Episode.07 その名は
「あ゛あぁぁぁぁ!」
俺の絶叫が周囲に響き渡る。
「くっ、このっ!」
妖精の子はすぐに事態を把握し、瘴魔を魔法で追い払ってくれた。
でも、今の俺にそんな事は関係なかった。
「痛いっ! 痛いぃぃぃ!」
手から流れ出る大量の血と一向に治まらない痛みに冷静な判断をする余裕などないからだ。
「待ってなさい、すぐにこいつらを追っ払って治療してあげるから」
彼女は瘴魔と対峙しながらも叫び続ける俺を気にかけ、気遣う言葉をかけてくれる。
「死ぬ! 死にたくないっ! 死にたくないぃぃぃ!」
だが、負傷した事で自らの死を意識してしまい彼女の言葉が俺の耳に入る事はなかった。
俺は最初、ここに再び戻って来る時に彼女を救う為なら自分は死んでも構わないなんて安易な考えをしていた。
しかし、今まさに死が間近に迫るとその考えが間違いであったと気付かされる。
死ぬのは怖い、誰かの為に自らの命を犠牲にするなんて考えられない。
「やだっ! やだぁぁぁ!」
俺には覚悟が足りなかった。
ひたすら絶叫し、今の自分が置かれている状況に後悔し続ける。
「はぁ……はぁ……」
そんな中でも彼女は一人で二頭の瘴魔を相手に戦っている。
いくら三日休めたと言っても彼女が本調子じゃないのは明かだ。
それなら俺も何か協力するべきだ、じゃないと彼女も死ぬ事になる。
でも、何も出来ない。
俺の限界はここなのだと悟る。
もういいんじゃないか?
俺は自分なりに出来る事をやった、その結果が良くないものでもそれは仕方のない事なんだ。
もう楽になろう、そう思い瞳を閉じた時――
キッチンの扉が乱暴に開けられ、ルドルフさんが現れた。
「二人共、無事かっ!?」
既に出血で意識が
何か返事を返さなければならない、そう感じながらも痛みに耐えるのに必死でそれどころではなかった。
「待っておれ、すぐに片付ける」
キッチンでの光景を目にしたルドルフさんはすぐに状況を理解し、行動を開始する。
まず初めに自分の近くにいた一頭の瘴魔を杖から出した炎で焼き払う。
瘴魔は
その光景を目にした二頭目は怯み、動きを止める。
「あんたも終わりよっ!」
その隙を突いて妖精の子が残りの魔力を使い、風の魔法で二頭目の瘴魔を切り裂いた。
俺はその光景を見届けた後、限界を迎えて気を失った。
Episode.07 その名は
「……どう……なの?」
誰かの話し声が聞こえる。
「……為に……たしか……じゃ」
恐らくルドルフさんと妖精の子だ。
「あ……は……わよ」
「……くご……おる」
まだ意識が完全に覚醒してないので二人の声を上手く聞き取る事が出来ない。
そんな状況で唯一鮮明に聞こえた言葉は……
「
よく分からないものだった。
それからどれぐらいの時間が経過しただろう。
「う……」
俺はようやく意識を覚醒させ、瞳を開けて周囲を見渡した。
予想はしていたが居候になってから使用している自室のベッドに俺は寝かされていた。
当然だが瘴魔に
視線を横に向けると目の前の椅子に腰かけ、疲れきった表情で寝息を立てている妖精の子の姿があった。
俺は彼女が起きない様に気遣い、静かに上体を起こそうと力を込める。
「う゛っ」
しかし、負傷した腕に痛みが走って思わず声をあげてしまった。
「ん」
そのせいで彼女は目を覚ましてしまい、俺の気遣いは無駄に終わる。
「……あんた、もう起きて大丈夫なの?」
妖精の子は何とも言えない表情を浮かべ、此方を気遣う言葉を口にする。
「あ、あぁ、流石に傷はまだ痛むけどな」
俺はそんな彼女を心配させるのもどうかと思い、精一杯強がって笑顔で返した。
「お前はどうなんだ? 怪我とかしてないか?」
「おかげさまであんたが
彼女はそう言葉にしながら無事なのをアピールする為、その場で宙を一回転して見せた。
「あとあんたにずっと言いたかったんだけど」
「ん?」
何か伝えたいのか、彼女は少しだけ此方に近づき話を始める。
「あたしの名前はフィオ、ちゃんと名前で呼びなさいよ」
「え?」
それは彼女の呼び方についての話だった。
「お前、俺のこと嫌いなんじゃないの?」
「そうね」
そこは否定して欲しかった。
「嫌いな奴に名前で呼ばれるの嫌じゃないのか?」
「何よそれ、そこまで拒絶したら一緒の家になんか住めないでしょ」
いや、今までずっとそんな感じだった気がするんですが?
「いやー、でもなぁ」
「あぁー、もう分かったわ」
それでも
「あんた、今日からロストって名乗りなさい」
「え、ロスト?」
何か急に俺の名前を決める話になってしまった。
「そう、色々失っている
一言余計だが色々失っているのは間違いない。
「大体、何時までも名無しじゃ困るでしょ?」
それは確かに困る。
「今度からあんたの事はそう呼ぶわ、あんたもあたしの事は名前で呼びなさい」
彼女のその提案に俺は
「分かったよ、フィオ」
こうして、俺はロストという名を名乗る様になったのだ。
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