第八話『変身』

 廃墟と化した街で二体の巨大生物が睨み合っている。その光景を戦場カメラマンとして数々の修羅場を潜り抜けてきた天城章太郎がカメラのレンズ越しに見つめていた。撮影している映像はリアルタイムでネットの動画配信サイトにアップロードされ続けている。


「……す、素晴らしい」


 章太郎が戦場を練り歩く理由は生と死の狭間にこそ生命の輝きを感じる事が出来ると確信しているからだ。直後に敵の本拠地へ突入する兵士達。爆弾を体に巻いたテロリスト。地雷の上に座らされる幼子。どれも素晴らしく輝いていた。負傷兵のテントにも足繁く通った。死を待つばかりの重症患者の写真を何万枚も撮った。死の直前の感触や感情を知るために呼吸器を取り上げてインタビューをした事もある。

 今、目の前には香り立つような死の気配。二体の巨大生物は明らかに敵対している。ただ、進むだけで街を滅ぼす怪物が戦いを始めれば、それこそ世界は地獄に塗り替えられる。既に出ている死者の数は千を越えているが、それどころでは無くなる筈だ。


「ああ……、生きたい!」


 これから始まる地獄の光景を少しでも長く見ていたい。逃げ惑う民衆、立ち向かう軍人、その姿を保存したい。


「はじまる……!」


 地を這い、いくつもの街を廃墟に変えた怪獣が動き出す。すると、巨大な怪鳥も翼をはためかせ始めた。

 笑ってしまう。怪鳥の羽ばたきは、それだけで突風を巻き起こした。木々が根ごと吹き飛ばされ、離れた場所にある民家の瓦がシャボン玉のようにふわふわ浮かんでいる。小規模な竜巻がいくつも発生しているようだ。


「素晴らしい……、まさに破壊の神だ!」


 お台場壊滅事件の時、章太郎はイラクにいた。よもや、テロや戦争から最も掛け離れている祖国でこのような胸躍る異変が起きているなど予想もしていなかったからだ。

 あの日より、何度も悔いた。何度も夢見た。そして、ようやく……、彼は地獄ここに辿り着いた。


 ◆


 その怪物と対峙した瞬間、目眩を感じた。そして、フラッシュバックのように鮮明に、その怪物の事を思い出した・・・・・

 滅ぼす者ヘルガ

 古の時代、アルヴァに対抗する為に人類が作り上げた超兵器の一つ、細胞を急速に増殖させ、意図的にヘイフリック限界を迎えさせる細胞破壊砲ヘルガ・レイの影響によって生まれた完全生命体。

 どうして、そんな事を思い出せるのかは分からない。けれど、これまでも不思議な体験を何度も繰り返してきた。いい加減、一々気にしてもいられない。


『レオ! ヘルガはヘルガ・レイを使う! 喰らったら一溜まりもないぞ!』

「キュー!」


 心得たとばかりに飛翔するレオ。同時にヘルガの口から光が溢れ出す。

 ヘルガ・レイは触れたものすべてに死を与える。掠るだけでも危険だ。

 レオは雲の上まで舞い上がると、地上から放たれる光線を避け続けている。距離を取っているおかげで避けられているけれど、とても近づけない。


「キュキュー!」


 オレの不安を感じ取ったのか、レオが心配するなと鳴いた。

 レオは更に高度を上げていき、遂に地球の外へ飛び出した。


『うそ……、宇宙!?』

「キュー!」


 レオが地上へ頭を向ける。ヘルガ・レイが止んでいる。射程の外に出たのだろう。けれど、安心してもいられない。ヘルガは完全生命体。その真価は……、


『レオ! ヘルガは必要に応じて進化するんだ! ヘルガ・レイが届かないと分かったら、届くように進化する筈!』

「キュキュイ!」

 

