第2話 安いレストランでJKと
ミーンミンミン。
森に囲まれているとは言えど、連日三十五度を超える猛暑日が続いていた。
「あづい〜」
蝉たちも負けるまいと声を張り上げ、夏の暑さと闘っている中、暑さにそんなに強くないはずの人類もまた、扇風機一つでこの暑さを乗り切ろうとしていた。
オンボロアパートのワンルームの中は暑いを通り越して熱い。汚れた柱にかかる木製の温度計は32度、湿度は76%を指していた。
窓もドアも全開のおかげで、蝉の声がうるさい。
蝉は土から出てきてからしばらく、人生の最盛期とも言える時間のほぼ全てを、生殖相手を探すことに費やす。
生殖相手を探すことになぜ命をかけられるのか、俺にはさっぱりわからないが、彼らにはそれ以外の娯楽がないんだろうなと思うと、少し悲しい気持ちになる。
「何もやる気起きない〜」
ここのところ、俺は1Kの小さなボロアパートで現役女子高生、生JKと暮らしている。なぜなんだろうな。
彼女は今夏休み期間中らしく、もっぱらこのアパートに居座り扇風機を独占しては、たまに暑いーとか汗きもいーとか愚痴をこぼしている。親もいないらしいし、女子高生なら友達とキャッキャするものだろうが、このアパートは街から気軽に遊びに行けるような距離にはない。
そんな闇は今の所感じないが、深いことは考えないようにして、とりあえず家事ができるというから料理を作ってもらおうと思った。
しかし、冷蔵庫はない。食器もない。調理器具もなければガスも通っていない。
電気は通っているが、割と当たり前になってきたIHではなく、ガスボンベ式のキッチンなので意味はなかった。
得意技をデバフで封じされた気分だった。
「あづいよーーー」
正直言って、こんなところに住むのはばかだ。昼は暑い、夜はマシかと言えば、夜も暑い。おまけに機密性が悪すぎるせいか、よくわからない虫が壁の隙間から大量に出る。
窓を開けて寝ようものなら、蚊の餌食になり部屋に昆虫たちの大名行列ができる。
「おーじーさーんーー、可愛い女子高生が困ってる〜」
「ああ悪い、蝉の声で聞こえてなかった、ていうかエアコンは?! あそこにある箱はエアコンじゃないのか!? だったら何!?」
「あーあれねー、結構前に壊れたらしい」
「準備万端があのばあさんのポリシーじゃなかったのか……今度あったらどこが準備万端なのか問いただす必要があるみたいだな」
蝉の声で聞こえていなかったというのは嘘だ。めんどくさいから無視していた。
「ねーねーねー」
つつかれては反応せざるおえない。
「なんだよ」
「可愛い女子高生がこまってるーー」
正直俺も困っている。ゆずの格好は、タンクトップに緩い短パン。
いや、多分君らが想像しているベクトルの「困ってる」ではない。
暑さのせいでバカになったか、露出の多い格好しているこの娘に欲情しないのだから異常事態だ。
「よし、街にすずみに行こう」
「判断が遅いっ! もうどんだけ待ったと思ってんのー、あと少しで溶けるところだったんだけど!」
「うるせえ。そんな格好で出歩くのはまずいから着替えろよ」
「へいへーい」
俺は後ろを向く。若い娘への当然の配慮であろう。ま、正直この暑さなら正直性欲なんて失せちまうから、入居当初の懸念は解消されたわけだ。
真夏の蒸し暑さという、地獄の苦しみと引き換えにな。
「おじさん」
「なんだよ」
横顔を見せてみる。
「うわーおじさんのえっちー」
こういうのが腹たつ。ひょっと顔を戻してまた壁を見つめる。
「見なくていいの? 現役女子高生の生着替えだよ?」
「興味ない。俺は子供に手を出すほど愚かな人間じゃない」
建前だけでも強がってみる。
「ふーん、でも大体それって嘘だよねー。あいつは妹みたいなやつだからって男って全然信用できない」
心の中で激しく同意してしまった。
「そういう奴もいるのかもな」
「おじさんは大丈夫?」
ガサゴソと音を立てる女子高生がいう。ニヤついた声で。
