第六話『新生』

 正直に言って、学校は好きじゃない。イジメという程ではないけれど、陰口を叩くやつもいれば、通りすがりに背中を叩いてくるやつもいる。だけど、学校には康平がいる。

 クラスで孤立していても十分過ぎる程の理由だ。親友が一人いる。それだけで学校に来る価値がある。


「翼! 今日もレオに会いに行こうよ!」


 最近では、学校に来る理由が増えた。坂巻健吾。前々から友達になりたいと思っていた相手だ。

 理由は単純。体育やイベントで二人組を作る時、いつも組んでいたからだ。ぼっち同士というネガティブな縁だけど、おかげで二年生になってからは組分けの度に晒し上げられる事を避けられていた。健吾のいない一年の頃はそれなりに辛かった。


「オッケー」


 レオは相変わらずだ。巨大な結晶の中で眠っている。心配だけど、これはレオが子供から大人になる為に必要な事なのだと健吾が教えてくれた。

 授業が終わり、放課後を迎えるとすぐにオレ達は隣のクラスの康平を迎えに行った。康平が我が家に泊まり始めて二週間。はやくも同居生活が日常の一部と化している。

 

「康平! 帰ろう!」

「ああ、待ってろ」


 オレが一人で居る時は陰口を叩いてくる人間も康平の傍ではピタリと口を閉ざす。

 それは康平が卓越しているからだ。体育祭で康平以上に活躍出来る人間はいない。学業の成績だってトップ10に名を連ねている。おまけに顔がいい。シーズンオフだから髪が伸びているけれど、シーズン中は坊主頭なのに、女子からの人気は絶大だ。バレンタインの日なんて、チョコレートを食べきれない程貰っている。まるで漫画の主人公みたいにハイスペックな男なのだ。だから、時々不安に思う事がある。オレは康平の親友として釣り合いが取れていないのではないかと……。


「待たせたな」


 クラスメイトと少し話した後、康平は荷物を担いで廊下に出て来た。


「健吾と話していたんだけどさ。レオに会いに行かね?」

「いいぜ。そろそろだよな?」

「たぶんね」


 もうすぐ、レオが結晶の中に篭もり始めて二週間が経過する。

 結晶は更に広がり、もはやレオの姿を薄っすらとも見えなくなっていた。

 けれど、時折光るのだ。まるで脈を打つように。

 その頻度が最近早まって来ている。そろそろなのだ。


「姿が変わるんだよね?」

「うん。普通の鳥もヒナから成鳥になるまでに換毛期を経て大分姿が変わったりするからね。ウルガも文献によればかなり豪華な感じに変わるみたいだ」

「レオが結晶から出て来たら、みんなで一緒に空を飛んでみたいよな」


 前々からみんなとレオの背中に乗って空を飛んでみたいと思っていた。きっと、ひとっ飛びで世界中に行けるはずだ。日本中の温泉を巡ったり、イギリスのビッグベンを観たり、フランスのシャンゼリゼ通りでコーヒーを飲んでみたり、夢が広がる。


「うーん、背中に乗って空を飛ぶのは難しいだろうね」

「え? どうして?」

「だって、上下に揺らされて、僕たち吹っ飛んじゃうよ」


 健吾の実に論理的な説明によって、オレの夢は跡形もなく粉砕された。どうやら、生き物に乗って空を飛ぶ事は現実的じゃないみたい。

 今までもオレがレオの背中に乗れたのは霊体の状態だったからこそなのだろう。


「もしかして……、乗りたかった?」


 肩を落とすと健吾が頬を掻きながら言った。


「……うん」

「まあ、ウルガは物理法則を超越してるし、もしかしたら乗れるかもしれないよ!」


 慌てて慰めようとしてくれる健吾。普段は本を読むばかりで他人に対して無関心を貫いているけれど、実はとても優しい。中々踏ん切りがつかなかったけれど、本当はもっと早くに友達になりたかった。

 だから、切っ掛けになった巫覡の祈りに対して、少しだけ感謝している。嫌いで仕方のなかった仕来りに対しても。


 ◆


 レオの結晶は相変わらずだった。時折、鼓動するように光が点滅している。

 持ち込んだお菓子を食べたり、携帯ゲームで遊びながら、時々レオに声を掛けて過ごす。

 しばらくすると、いつものように健吾にせがまれて、祈りの舞を踊る事になった。

 この二人の前では何度も踊っているから、最近ではすっかり慣れてしまった。時々顔を見せに来る幸人さんの前だと少し照れ臭くなるけど、なによりもレオが喜んでくれる筈だと信じているからオレも来る度に踊る事にしている。

 

「ほら、翼」


 康平が巫女服をカバンから取り出す。この流れにも慣れたものだ。

 なにしろ、踊る度に康平が言うのだ。


 ―――― レオの為にも、本格的な方がいいだろ! 