 大丈夫。レオの鳴き声が響いた直後、目の前に青白い光が走る。

 光はウルガの紋章が描いた。紋章の一部には、仕来りとして教え込まれた文字が混じっている。


『……偉大なるもの。大いなる竜の雷を纏いて、威光を示さん。大いなる竜って……?』


 レオが紋章に飛び込む。すると、光を帯びたレオの体が大きく変貌してしまった。

 翼はまるで翼竜のように刺々しくなり、ふわふわしていた頭部や胴体も鋼のように固くなってしまった。瞳の色や翼の色も金色に輝き始め、その姿はオレにメギドの姿を想起させた。


『大いなる竜って……、メギドの事か!?』

「キュー!」


 レオの意識が伝わってくる。龍鳴山は千年前にメギドが討たれた地だ。そこに漂う輝竜の力を取り込んだらしい。


『ドラゴン・フォームって感じだな』

「キュー!」


 レオが地上に向かって急降下していく。雲を突き抜けた先には、今まさに翼を広げて飛び立とうとするヘルガの姿があった。

 変身するのはレオの専売特許というわけにはいかないらしい。


『レオ!』

「キュー!」


 ヘルガがヘルガ・レイを放つと、レオは稲妻を放ち迎え撃った。防がれた事に動揺したのか、ヘルガの動きが鈍る。


『レオ!』

「キュー!」


 その隙を逃さず、レオは接近すると硬質化した翼でヘルガの生えたての翼を引き裂いた。悲鳴を上げながら落下していくヘルガにレオは容赦なく稲妻を放つ。すると、ヘルガは光の粒子に変わり、そのまま無数の断片となって周囲を漂い始めた。

 よく見れば、断片は小型のヘルガだった。元々、ヘルガはヘルガ・レイによる細胞の無限増殖に適応した存在だ。

 細胞の一つ一つが新たなヘルガとして蘇る。無数のヘルガが同時にヘルガ・レイを放とうとしている。


『ウルガ ウルリヤ』


 避けられない。そう感じた時、思考するよりもはやく体が動いていた。

 レオを守る。その為に、この生命を捧げる。躊躇う理由はない。


『バイクラ。トロン テリマ ダラウ ペンゴルバナン。ダン メンガバニャ メガディ ケクアタン ウンタク メリンダンギ アンダ』


 メギドの雷を防いだ時の守りの祈りではダメだ。あれは一方向に強力な盾を生み出す。全方向からの攻撃には対応出来ない。

 だから、舞うのは戦の祈り。ドラゴン・フォームはレオが新たに身に着けた力だけど、ウルガという種族には他にもいくつかの形態がある。これは、千年前に初代ウルガが作り上げたもの。 

 ヘルガ・レイが放たれる直前、変身が間に合った。

 金から青銀へ。より硬質に変化したレオの体は鋼の如く煌めき、四方八方から放たれるヘルガ・レイを受け止めた。

 細胞をヘイフリック限界まで一気に増殖させ、死に至らしめる超兵器。その攻撃を受けてもレオは健在だ。

 その変身形態の名は、イクサ・フォーム。

 嘗て、陰陽連に名を連ねた一人の剣豪が己の魂をウルガに捧げ、その身を刃に転じさせた。

 全身が鋼と化し、その身には至る所に刃が生え、その翼は触れるものすべてを斬り裂く。

 如何に頑強な岩塊だろうと、アルヴァの熱線だろうと、ヘルガ・レイだろうと、イクサ・フォームに斬れぬもの無し。


『やっちゃえ、レオ!』

「キュー!」


 空気抵抗すら斬り裂き、レオは無数のヘルガを根こそぎ斬り裂いていく。数千、数万、それ以上のヘルガ達がそれぞれ別方向に逃げ出すと、レオはドラゴン・フォームに戻り、雷撃を放った。

