遠い日の夢路

 ゆらゆらと、左右に揺れる優しい刺激を感じて、静かに瞼を開く。


 頭も視界もぼんやりしていて、周囲の様子は分からないけれど、どうやら私は誰かの背中におぶられているようだった。


 あぁこれ、きっと夢だな。だって、こんな歳でおんぶなんて、そんなことはされないだろうし。


 そもそも私は、誰かにこんな風にしてもらったことは無かったんだっけ。


 ……。…………。


 いや、確か前に、それもかなり昔に一度だけ、なにかがあって眠ってしまった私を、こうして誰かが、今と同じようにおんぶしてくれたような――。


「…………、と……さ、ん…………」


 淡く何かを思い出しそうになると、ゆらゆらと揺れる心地良さに誘われて、私の意識は再び深い場所へと沈んで行く。



 ***



 ゆっくりと目を開く。辺りは真っ暗で何も見えなかった。もしかすると、私はまだ目を瞑っているんじゃないだろうか。そう思って暫くしていると、周囲の暗さに目が慣れてきて、薄っすらと部屋の輪郭が見え始める。どうやら瞼はちゃんと開いているらしい。


 体を起こすと、ここは事務所一階の応接室で、私はソファーに寝かされていたということに思い至る。薄暗い中周囲を見渡してみても、二人の姿はどこにも見当たらない。


 ……。…………。


 なんだが、凄く寂しい。ついこの間まで一人森の中で一ヵ月もの間修行していたのに、どうしてこんなに寂しさを覚えるのだろう。今まで知らなかっただけで、実は私は寂しがりだったのだろうか。


「……バレルさん……シャロ……」


 意図せず二人の名前が口から零れると、途端に不安な気持ちが込みあげて来て、ついには――。


「なんだ? 今、俺を呼んだか?」


 突如事務所奥のバスルームの扉が開くと、そこには灯りに照らされた全裸のバレルさんが立っていた。


「戻りました。どうですバレル、雫は目を覚ましまし、た、か……」


 一呼吸置いて、バスルームとは反対に位置する事務所の出入り口の扉が開くと、そこには大きな紙袋を抱えているシャロの姿があった。


「う……うぇ……えふ、うぅぅ……」


 二人の姿を確認すると、心の奥底から何かが込みあげて来るようで、私はとうとう涙を堪えることができなかった。


「バレル、先日私は言った筈ですわ。次は、無いと」

「ちょ、待てって‼ 違うぞ‼ ズボンを履こうとしたら俺が雫に呼ばれて……と、とりあえずズボンを――」


 グシャっという鈍い音と、「Ah⁉」というバレルさんの短い苦悶の声。そんな賑やかな光景に、私は言い知れない安心感を覚えていた。

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