 一般の人が入ってこれない場所で良かったと思う。

 

「レオ、今日も踊るぞ」


 龍鳴寺には相変わらず幸人さんとバイトの人しかいない。そのバイトも幸人さんが改めて雇い入れた人達だ。運営に関して、何故か彼に一任されてしまっているらしく、新しい人が来る気配も無いという。


 ―――― とんでもないブラックだ……。


 そう言って、彼は深い溜息を零していた。

 ほとんど毎日のようにここへ通う理由の一つは幸人さんの為に食事の作り置きを用意する為だ。一日中忙しなく働いている彼に料理を行う余裕などなく、場所が場所だけに店屋物も中々頼めないらしく、オレが気づくまでカップヌードルやおにぎりだけで暮らしていたと聞き卒倒しそうになった。

 それでも住職という立場になった事は嬉しいらしく、時々楽しそうに笑っている。


「ウルガ ウルリヤ」


 この二週間、オレが踊り続けている舞は『安息の祈り』というもの。本来は戦いの後で疲れ果てたウルガを癒やすための祈りなのだけど、結晶の中で大人になるべく頑張っているレオの力になりたくて、この祈りを選んだ。

 これまで祈る度に気を失っていたけれど、レオが結晶に篭ってからは一度も倒れていない。だから、この祈りがレオに伝わっているのかいまいち自信がない。

 祈の舞を終えると、オレはいつものように結晶へ近づいていった。


「レオ。もうすぐ、クリスマスなんだ。学校も冬休みに入るから、もっと一緒にいられるぞ」


 結晶に触れると、ほのかに温かかった。


「……でも、出来ればレオの顔がみたいよ」


 しばらく結晶の傍でジッとしていると、康平に声を掛けられた。

 名残惜しいけど、幸人さんにごはんを作ってあげないといけない。


「また、来るからな。はやく、元気な姿を見せてくれよ」


 レオを想うと、心が満たされる。まるで、ふかふかの羽毛布団に包まれているようだ。

 この子の為に何かをしたい。この子の為に命を使いたい。もしも、オレの命がレオの糧となるのなら、これほど素晴らしい事はないと確信出来る。

 

「ご機嫌だな、翼」


 康平が嬉しそうに言う。


「おう! レオと会ったからな!」


 ああ、はやく顔を見せて欲しい。はやく、オレを……、はやく。


 ◆


 その夜、雪が降り始めた。街は白く染まっていく。

 龍鳴山の山道にも雪が降り積もり、危険だとして山は閉じられた。

 赤羽幸人は贄守神社に身を寄せ、翼達はレオの下へ向かう事が出来ずにやきもきしながら日々を過ごす。

 そして、運命の日が近づいていく……。

 ヒカリゴケによって照らされた洞窟の中、ウルガの結晶はゆっくりと揺れ動き始め、徐々にその揺れは大きくなっていく。

 コーンという音が洞窟内に響き渡る。結晶全体が光を帯び、その光が中心部に吸い込まれていく。やがて、結晶は姿を消した。

 闇に浮かぶ黄金。それはレオの瞳だった。

 レオはゆっくりと時間を駆けながら翼を広げていく。まるで炎のように赤く、先端は輝くような黄金だった。尾羽根は七色の輝きを宿している。

 

「キュイ! キュイ!」


 母を求めるように、

 愛する人を求めるように、

 レオは鳴く。

 

「キュイ! キュイ!」


 そして、ゆっくりと洞窟の入り口へ向かって歩き始める。けれど、その入り口はレオの出入りを禁じるが如く細い。


「キュー」


 レオの瞳と翼が黄金に輝き始めた。

 迸る雷霆。それはレオが幼体の頃に海で戦った黄金の竜の力。

 最強の存在として生まれ、契約者の祈りを受け、龍鳴山という地の力を取り込んだレオは己を苦しめた竜王の稲妻を自在に操れるようになっていた。

 折り重なる雷の力が矢のように洞窟の入り口を抜けていく。その壁をレオが通り抜けられる程に大きく抉りながら。


「キュイキュイ!」


 通れるようになった事を喜びながら、レオはゆっくりと出口へ向かっていく。歩みは幼体の頃よりも軽やかで、レオは嬉しそうに鳴きながら歩き続ける。


「キュ! キュ! キュイキュイ! キュ! キュイ!」


 愛する存在の下へ向かう。

 洞窟を出て、レオが外に飛び出した時、空はレオの新生を祝うが如く晴れ渡り、風景は雪が太陽の光を反射して輝いていた。


「キュー!」


 今度こそ翼を大きく広げる。木々を薙ぎ倒し、幸人が必死に運営していた龍鳴寺も吹き飛ばし、レオは颯爽と空を飛ぶ。

 街の人々はその姿に畏怖を覚え、狼狽え、悲鳴を上げる。けれど、レオにとってはどうでも良かった。真っ直ぐにその場所へ向かっていく。その場所だけは壊さないようにゆっくりと降りていくと、中から求めていた存在が現れた。


「レ、レオなのか!?」

「キュイ!」


 嬉しそうに笑顔を浮かべる翼にレオも嬉しそうに鳴く。顔に抱きついてくる翼。


「モフモフだ! モフモフだな、レオ!」

「キュイ!」


 それは2022年12月24日14時52分の出来事。運命の瞬間まで、残り約八時間。


「レオ! 会いたかったぞ!」

「キュイ!」


 その光景を少年はジッと見つめていた。

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