけ返ってきた。
その一言について、俺は否定もできないが肯定もできない。
どちらで答えればいいかと顔をしかめれば、誠也は唇を釣り上げて面白そうな笑い声を漏らしている。
「男子、三日会わざれば……。って言うからね。ここ最近会ってなかったし、そう見えるんじゃない?」
「そんなレベルじゃないさ。それこそ、恋人でもできたんじゃないかってくらいだ」
さすがに、予想もしていなかった返答に、ギクリとした反応を隠すことはできなかった。
当然、誠也はそれに気づいてしまうわけで、これまで見たこともないほど目を見開いて、これ以上ないほど驚きの感情を表現する意外に何も喋らなくなってしまったので、何度か咳払いをして沈黙を破る。
「口、開いてるよ」
「……そりゃあ、そうもなるだろう。お前のことは同類だと思っていたんだが。いや、むしろ俺にとっての望のような女性が見つかったのか。それならば、めでたいが」
「お前に同類扱いされるほど歪んだ感情は持ち合わせてないよ、さすがに」
口が半開きになったままの誠也から畳みかけるように感想を述べられたが、俺でも見逃せない発言があったので訂正しておく。
俺から見ても、誠也と望はお似合いのカップルだし、素直にそのまま幸せになってほしいと願っている。
……いるのだが、こいつらは割れ鍋に綴じ蓋という言葉がぴったりなほどに癖のあるカップルであり、互いが互いに向ける感情が非常に屈折している。
それと同列扱いされるということは、俺のハクに向ける感情が屈折しているということであり、あるいはハクの俺に向ける感情が屈折しているかもしれないということでもある。
いや、……ちょっと考えさせてくれ、歪んだ愛情に付き合わせている可能性を考えるともう少し熟考したいところなんだ。
「諦めろ。性質は違うが、俺とお前は似たもの同士だ」
「それを認めるとハクまで巻き込んじゃうから……」
考え事をしながら早口で返事をしたせいで、しれっと失言を、した後で気づいた。
それを見逃すような誠也ではなく、ほぉーっとわざとらしく声を挙げながら腕を組む。
からかうつもりか、とジト目で彼を観察してみるが、そういうわけではないようで、うっすらと笑顔を浮かべながら瞳を閉じた。
「うむ……」
「……それは、どういう反応なの?」
誠也はかみしめるように目を閉じて、何度も深くうなずいているだけで、何も言ってこないので、一体何をしているのかと俺のほうがしびれを切らすことになった。
誠也は俺の言葉にパチン、と目を覚ましたようにまぶたを上げると、しばし俺の顔を見る。
そして、気づいていないのかと言わんばかりに首を傾げ、顎に手を当てる。
「なんだ、気づいてないのか」
「何をさ」
実際に声にも出るほど、衝撃だったらしい。
気づいてなければ悪いのか、と返したくなる気持ちをこらえて続きを促せば、誠也は出来の悪い生徒にものを教えるような表情で口を開く。
「名前が、思わず出たんだろう? 想うときに名前が無意識に出てくるというのであれば、十分に愛情深いという証だろう。四六時中、相手のことを想っていなければそうはならん。なにより、お前さんは慎重な性格だからな。身に染みついていなければ、うっかり口に出すこともないだろう」
誠也は本当に理解の遅い人に教えるかのように懇切丁寧に、俺がハクの名を口に出してしまった理由について解説してくれた。
そして、それは俺にとってぐうの音も出ないほど的確な考察であった。
俺はハクのことを四六時中考えているし、彼女のことを考える時には必ず名前を呼び、彼女の姿を思い浮かべていて、それらはすべて無意識の内である。
反論が思いつかず、押し黙ってしまった俺に満足したように誠也は一つ息をつく。
「先ほども言ったが。俺としては、お前にそれだけ想う相手ができたという事実を歓迎している。素直に喜ばしい」
最初に言っていたように、俺の変化を歓迎することをもう一度表明する誠也の言葉を聞いて、最初に考えていたことを思い出す。
他の話題を出したらぼろを出しそうなので、急いでその話題に乗っかることにする。
「そうそう。お前は、ってことはさ。俺の変化を歓迎しない人がいるかもってこと?」
「……そりゃあ、お前。だって、なあ……」
途端に歯切れの悪くなる誠也に、数拍遅れて俺も思い出す。
少し考えれば、誠也がわざわざ話題に出す俺に関係する人物など一人しかいないので、この話題は少し間抜けをさらした事になる。
同時に、いつかは直面しなければならない課題でもあった。
「今日、会うもんねぇ……」
「悪いことにはならん、と思うが。機嫌が悪くなりそうでな……」
彼の言葉の意味について知るのは、数分後。
一条望の研究室に入ってすぐのことであった。
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