第23話 桂川と女たち
桂川さんのお見合いは、苦戦続きだった。
最初のお相手は、中堅どころの地銀に勤める、25歳の工藤ユミさん。ひな人形のような顔立ちをした、色白の和風美人だった。
優しくて、安心して一緒にいられる人が好きです、と事前に聞いていたのだが・・・。
写真を見るなり、イケメンじゃないから嫌だ、とはっきり言ってきた。
なんだ、こいつ!? とユイはカチンときたのだが、それはユミさんに限った話ではなく、そういう反応が一般的であった。
さらに彼女は、断りの理由として、ヒゲが濃くて、そり跡が青々としているのが、気持ち悪い、とも言ってきた。
ユイは、ユミさんの反応として、気持ち悪いという言葉はカットして、ヒゲの濃さについて指摘があった旨を、極力ソフトに伝えると、なんと、桂川さんはヒゲの永久脱毛に通い出したのだ。そんな健気な努力を聞きつけたとき、ユイとルカは、期せずして、互いの顔をみながら、同じ言葉を口にしていた。
「真面目だわ~ 」
一週間後に、ユイは次の相手を選び出した。大手の百貨店で、人事部に勤務する青山イツキさん、27歳。中肉中背の、一見すると、おとなしそうな目立たないタイプの女性であったが、夏はサーフィンに、スキューバダイビング。冬はスノボに、スケートと、アウトドア系のなかなかワイルドな女性であった。
彼女は、桂川さんの写真のを見るなり、
ラグビーとか、柔道とか、体育会系の男性ですか?
と聞いたそうだ。
だが、彼が、そのガッチリした体型に似せず、インドア派で、映画鑑賞やゲームが趣味だと知ると、イツキさんは興味を失ったようで、断りの連絡を入れてきた。そのとき、ユイは、彼の人柄の良さについて、熱弁をふるったのだが、イツキさんの気持ちを変えることは出来なかった。よくよく話をしてみると、趣味の違いがネックになっているのではなく、やはり、外見が障害になっていた。
インドア派でも、もう少しイケメンだったら考え直してもいいんですけど・・・
というのが、本音であった。彼女も事前にとったアンケートで、相手への希望として、優しく包容力のある人、と記していたのだが。
今度もまた、断られた旨を連絡したとき、ユイはイツキさんの本音を言わずに、スポーツマンでなかったことが主な理由だ、という表面上の理由だけを告げた。
すると、真面目すぎるほどに真面目な桂川さんは、その日のうちに、スポーツジムへの入会をすませ、休みの日には欠かさず、ジム通いを続けるようになった。
見合いにまでたどり着けない屈辱を、彼は屈辱と感じないで、自らを見つめ直す好機ととらえ、永久脱毛やジム通いといった肉体改造へとつなげていった。
ユイは、あっぱれ! と感じた。
たった一度の失敗で、婚活をやめてしまう人は多い。見合い相手に選ばれなかったことが、自分を否定されたと感じてしまうせいだろう。血統の良い、ハイスペック男子にその傾向は強い。挫折に慣れてないからだ。
その意味で、彼のタフさは立派だ、とユイには思えた。婚活疲れしない限り、良縁に恵まれる日が、必ずやってくる、とユイは信じていた。
ただ一方で危惧する点があった。見合いの失敗を、自己改造へと転じる真面目さがはらんでいる危うさだった。
見合いを断られる本当の理由が、イケメンではないから、ということだけは、口が裂けても言ってはならない、と考えていた。そんなことが耳に入ったら、迷わず、美容整形に走るだろう。昔に比べれば、プチ整形という言葉が、世間に溢れかえっているように、美容整形に対するハードルは、ずいぶんと低くなってしまった。それが世の中の流れだ、という考え方のあることは知っている。
でも、とユイは思う。越えてはならない、心のハードルを、自らの中に堅持するのは、大切なことではないか、と。生き方の問題だ。自ら、ハードルを設けなければ、人はどこまでも流されていってしまう弱い生き物だ、と感じていた。
見合いを断られた旨を連絡するたびに、桂川さんは、決まって最後にこう言った。
「ありがとうございました。また、いい人を紹介してください。頼りにしてます」
