第4話『プレミアムフライデー』

泣いてもω(オメガ) 笑ってもΣ(シグマ)


4『プレミアムフライデー』





 ―― 世間様とは付かず離れずのモブ人間 ――


 十七年の人生で打ちたてた俺のモットー。



 人様の先頭に立つのもごめんだし、ケツに回ってハブられるのもいやだ。


 なんとなく世間に混じって、つつがなく人生を送れれば上等なんだ。


 だから、自分から進んで人や事件に関わることはやらない。


 クラスメートの顔ぐらいは分かるけど、口もきいたことが無いのが十人ほどいる。ケリを入れたり入れられたりという、ちょっとばかし肌感覚で付き合っているのは、保育所からの付き合いのノリスケ(鈴木典亮)一人だけ。


 人が困っていても――気の毒だなあ――と同情の顔はするけど、率先して助ける人がいなければ傍観している。天変地異の大災害があってもボランティアなんかには行かない。


 駅前とかで募金とかをやっていたら殊勝な顔して50円くらいを入れておく、逆に言うと、真面目に募金活動してる前を素通りしちまう根性が無い。


 で、いっかい募金しちまうと――俺はちゃんと募金したんだ――と歩けてしまう。そういうモブ根性の高校生なんだ。



 それが人を助けてしまった。



 昼休みの食堂前で、堂本って数学教師にネチネチ絡まれてる女子を助けちまった。


 堂本には、一年の時、同じようにいたぶられたことがあったので、つい口を出してしまったんだ。


 いつものようにノリスケといっしょなら、ちょっと眉をしかめるだけでランチをかっこんでいただろう。


 おかげで、俺も女子も数量限定のランチを食いっぱぐれ、南のおばちゃんに頼んで裏メニューのスペメンを作ってもらったよ。


 よせばいいのに、女子と並んで食ったものだから、面白がったクラス仲間に写真撮られ、あくる朝には復活したノリスケに冷やかされる。



 で、たまたま十字路に現れた女子……シグマこと百地(そーいや、下の名前は聞いてない)に聞かれっちまってソッポを向かれる。


 やっぱ、モブ人間の境界は超えちゃいけないんだ、チクショーめ!!



 オメガが粉かけた女子にソデにされた!



 案の定、教室に入るとクラスの女子たちがクスクス笑ってやがる。


 こいつら、人の不幸は何十倍にも盛って退屈しのぎにしやがる。でも、写真をネットで流すとこまではいかない。


 なんたって、俺はモブなんだからな。



「俺じゃねーって」


 休み時間に、ノリスケを捕まえて聞きただす。



「おまえがデカい声出して、当てずっぽのスリーサイズ言ったりすっからだ!」

「わりー、でも、今度のも目撃してたオーディエンスなんだろうぜ」

「ま、いい。ラーメン一杯で勘弁してやるよ」



 そう言って、俺はノリスケの襟首を離した。


「……以上の者は放課後補習ね!」


 昼休みの予鈴が鳴ると担任のヨッチャン(田島芳子)が教室にやってきて、情け無用の宣告をしていった。


「すまん、ラーメンは、また今度な」


 ノリスケが補習にかかってしまう、ノリスケも成績はヘボだ。


「でも、なんで昼休みに宣告してくんだろ?」

「終礼の宣告じゃショック大きいからじゃない?」


 女子が疑問を呈する。すると、ヨッチャンが戻って来た。


「今日は終礼なしだから」

「えー、なんでですかー?」

「ほら、今日はプレミアムフライデーなの。先生全員は無理だけど、順番であたし当たっちゃったから、そーゆーこと」


「「「「「えーーーー、先生だけ!?」」」」」


 怨嗟の声があちこちで起こる。


「こういうことは段階的にやらなきゃ広まっていかないの! ね?」


 なぜかヨッチャンは、俺の顔を見て「ね?」をくっ付けた。


「おまえのω口は人に安心を与えるんだよ、ヨッチャンも、どこか後ろめたいんだろーな」

「そ、そっか」


 こういう呑み込みのいいところも、俺たちがモブ属性である証拠だろう。



 放課後は足を延ばしてアキバに行った。



 ノリスケの補習で一人になったせいか、ヨッチャンのプレミアムフライデーに触発されたのかは分からない。


 ボーっと放電するのにアキバはいい。


 そう、放電だ、充電じゃねえ。


 充電はオタクがやることだ。流行りのアニメとかフィギュアとかの情報掴んで、同類の姿や目の色に触発されて――自分も頑張らなくちゃ!――と奮い立って、なけなしの財産でグッズを買いまくって、メイド喫茶で萌キュンとかいって頬染めてるやつらだ。俺は、たまにネトフリでアニメ観るくらい。それもワンクール12回観るのは年に三本くれえって、オタクのカテゴリーではニワカとかライトの範疇にも入らねえ。アキバのなんちゃら通りとかをぞめき歩いて日ごろの憂さを放電しておしまいってわけだ。


 昭和通り口から出て、アキバを大回りで回る。特にあてはない、雑踏の中が心地いいんだ。


 ラジオ会館の前まで行くと楽し気なアニソンが聞こえてくる。プレミアムフライデーとあって、広場に特設ステージを組んでイベントをやっているようだ。


 アニソンと言うと大人たちはバカにするかもしれないけど、俺は大したもんだと思っている。いまかかってるガルパンの曲なんて、テレビのBGなんかにしょっちゅう使われてる。そうと知らないでファンになった祖父ちゃんに「これだよ」とポスターを見せたら目を白黒させていた。


「お、中部方面音楽隊だ」


 グレードが高いと思ったら、自衛隊の音楽隊だ。自衛隊の音楽隊はハンパじゃない、一流の音楽大学を出てないと実技で受からないと言われていて、定年は将官並の60歳だ。日々その技量を磨くことに専念できる楽団はここくらいのもんだろう。YouTubeで発見して以来、もう六年くらいのファンなのだ。


 メドレーも終盤になって『それゆけ!乙女の戦車道!』で御ひいきの声優さんが出てきた。


 ネットでは時々観るけど、リアルに観るのは初めてだ。


 思わず踏み出すと、後ろから割り込んできた奴と接触してしまった。


「ちょっ!」

「あんたこそ!」


「「あーーー!」」


 声が揃った。


「シグマ!?」

「オメガ先輩!?」


 その時のシグマの目には昨日の険しさはなかった……。



☆彡 主な登場人物


妻鹿雄一(オメガ)     高校二年  

百地 (シグマ)      高校一年 

ノリスケ          高校二年 雄一の数少ない友だち

ヨッチャン(田島芳子)   雄一の担任

 

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