あ、異世界の方から来るのね

待居 折

プロローグ

今の世界と俺の現在地

 ストン、と郵便受けが鳴る。続いて、走り去るバイクの音。でも動かない。きっとたいした郵便じゃない。

 だだっ広い居間の畳に仰向けに寝転がって、天井の木目をなんとなく目で追ってる。


 ジーヨ、ジーヨとすぐそこからセミの鳴き声がする。縁側の網戸にでも止まってるのかもしれない。

 扇風機は古い割に静かだ。勿論、エアコンもあるにはあるけど、引き戸を全開にしておけば、風通しはこの上なくいい。

 首を回して縁側の向こうの庭を眺めると、きちんと手入れされた植え込みがいくつも見える。


 サンダルを履いて庭に出てみようかとも一瞬思ったけど、昨日のニュースが「明日は猛暑日だ」と言っていたのを思い出してすぐ止めた。


 観てないテレビは小さい音で点けっぱなし。頭の方から音声だけが聴こえてくる。




「…という事で、いわゆる『異世界』と呼ばれる別世界の存在が、科学的に立証されたのが五年前ですが、その時同時に判明したのが今日のテーマ、いわゆる大交差です。

 我々の現代社会と異世界がごちゃごちゃに混ざり合ってしまう…この現象は既に始まっているという事で、世界中で色々な報告が後を絶ちませんが、教授、この解釈で合ってますかね?」


「えぇ、その通りです。両方の世界線…とでも申しましょうか、お互いの世界が百年をかけてゆっくりと交わっていくという現象と考えられています。

 この百年という期間も、実際まだ研究の途中という事で、定かではないのですが」


「その異世界との大交差で予測される出来事なんですが…イギリスの研究チームによりますと、今後、今まで人類が目にした事もなかった様な怪物の類が現れたり、人間と同程度の知能を持つ別の生命体も散見されるのではないか…という事だそうですが、ここは教授も同意見とお伺いしています。一体、何が現れるとお考えですか?」


「うーん…端的に説明するのは少し難しいんですが…世界中に発足した研究団体や調査機関の意見として、現段階でもっとも有力視されているのが、いわゆる中世ヨーロッパの伝承に見られるような生物ですね。

 空を飛び火を吐くドラゴンや、精霊と意思の疎通が可能なエル」




 最近この話ばっかだな。これっぽっちも興味がない。


 転がっていたリモコンでテレビを消すと、またぼーっと天井を眺めた。


 なんでこんなところにいるんだろ。


 いわゆる財界の、それも指折りの力を持つ一族の端っこに生まれて、

 ご立派な親のコネでそこそこの大学を出て、

 ちょっとした事業を引き継がせて貰って、

 「一族の恥だ」とぶん殴られるレベルの大失敗をやらかして、

 事実上の厄介払いでこんな田舎に住まわされた。


 電車はなし。町内を走るバスは午前と午後に三本ずつ。

 二階から見えるのは、民家と田んぼと畑だけ。

 さびれた商店街までは、行きは自転車で三十分。帰りはひたすら上り坂だから、かかる時間は二倍とちょっと。


 でも、どこにも出かける気はなかった。越してきてからずっと、なぁんにもする気が起きないでいる。

 燃え尽きたんだな、と自分では思ってる。身の丈に合わない事なんてするもんじゃない。


 喉が渇いたな。のろのろ起き上がって台所に行くと、冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を出してコップに注ぐ。

 窓から見える裏山の土手には、青くて小さな花が咲いていた。名前は当然分からない。


 ふと、食器棚に映った自分の姿が見えた。

 大きめの白Tシャツに、グレーのジャージの半パン。ぼさぼさの髪の死んだ目が、コップを持って突っ立ってる。


「…なにしてんだ、お前」

 思わず独り言が口からこぼれた。

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