第30話 クリスマスプレゼント




 翌朝、スマホの着信音で目を覚ました。


 すっかり明るくなっていて、仕事の日なら大遅刻といったところ。


『坂田さんのお電話ですか?』


「はい」


清藤きよふじ大学病院です。ドクターが坂田さんに急いでお伝えしたいことがあると……』


「分かりました。今から向かいます」


 ほぼ同時に陽咲のスマホにも連絡が入る。


 目を白黒させてこちらを見ている限り、内容はほぼ同じで、病院に来てほしいというものらしい。



 保管してあった陽咲の服を着せ、一度彼女の部屋に戻して診察券など荷物の準備をさせる。再び二人で病院に向かった。


「私も一緒にですよね……」


「そうなんだ。そこが分からない」


「私の、なんかの告知かな……」


「分からないな」


 病院に二人で呼び出しを受けるなど、あまりいい印象はない。




 診察券を出して名前を確認されると、奥の待合室に通された。


「恐い……」


「最初に呼び出されたのは俺だ。ひなちゃんは大丈夫だ」


「うん……」


 呼び出しは、俺たち二人の名前だった。


 一緒にということらしい。


「まぁお座りください」


 いつもの陽咲の主治医の先生だった。


「星野さん。本当にいつもよく頑張ってますね」


「は、はぃ……」


 いつもの診察の時とは何か雰囲気が違う。


「普段は、患者さんと別の方をご一緒させることはしませんが、今日は大事なことをお話しします。お二人がお知り合いと伺っていましたので、ご一緒に来てもらいました」


 陽咲がごくりと唾を飲み込んだ。


「星野陽咲さん、あなたに提供者ドナーが見つかりました」


「え? 提供者って、あの……?」


 彼女を助けるためには、藁にもすがる思いで同じ血液を作れる人物、提供者を探して骨髄移植を受けるしかない。親兄弟であってもなかなか適合がなく、残念ながら母親の恵ですらその壁は厚かった。


「そうです。普通は提供者と患者レシピエントの名前はお互いに公表はしません」


「はい」


「ですが、今回だけはお伝えします。星野さんへの提供者は、坂田さんです」


「本当ですか?」


「え……、剛さん? 嘘でしょ?」


 信じられなかった。あれだけ探し求めていた人物は、すぐ隣にいたのだと。





 俺は半月前、一人で病院を訪ねていた。


 ふと思い出したのだ。俺と陽咲の血液型が同じだということを。


 ただ、普通の血液型では一致しても、移植に適合できるかはまた別の問題で、精密検査に回してもらっていた。


 すぐに、これまでとは違う結果が出始めた。何百とある検査項目を次々に突破した。


 最終確認とされた、陽咲のサンプルと俺のサンプルを使った生体試験も、十分な合格点が出た。満点に近かったらしい。


 その結果を実際に治療を行う病院に送り、慎重に再試験が行われたという。


 結果は、数億分の1の奇跡だと、全会一致でのゴーサインだった。




「星野さん、あなたの病気は治ります。健康を取り戻せます」


 断言された。


「治るんですか? 剛さんのおかげで? 本当……に……?」


「そうです。最終的には完治までもっていけるでしょう」


「う、うぅ、うわぁ……ん!」


 陽咲の涙と共にこれまで堪えていたであろう泣き声が止まらなくなった。


「よかった。検査してみた甲斐がありました」


 そんな陽咲の背中をなでる。どれだけこの瞬間を絶望の中で待ちわびていたのか……。


「ダメだよぉ。剛さんの身体に針を刺して……。あれ痛いんだよ?」


「ひなちゃんの事を見てたら、そんなこと言えるわけないだろ」


「あ、あり……がとう……ござ……います……」


 俺は、その場で彼女の提供者となることに同意した。


「これで星野さんを救えます」


 俺たち二人のこれからを簡単に説明されて病院を後にした。




「ひなちゃん、確かに2年の治療は長い。でも、そのあと3年じゃなくなったぞ。やりたいこと全部できるぞ」


「はい。凄いクリスマスプレゼントです」


「あ、そうだったな」


 前日にあんなことがあって、今日がどんな日なのかすっかり忘れていた。


「食べて帰ろうか」


 考えてみたら、昨日の騒ぎから始まって、ろくに口にしていないことに今さらながら気づく。


「私に出させてください」


「バカ言うな。ひなちゃんに出してもらうなんて」


「私は、お金では絶対に買えないものをもらいました」


「まだ何もやってないぜ?」


「いいえ……」


 助手席で前を向きながら、彼女は首を横に振った。


「今回の嬉しいお話はあくまで一つの結果です。剛さんは結果は分からなくても、私と一緒に病気と戦ってくれたんです。一人じゃないって教えてくれました。もう何があっても怖くありません。どんな高価なお薬よりも、私にはそのお気持ちが一番嬉しいんです」


 陽咲は素直で可愛くて、そして強い。俺にはもったいないほど素敵な女性だった。


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