手紙(1)

 俺と遥さんは陽輔の家に訪れた。そこであるモノを目にするとは思わなかった。仏壇に手を合わせ、礼をし顔を上げると、信じられないものを目にした。

 次の瞬間、胸がどくんと鳴って咄嗟に胸を抑えていた。

 ドナーカードと手紙の封筒。つまりはそういうことだと悟る。

 俺は移植手術を三ヶ月前くらいにちょうど受けた。誰がドナーになったかは、個人情報のため知らされていない。ドナーの家族側にも誰が移植を受けたかは伝えられていないはずだ。

 それなのに、目の前の手紙の封筒、これは俺がドナーの家族に宛てた手紙が入っている封筒だ。それは確かだ。

 偶然なのかと思った。もしかしたら、違う人の手紙じゃないか、と。だが、時期的に重なっていたことを思い出す。やっぱり、手紙は俺が書いたものだ。

「優悟くん、大丈夫?」

 隣で遥さんの声を耳にするも何も答えられない。俺はこの場から逃げ出したい気持ちに駆られた。

「悪い。俺、帰る」

 咄嗟に口に出た言葉に体が動く。一刻も早く今はこの部屋を後にしたかった。俺を呼ぶ遥さんの声を無視してその場から立ち去った。

 陽輔の母親に帰ることを伝えると、とても驚いていた。家を出ると、急いで帰宅する。


 家に着くと、手洗いうがいを済ませ、真っ先に自分の部屋に向かった。母さんに呼び止められていても応える気にならなかった。

 陽輔の家で見たモノが頭から離れない。俺が書いた手紙が陽輔の家にあるとは誰も思わないだろう。俺さえ思わなかったんだ。

 俺はこの先どう生きればいいっていうんだ。移植されたのが友人の臓器だと思うと生きづらい。

 いっそ死んでしまおうか。そう考えているうちに、心は暗闇に染まっていく。

 必死に耐えても、何も出来ない自分に嫌気が差し、目から滴が落ちる。

 気が付けば、俺は自分の胸を拳で殴っていた。

 それから、いつの間にか眠気に誘われ、夢の世界へと落ちていった。


 部屋の扉を叩く音で目が覚めた。起き上がると、少し胸が痛んだ。そういえば、胸を殴っていたことを思い出す。病気の頃だったら、確実に死にかけるだろう。だが、体は少し痛むだけだ。

 移植した後も健康な体でも胸を殴ることは決してやってはいけないことだ。心臓に負担を掛けるのは当たり前。やってしまったのは友人の臓器だと知ってしまったから。

 そう考えると、負の連鎖が襲いかかる。

「優悟、ご飯よ。食べれるものだけ食べよう。今日は父さんもいるわよ」

 今日は父さんが居るのか。何も応えない俺の反応に母さんが待ってるからと言い残し、離れていくのが分かった。

 それでも、俺は食卓に行かなかった。行けなかったんだ。

 知ってはいけないことを知ってしまった今は何も食べる気にはなれなかった。

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