「いいから早く着替えろ。おいていくぞ」
「はーい」
熱々の車に乗り込み、熱々のハンドルを握り、熱風を浴びながら、狭い山道を降りていく。
山道をずっと下っていけばすぐに街が見えてくる。地方都市の郊外くらいの大きさの街で、ちょうどいい感じに栄えているし、都会ほど人も多くなくて快適だ。
駐車場も基本無料というのがありがたい。
「ぷは〜生き返る〜まじ超やばいよねあの部屋!」
「あんまり大きな声出すなよ」
大型ショッピングモールの一角にあるレストラン。カルピスを一気に飲みしてテンションが上がったか、一気に元気を取り戻しやがった。
ニヤニヤしながら、机を挟んで向こうにいる俺に、顔を近づけてくる。
「どうして〜?」
「視線を集めるからだよ」
「どうして〜?」
女子高生のニヤニヤが止まらない。
芸能人に負けず劣らずの美女ってだけで視線集めるのに、そいつがはしゃいでたら視線が集まらない道理がないだろうが。
なんて言えるわけ、というか言いたくない。絶対調子に乗るから。
「うるさい」
「素直になりなよ。お・じ・さん?」
ぶっ叩きたい。
そんな衝動をなんとか堪え、メニュー表へと手を伸ばした。ここはドリンクバーがタダで、料理も他の店と比べれば若干やすい。薄給の俺でもなんとか二人分払ってやれる金額だから選んだ。
「ねえねえ見えないんだけどー」
「そっちにもメニュー表あるだろ。それでみろ」
「えーさみしいじゃんーせっかく一緒に来てるんだから一緒にみよーよ。もしかしておじさん、学生時代友達いなかった系の男子?」
「………」
「はい図星っ!」
ぶっ叩きたい。
「ウケる! そんなんだから彼女もできないだよ!」
ぶっ叩きたい。というか、勝手に決めつけるな。
「勝手に決めつけるな」
「え、いるの?」
「さあな。俺は選んだけど、ゆずは」
「ウチはこのサラダボールにしよっかなー」
「だけか? 肉とか食べないと夏バテするぞ?」
「一丁前に人の心配してる〜」
ケラケラ笑う顔が憎たらしいことこの上ないが、どれだけ爆笑してもその美貌が全く崩れないのが、さらに悔しさを煽っていた。
「でもさーうち結構気遣いできる女だと思うんだよね〜」
注文を受けた店員が去っていくのを確認して、ゆずが沈黙を破る。
「気遣いできる女がいきなり友達いないとか、彼女いないとかいうか」
「でも、おじさんのお財布事情知ってるから、できるだけ安いの選んだんだよ?」
「懐が寒くて悪かったな。てか! なんで知ってんだよ?!」
何も言わずにニカっと笑う。あれだ、大家のばあさんにそっくりだ。
「くそが。勝手に人の財布なんて覗くもんじゃない」
「またまた〜おじさん以外にはしないよ」
「どういうことだよ!」
「おじさんは特別ってこと〜かな? 待って超ウケる!」
「何も面白くないが」
「そんなんだから彼女いないんだよ! 女の子が面白いと思ったら面白いの!」
言い合いをしているうちに料理が運ばれてきた。俺はハンバーグ、そして彼女はサラダボールが届けられた。
何をどう思われたかわからないが、店員の視線がちょっと痛かった。そこのお前、バレてねえと思ってるだろうが、厨房からチラチラ見てんのはちゃんと知ってんだぞ。
そして何を血迷ったか知らないが、オレにサラダボール、ゆずにハンバーグ定食を運んできて一笑あったあと、手を合わせて静かに箸を取った。
「でも嬉しいなぁ。おじさんが安い給料でウチにご飯奢ってくれるなんて」
「子供は気にすることじゃない。黙って食え」
「おじさん?」
「なんだ」
黙々と食べていても、しばらく返答がないから彼女の方を向いた。
そこには、少し首を傾げ、満面の笑みをしたゆずの姿。
「ありがと」
初めて薄給に感謝した気がした。
その感謝は次の家電屋で一瞬で憎悪へと変わるのだが、それもまた笑いの種になったのでそれでよしとする。
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