クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?
gacchi
第1話 追い詰められた日々
部屋の外が騒がしいと思っていたら、荒々しくドアが開けられる。
飛び込むように入ってきたのは義妹のカミーラだった。
部屋の中にいた侍女たちが慌ててカミーラに対応しようとドアに向かう。
「カミーラ様、リアージュ様は王宮へ向かう予定がございます!
今はお着換え中ですので、勝手に部屋に入られたら困ります!」
「うるさいわね!使用人のくせに指図するんじゃないわよ!」
「きゃあ!」
無理やり入ってこようとしたカミーラを止めようとした侍女が頬を打たれていた。
この部屋に来るまでにカミーラを何度も止めようとしたのだろう。廊下には使用人たちが何人も集まっていた。
私はこれから王妃様主催のお茶会に出席しなければならず、時間に遅れることはできない。
そのため使用人たちは準備をしている私の邪魔をしないように、必死でカミーラを止めたに違いない。
…そんなことを言ってもカミーラは聞かないだろうけど。
ため息をつきながら、ドスドスと音をたてて近づいてくるカミーラに向き直る。
いつもはおとなしそうにも見えるたれ目がちな紫目が釣りあがっていて、今日のカミーラはかなり機嫌が悪そうだった。
「カミーラ、何か用?」
「これ、明日までだから。」
バサッとテーブルに置かれたのは学園の課題のようだ。
学園で最下位のクラスにいるカミーラは、同じクラスの令息たちを連れて遊びに行ってしまい、真面目に授業に出ようとしない。
おそらくこの課題は授業をさぼった罰だろう。
過去、そういった課題を何度かやらされていることもあり、言われるのには慣れているのだが…。
「カミーラ。自分でやらなければ身に付かないわ。
もう私はやってあげないわよ。」
「いいからやれって言ってんのよ。聞こえなかったの?」
「いやよ。このままだとカミーラは卒業できなくなってしまうわ。
そうしたらこの先どうやって生きていくの?」
学園を卒業するのは貴族として当たり前のことだった。
それなのにカミーラは全く勉強する気が無く、卒業できるとは思えなかった。
やらなければいつまでもわからないままなのだし、そろそろまじめに勉強してほしい。
そう思って断ってみたのだが、カミーラが素直に聞くわけはなかった。
「わたしが学園を卒業したからってどうなるのよ。
どうせ結婚相手も勝手に決められて自由にならないんでしょ?」
「そんなことは…。」
「じゃあ、私も王族扱いしてよ。王女教育を受けさせてくれるなら頑張るわよ。」
「それは私がどうこう言えることじゃないわ。」
「どうしてよ!
私だって王族の血が流れているのに、どうしてお義姉様だけ王女扱いなのよ!」
「…。」
どうやらこれほどまで機嫌が悪い理由は課題を出されたことだけでなく、私が王妃様主催のお茶会に呼ばれたことを知ったからのようだ。
同じ公爵令嬢であるのに、カミーラが王宮に呼ばれたことは無い。
機嫌が悪くなる気持ちもわからないでもなかった。
だからといって、そのことを私に言われてもどうにもできないことだった。
王女として教育を受けているのは私だけで、義妹とはいえ同じように王族の血をもつカミーラは公爵令嬢、しかも養女として扱われている。
それにはちゃんとした理由もあるのだが、ここで言ったところでどうにもならない。
もう何度も説明しているが、返ってくるのは「だからどうしてよ」の一言だからだ。
「いいから、それやっときなさいよ。
やらなかったら、そうねぇ。この部屋をまためちゃくちゃにしようかしら。」
「…もう、この部屋に私の大事なものなんてないわよ。」
以前、私の部屋でカミーラが暴れた時に、大事にしていたものはすべて壊された。
それからは大事なものを持たないようにしている。
見つかれば奪われるか壊されるかされるに決まっているからだ。
もう大事なものがないとわかれば部屋を荒らすことも無いだろうと思ったのに、
カミーラはにやぁっと嫌な笑い方をした。
「ふふ。大事なものはない、ね。かまわないわよ。
この部屋が荒らされたら、この部屋付きの使用人たちが困るでしょうね。
どんなに壊されたとしてもきれいにして使えるようにしなきゃいけないものね。
それがどういうことか、わかる?
お義姉様が私の言うことを聞かないと、使用人たちが苦労するのよ。」
「なんてことを…。」
「ふふ。毎日めちゃくちゃにしたら、さすがに使用人たちも嫌になるでしょ。
何も言わないけど、お義姉様のせいだと思うようになるでしょうね。」
楽しそうに笑うカミーラに、これ以上何を言っても無駄だと思い課題を受けとる。
課題を見たら学園の初期に習うような問題で、一時間もかからないと思った。
…こんな簡単な問題すらできないようじゃ卒業なんて無理だわ。
カミーラの将来を心配して断ろうとしていたというのに、カミーラは満足そうに笑うと部屋から出て行った。
ドアが閉まる音がすると、思わず身体の力が抜けてソファに座り込む。
「リアージュ様…大丈夫ですか?」
「大丈夫よ…ミト。少し疲れちゃっただけ。」
心配しないでと微笑むと、よけいに心配させたようでミトは眉間にしわをよせた。
一昨年に学園を卒業し、私の専属侍女になったミトは子爵令嬢という立場からカミーラに強く出ることはできない。
度重なるカミーラからの嫌がらせに、ミトには両親に話すように言われるものの、宰相の仕事が忙しいお父様にもお父様の代わりに領地の仕事をしているお母様にも話せなかった。
三年前まで守ってくれていたお兄様も跡を継ぐためにお母様と一緒に領地に戻ってしまっている。
その結果、私とカミーラだけがこの屋敷にいることが多い。
どうしようもなく疲れていた。家でも学園でも嫌がらせをしてくるカミーラに。
これくらいの嫌がらせは自分で対応できなければいけないとわかっている分、
うまくあしらえないことで焦りがつのる。
少し離れた場所にある別邸でお祖父様とのんびり暮らしているお祖母様から手紙が届いたのは、三日後のことだった。
お祖母様らしい優しく綺麗な文字で書かれた手紙には驚くべきことが書かれていた。
隣国カルヴァイン王国へ留学し、向こうの学園の最終学年に編入しなさいというものだった。
このままレミアス国にいても勉学の邪魔になることばかりでしょうとの言葉に、
離れて暮らしているお祖母様のところにまでカミーラのことが伝わっているのだと知った。
まさかお祖母様にまでこんな風に心配されているとは…。
このまま私がレミアスにいても、何一ついいことは無い。
学園での勉強は邪魔され、婚約者を見つけようとしてもカミーラが誘惑してしまう。
カミーラの課題は私がやることになっているし、逆らえば使用人たちに被害が及ぶ。
だけど、私が他国に行ってしまったとしたら。
この部屋は鍵を閉めて入れないようにしてしまえばいいし、課題を代わりにすることもなくなる。
私がいなくなればいつもイライラしているカミーラもおとなしくなるかもしれない。
突然の留学話だったけれど、とてもいい話に思えてきた。
行ってみよう。カルヴァイン王国に。
お祖母様の祖国であるカルヴァイン王国に行ったことは無いが、
この国の学園とは違って魔術も習うことができるということにも興味はあった。
留学を承諾する旨をお祖母様に返信するとすぐに準備が整えられ、
二日後には留学することが決まっていた。
カミーラにこのことを話す間もなく、驚いているうちにカルヴァイン王国に向かうことになった。
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