人こそ芸術

月桜しおり

プロローグ

この地下室は剥き出しの白いコンクリートで壁、床、天井が覆われている。


この冷たい地下室の幾つかあるうちの一つ、その部屋の扉を開ける。


そこには1人の女が恐怖に怯え、部屋の隅で膝を抱いていた。


僕の存在に気付いた女は顔を上げた。


目黒修めぐろしゅう:「話す気になりましたか?」


昨日この地下室に連れて来て以来、女は食べ物を口にしていない。


水さえも……。


その所為か女は力無く首を横に振った。


目黒 修:「困りましたね。名前を教えてくれれば食事を与えると言っているのに……」


女は充血した目で僕をじっと見つめている。


目黒 修:「話す気が無いなら今夜も食事は抜きですね」


そう言って僕は女に背を向ける。


女:「待って・・・」


僕を呼び止める声は、耳を澄まさないと聞き逃してしまうほど、小さなものだった。


僕はできる限り優しい笑みを浮かべる。


目黒 修:「どうしました?話す気になりましたか?」


僕は振り返って、出来るだけ優しく微笑んだ。


森岡静菜:「私の名前は森岡静菜もりおかしずな……」


僕は黙って頷く。


目黒 修:「素敵なお名前ですね」


僕は約束の食事を準備するために、地下室を出た。


この一人暮らしの一軒家にある地下室は自家製だ。


最初は僕が幼い頃から 集めていた物たちを保管しておく為に、8年前に造ったのだ。


地下室を造ってからしばらくの間は昆虫標本、ミニカー、靴、帽子、ギター、カメラ、油絵、CD、ゲーム、フィギュアなど普通の物を集めて飾っていた。


その時はコレクションが増えていく光景を眺めるだけで満足していた。


しかし僕は、この世で最も美しいものの存在に気付いてしまった。


それは女性の肉体。


――今、地下室に居るのは 7人目である。


◇◇◇


地下室に居る森岡静菜の食事は、僕のお手製 お粥を用意した。


丸一日ぶりの食事なので、 消化しやすいものが良いと思ったからだ。


容器にお粥をよそい、コップ一杯の水、食べる為の木製スプーンを銀のトレーに載せて地下室へ行く為の階段を下りる。


地下室への入り口を片手で押し開けた。


森岡静菜の居る部屋は、 壁が分厚い硝子で造られている。


水族館の様に魚を展示したいと思って造った水槽を、部屋として改造したのだ。


外から見ると、 巨大な飼育ケースに入れられた猫の様に見える。


分厚い硝子の所為で空気の振動が遮断され、部屋の扉を開けないと僕の存在に大抵気付かない。


鍵を開けて一歩中へ入る。


森岡静菜は湯気の立つお粥を見て、跳びかかって来た。


だが、それと同時に森岡静菜は後ろに引っ張られ倒れてしまった。


この部屋に連れて来る女の 右足首には鎖を付けている。


その鎖の先は 床の中央に固定されている為、唯一の出入り口にはあと一歩のところで届かないのだ。


目黒 修:「慌てないでください」


森岡静菜:「約束通り・・・早くちょうだいッ!!」


森岡静菜の悲鳴のような声に驚き、思わず後ずさる。


目黒 修:「じゃぁここに置いておきますから。ゆっくり食べて下さい」


僕が言い終わる前に、床に置いたトレーに手を伸ばして無我夢中で食べ始めた。


僕は森岡静菜から離れ、休みなくお粥を口に運んでいる様子を扉の前から眺める。


目黒 修:「そんなに急いで食べたら喉に詰まりますよ」


僕の忠告を無視された。


カツカツと木製のスプーンが容器に当たる音と、お粥を飲み込む喉の音だけが部屋に響く。


あっという間に容器の中のお粥は無くなり、水も飲み干し完食した。


目黒 修:「……あっという間ですね」


その勢いに圧倒され、一言、感想を呟いた。


森岡静菜は手の甲で口元を拭い、憎悪に染まった目で僕を睨み上げた。


森岡静菜:「私をここから出して」


眉の間にしわが寄る。


目黒 修:「それは出来ません」


僕は微笑んだ。


森岡静菜:「何でよ! 私が何したって言うの!?」


森岡静菜は僕に飛びかかろうとするが、鎖が邪魔をする。


床に倒れても届かない僕の足を掴もうと、森岡静菜は右手で空気を引っ掻く。


その姿はまるで日本のホラー映画の様だ。


森岡静菜:「早く私をここから出してっ」


食事を終えた森岡静菜は元気を取り戻し、同じ事を繰り返し訴える。


だが僕は頷くつもりなどなかった。


目黒 修:「それは出来ませんよ」


森岡静菜:「私はあなたの事なんか知らないし、恨まれるような事はしてないわ!」


もちろん僕は森岡静菜を恨んでなんかいない。


むしろ出会えたことに感謝し、喜びを感じている。


目黒 修:「貴方がここに居る理由は……静菜さん、貴方が美しいからです」


美しいからこそ、拉致してまで監禁しているのだ。


美しいから手に入れたい、ただそれだけの事。


僕はニッコリ微笑んだ。



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