 圧巻の光景だったけれど、それでも雷撃から逃れた個体が数百以上いて、それらが融合すると流線型の姿に変身し、目にも留まらぬ速度で飛んでいってしまった。


『に、逃げた!? レオ!』

「キュー!」


 ヘルガも速いが、再びイクサ・フォームになったレオも負けていない。

 三つの県を跨ぎ、修学旅行で訪れた千葉のテーマパークの上空で追いついた。


『逃げるな! 待てー!』

「キュー! キュキュー!」


 ヘルガは彼方のビル群へ飛んでいく。

 分裂した時、ヘルガは元よりも小さい姿で再生した。それは細胞増殖に時間が掛かる為だろう。そして、融合によって多少は質量が増大しても、その大きさはレオよりも小さい。

 しかし、だからこそ小回りがきく。


「キュー! キュキュ!?」


 摩天楼の隙間を縫うように飛ぶヘルガにレオはすっかり翻弄されてしまっている。

 

『落ち着け、レオ! アイツの速度も落ちてる!』


 おそらく、この地形を利用する為だろう。超高速で動く事で折角の障害物を壊さないように、ヘルガは速度を落としている。敵ながら頭がいい。


「キュー……!」

『え? もう、全部ぶっ壊しちゃおうって? いやいやいやいや!』


 レオにとって、ヘルガは蚊のような存在らしい。ひたすら鬱陶しくてイライラするようだ。意外な一面についつい頬が緩みそうになるけれど、さすがにヘルガの破壊を防ぐために来たオレ達が東京を破壊するわけにはいかない。


『すばしっこい相手には搦め手だ!』


 レオを変身させる祈りはイクサ・フォーム以外にも二つある。

 二代目が編み出した変身はこういう状況で役に立つ。

 幻の祈り。舞うと共に現れる紋章へレオが飛び込むと、その姿はドラゴン・フォームやイクサ・フォームとは打って変わり、本来の姿以上にモフモフで可愛らしいものに転じた。

 翼が七色に輝き、世界が揺らいでいく。


「キシャァァァァ」


 ヘルガが初めて鳴き声をあげた。それは悲鳴のようだった。

 幻の祈りによる変身、ミスティック・フォーム。その力は周囲に存在するすべての生物に幻覚を見せるというもの。

 レオとヘルガの接近を予見し、避難が完了していた事が幸いだった。さもなければミスティック・フォームが見せる幻覚によって阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた事だろう。


『よし! これでいけるな、レオ!』

「キュー!」


 ヘルガの動きが止まっている。また増えられないように、一撃で滅ぼさなければいけない。


『一気に片付けよう、レオ!』

「キュウ!」


 レオはヘルガの背後をとった。すると、幻覚を見ている筈なのにヘルガは慌てたように方向転換する。けれど、その先にもレオがいた。更に方向を変えた先にもレオがいる。

 何が起きているのか、オレにもよく分からない。首を捻ると、また思い出した・・・・・

 これは三代目が身につけた力だ。羽化する時に敵の攻撃を受けて、三代目は繭から無数の分身体となり飛び出し、寄り集まって成虫へ進化を遂げた。

 二代目のミスティック・フォームを三代目は更に強力なものへ昇華させたのだ。


『いっけー、レオ!』

「キュア!」


 レオ達の全身が光り輝き、一斉に本来の姿であるオリジン・フォームへ姿を変えた。レオ達の体が燃え始める。炎と炎が繋がり、円環を作り出した。それはヘルガの逃げ場をなくす炎の檻となった。檻は徐々に小さくなっていく。焼かれていくヘルガ達の絶叫が響き渡った。そして、最後の一匹が焼き尽くされると共に炎も鎮まり、そこにはいつものレオがいた。


『レオはやっぱりこの姿が一番可愛いな』

「キュー!」


 勝った事を確信すると、急に意識が遠退き始めた。


『レオ。また、あとでな……』

「キュー……」


 オレの意識はどんどん闇に沈んでいく。

 深く……、深く……、深く……、そして……、


「久しいな、子孫よ」


 見覚えのある顔に覗き込まれた。


「ここは……、伏魔殿?」

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