そう言われると、いやでもユイの心は、メラメラと燃え上がるのだった。
ユイは精力的に動いた。続けざまに、二人の女性を紹介した。
一人は、全国的にも有名な生保会社の事務員をしている波岡ハルナさん、26歳。そして、もう一人は、父親が大手食品メーカーの社長を務め、女子大卒業後、暫くの間、社長秘書として働いていたが、今は会社を辞めて、花嫁修業に専念している栗木シズカさん、28歳。二人とも、ひかえめで、おとなしいタイプの女性で、結婚したら、仕事はせずに、専業主婦になりたい、との希望を持っていた。
共通点が多いのは、偶然ではなく、男性の見た目よりも、経済的に安定していることを結婚の第一目標とする、堅いと言えば、堅い考え方を持った女性の方が、桂川さんのような男性を選んでくれるのではないか、とのユイなりの読みが働いたからだ。
祈るような気持ちで、ユイは返事を待ったのだが、現実は厳しい。二人とも、空振りに終わった。それぞれに、微妙にニュアンスは異なっていたが、要するに、会って、お見合いという形で話をするほどの気持ちになれない、とのことだった。イケメンじゃないから、という露骨な言葉はなかった。しかし、言外に、是非お見合いをしたいと思えるほどの魅力を感じない、という空気感を漂わせていたことは共通していた。
ハルナさんからの断りの返事が届いた直後に、ユイは彼に連絡した。そのとき、慰めと励ましはそこそこにして、
「実はね、もう一人紹介したい人がいるんですよ」
と言って、シズカさんを紹介したのだった。
そのシズカさんから断りの返事がきたときには、さすがのユイも、すぐには連絡することができなかった。力が湧いてこない。電話口で、その旨を告げたときの彼の落胆を受け留める自信が持てなかったからだ。
受話器を置いたままの姿勢で、まるで燃料切れを起こしたように、固まってしまったユイを見て、ルカが声をかけた。
「アッサムティー、飲みませんんか? ガツンとくるやつ」
表情をなくしていたユイの、片方の口角が上がり、不敵な面構えが戻ってきた。
「濃いの、頼むわ。ミルクもたっぷりね」
ルカは少しだけ心が軽くなり、足早にキッチンに向かうと、紅茶の準備にとりかかった。背後で、ユイの声がした。桂川さんに電話をかけていた。
「・・・まだまだこれからですよ。七転び八起き、っていうじゃないですか。・・・七転八倒ですか? まぁ、そうも言えますけどね」
そう言って、笑い声が弾けた。
(ユイは桂川さんを励まし、自分も励ましてる。どっちが欠けてもダメ。互いを必要としている・・・)
ルカは、アッサムティーの濃さの案配を微妙に調整しながら、この事務所に来てから、繰り返し考えてきたことを、今も考えていた。
(ユイさん、桂川さん、そして、私・・・つながることで、勇気が湧いてくる。生きることに疑問を感じなくなる。人間って、不思議・・・)
人間を面白がれるようになった自分自身の変化を、ルカは不思議に感じていた。
それからしばらく経った後、彼からユイにメールが届いた。新しく撮り直した写真を送るので、前のは破棄してほしい、という内容だった。その日の夕方には、郵便が届いた。
中を見て、ユイは目を丸くした。ユイに呼ばれて、中に入っていたものをルカが目にしたとき、とっさには言葉が出てこなかった。
中には、三枚の写真が入っていた。
一枚は、どこか街中のオープンスペースだろうか、あえてフォーカスがボカされていてよく分からない。手前に伸びたコンクリート製の橋の欄干に、片肘を載せて、どこか憂いを帯びた表情の桂川さんが写っていた。
顔のエラの張った箇所には、多少の修正が施されているのだろうが、頬の辺りがこけて、顔のラインがスッキリしているように見えた。
衝撃的だった最初の写真、あのすだれ頭は跡形もなく、やや短めにカットした髪に、ナチュラルなウェーブがかかっていた。ノータッチだった太い眉もカットされ、きれいに切りそろえられていた。
はれぼったく、おおいかぶさっていたまぶたもシャープになり、
