第3話 傲慢な人
「…もしかして誰かに追われてる?」
男性が聞いてくるのを無言でうんうん頷く。怖くてもう声も出せなかった。
「わかった。じっとしていろ。」
そう言うと、まだひざの上に中途半端な状態で乗っていた私を、横抱きにして自分の身体で隠すように抱え込んだ。
外側から見えそうな位置にいた私を、小屋の裏側に完全に隠れるように引っ張り込んでくれたようだ。
「静かにしていて。見つかっても助けるから安心していい。」
そう耳元でささやかれて、今の状況に頭が追いつかなくなる。
見つかっても助けてくれるという言葉には安心したけれど、ささやかれた耳がくすぐったい。
助けてくれるのはうれしいけれど、抱きしめられているこの状況に心臓の音がうるさい。
「リアージュ嬢~いたか?」
「シャハル様、こんなに探してもいないのですから、
どこかで行き違いになったかもしれません。
もう教室に戻ったんじゃありませんか?」
「それもそうか。じゃあ、戻るぞ。」
「はい。」
小屋まで確認に来たらしいが、中をのぞくだけでいないと判断したらしい。
裏側に来ることなくそのまま教室に戻って行った。
「はぁぁぁぁぁ。」
見つからなかったことで安堵して思わず大きなため息が出る。
ふと見られているのを感じて顔を上げたら、男性が私をじっと見ていた。
「リアージュ、っていうのか?」
「そう、リアージュよ。今日から留学に来たの。」
「追いかけて来てたのはシャハル王子で間違いないな?」
「ええ。そうよ。同じ教室だったのだけど、婚約してやるって連れ出されて。
腕をつかまれて連れて行かれそうになって 手を振りほどいて逃げてきたの…。
まさか王族がそんな真似をするとは思っていなくて、冷静に対処できなかった。
この国に来たら落ち着いて勉強できると思ってたのに…。あぁ、もう。」
やっと静かに過ごせると思ったのに…。
期待して留学してきた分だけ、落胆がひどい。
「…さっきから思ってたんだが、その石榴色の目は石榴姫の血縁か?」
「石榴姫はお祖母様よ。この国からお祖父様に嫁いできたって聞いたわ。」
石榴姫というのはこの国の先代王妹のエレーナ第一王女。
レミアスの王弟だったお祖父様と結婚した、私のお祖母様のことだ。
銀色の髪に石榴のような赤い目が特徴だったため、石榴姫と呼ばれていたらしい。
私の赤い目もお祖母様から受け継いだものだった。
「イルーレイド公爵家の令嬢か…。今の宰相殿の娘だよな?」
「お父様を知っているの?」
「俺はジルアーク。ジルアーク・ガハメント。
父親はガハメント大公でこの国の宰相をしている。
だから、レミアスの宰相殿も知っている。
それに石榴姫は俺の祖母の姉だからな。リアージュ嬢とは一応親戚ってことになる。」
「え?そうなの…?」
そういえばこの学園に来る前に覚えた王家の系図では、
ガハメント大公が婿入りした公爵家は、先代王妹の第二王女が降嫁した先だった。
ガハメント大公も王弟殿下なので、二重に親戚関係だということになる。
目の前にいる令息が親戚と聞いて、少し納得してしまった。
お兄様やお父様と血のつながりがあるなら、美形でもおかしくないだろう。
石榴姫と呼ばれたお祖母様の妹姫なら可憐な姫に違いないだろうし、
その孫だと思えば…これだけ整った顔立ちなのも不思議じゃない。
じっと見つめ返してしまったことに気が付いて恥ずかしくなったけれど、まだ抱きしめられたままだった。
こんなところを人に見られたら、いいえ、見られなくてもこの状況はまずい。
「あ、あの?そろそろ離してもらえない?」
「あぁ、抱きしめたままだと話しにくいか?」
「えええ?そうじゃなくて、初対面の令嬢を抱きしめちゃダメじゃない?」
「そういうけど、俺はさっき初対面でリアージュ嬢に押し倒されたわけで。」
「う…それは…悪かったわ。ごめんなさい。逃げることしか考えてなくて。
まさかこんなところに人がいると思わなかったの。
そういえば、ジルアーク様はどうしてここにいたの?」
小屋の裏側は芝生になっていて、思ったよりも居心地は良さそうだった。
だけど、こんなところに令息が一人でいる理由はなんだろう?
「ああ。午前中は出なくていい科目だったから、ここで勉強していたんだ。」
「勉強?」
見ると、座っている彼の横には本が数冊と眼鏡が置いてあった。
本当にここで勉強していたらしい。
こんな所じゃなくて図書室にでも行けばいいのに。
「…そういえば、さっき目を手で押さえていたのはどうして?
私がぶつかったせいでどこか痛めてない?」
「ああ、目を押さえていたのは違う理由。
…まさかこんなところで出会えるとは…思わなかったから。
ところで、さっきこの国に来たら静かに勉強ができると思ってたって言ったか?」
途中で男性の話すことが小声で聞こえにくいところがあったけど、
それよりも先ほど私がつぶやいた愚痴をしっかり聞かれていたことに驚いた。
「…そうよ。レミアスにいた時は勉強どころじゃなくて。
ちょっと嫌がらせされたり、本を隠されたりしてたから。」
「それだけの理由で留学?しかも最終学年に?」
シャハル王子と同じ教室ということで最終学年だとわかったのだろう。
同盟国とはいえ、留学で途中編入してくる令嬢はいなかったはずだ。
それもそのはず。この留学は本当の目的ではなく、おまけなのだから。
「恥ずかしい話になるのだけど、義妹が私のことが大嫌いみたいで。
私に婚約話が来ると、決まる前にその男性を誘惑しに行ってしまうの。
おまけに去年学園に入学してきたら学園内で男性をはべらかすようになって、
私に近づく者に嫌がらせをするようになってしまった。
このままだと私の婚約者が見つからないと心配したお祖母様が、
この留学の話を持ってきてくださったのよ。婚約者をこの国で探すようにって。
私もあのままでは勉強どころじゃないから、留学の話を受けたのよ。
そんなすぐに婚約の話は出ないだろうし、少しでも静かに勉強できればいいと思って。
…なのに、初日からこんなことに。
もめごとになる前にレミアスに帰った方がいいのかもしれないわ。」
期待してきた初日だというのに、この状態だ。
授業だって一時間しか受けていないのに。悔しさに泣きそうになるけれどこらえる。
こんな愚痴を聞かせるだけでもありえないのに、これ以上みっともないところを見せるわけにはいかない。
「シャハルが声をかけてきたきっかけは?」
「わからないわ。授業が終わったら急に話しかけられて。
…こんな時期にレミアスから留学してきたのは、婚約者を探しに来たんだろう?
おとなしく可愛がられるのであれば婚約してやってもいいぞと…。」
「…一応聞くけど、婚約者を探しに来たんだよな?
シャハル王子は嫌だから逃げてきた?」
ひょろ長く細い身体にニヤニヤといやらしそうな細い目。
私の身体を舐め回すように見ては笑いを浮かべる薄いくちびる。
拒まれることなんて一切考えもしなかっただろう傲慢さ。
腕を掴まれた時の気持ち悪さを思い出し、ぶるっと身体が震える。
「あんな王子は嫌よ。絶対に、嫌。
どうして言うこと聞かないといけないのよ。
初対面の令嬢を個室に連れ込もうとするなんて、どうかしてるわ!」
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