カメラマンの指示だろうが、カメラ目線ではなく、橋の欄干の向こうにある、何かに視線を送っていた。片方の手を、パンツのポケットに、そっと忍ばせてるポーズが、どこか憂いがちな表情で、何かに気をとられている心象風景を表現しているように感じられた。
「別人ですね」
「そう。まさに、ビフォーアフター。やれば、出来る子なのよ」
ユイは冗談めかして、そう言いながらも、目は笑っていなかった。
「でも、何だか、モデルみたいで、見合い写真としては、やりすぎってことはないですか? 」
ルカは、少し不安そうだった。
「い~え。ヒゲの永久脱毛をして、ジムにもせっせと通い、見違えるくらいに変身したんですもの。ファッション雑誌の表紙を飾るくらい、カッコつけて、キメまくっても構わない、と私は思うわ。
結婚するぞ! っていう彼の決意の現れなんだから、これでイイ」
そう断言して、ユイは二枚目の写真を手にした。
会社の会議室だろうか。ホワイトボードを前にして、熱弁をふるっている様子が、撮られていた。企画リーダーを務めていると言っていたから、こんな写真が撮れたのだろう。
仕事に打ち込むリーダーのカッコ良さ。写真から彼の気迫がほとばしり出ていた。
「さっきの写真とは対照的で、これもいいわ。オンとオフの切り替えが出来る、イケてる男子ってところね」
その言葉に、ルカはうなずいた。
そして、三枚目。夜景の見えるバーラウンジのテーブル席で、スーツ姿ながら、リラックスしている彼が写っていた。
その表情は、微笑ではない。目を細めて、口を開けて笑っていた。
「ヨシ、ヨシ、いい子だ。私のいいつけを、ちゃんと守ってる。他人を幸せにする至福の笑顔。この人の最大の武器が、写真に収まっている。
この三枚の組み合わせ、なかなかよく出来てるわ。そう思わない? それぞれに彼の異なる魅力が切り取られていて、しかも、そこにストーリーが感じられる。この写真ならば、いけるような気がするんだけどなぁ~ 」
ユイは、三枚の写真をトランプのように広げて、両手で捧げ持ち、頭を下げて、祈るようなしぐさを見せた。
今度こそ、と気合を入れて、ユイの選んだ相手は丸川ハナさん、27歳。栄養士で、市の給食センターで活躍していた。両親は老舗料亭を経営しており、経済的には何不自由なく育った。女子大でも栄養学を専攻し、この道一筋で今日まで生きてきた。事務所で彼女と直接会い、ユイが感じたのは、真っ直ぐで、ガンバリ屋の女性だ、ということだった。
「努力家の男性が好きです。結婚したら、栄養学の知識をフルに活かして、健康面で支えていきたいと考えています」
プロフィール・シートに記されていた彼女の文章に、ユイは心を動かされた。
ハナさんだったら、桂川さんをしっかりとサポートして、円満な家庭を築いていけるのではないか?
そんな直感を頼りに、ユイはハナさんに連絡をとった。もちろん、新たに送られてきた写真も送付した。
二・三日が経ち、事務所の電話が鳴った。
ユイはルカと思わず顔を見合わせた。ルカも何かを感じとっていた。一つ、咳ばらいをしてから、ユイは電話に出た。思った通り、ハナさんからだった。
ユイの傍で、ルカは両手を固く握りしめて、見合いの承諾の返事であることを、切に願った。
「・・・分かりました。お相手の桂川さんからは、既に返答をいただいておりますので、後はこちらからご連絡します」
電話口でのユイの対応は冷静沈着、いつも通りの営業トークで終始した。結果報告を待ちわびているルカと目が合ったとき、ユイの顔にこれといった表情は浮かんでいなかった。
(ダメだったか・・・)
ルカが落胆しかけたとき、
「ヤッター! 」
というユイの叫び声が爆発した。
「とうとう第一関門突破したよ! あの人の努力が報われたんだね。早速知らせなくちゃね」
早口でまくしたてるユイの声には、友人や姉弟といった枠にはとどまらない、苦楽を共にしてきた戦友のような喜びが溢れていた。ルカもまた、戦友の一人でいられることに、この上ない喜びを感じていた。
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