第95話 「私もその恩恵を受けた者の一人です」
確かに『アルメリアに囲まれて』のロザンナ・ジャヌカン公爵令嬢の末路は、修道院送りだった。
そのため、二人は別々の道を辿ることになるのだ。
けして、同じ末路にはならない。爵位の高さと罪の重さが違うからだ。
しかしそれは、ゲームの中の話である。
実際は、会ったこともない二人が結託することなんて、あり得ない話だし。犯した罪だって別なのだから、罰だって異なるのは当たり前だった。
それなのに、まさかハイルレラ修道院にロザンナもいたなんて、予想外過ぎるわ。あぁ今度、オレリアに会いに行ったら、紹介してもらおう。
うん。事前に手紙で知らせて、生ロザンナを見に行かなくちゃ!
「マリアンヌ嬢?」
「ご、ごめんなさい。えっと、なんだったかしら」
私はハッとなり、
だって、まさかこんなところで、ロザンナに会える算段ができてしまうとは思わなかったんだもの。
すでにフィルマンはレリアと婚約している以上、ロザンナが首都にいる可能性は低い。たとえあってもジャヌカン公爵邸から出てくるだろうか。
王子の婚約者であることを誇りに思っていたロザンナが。
さらに同じ悪役令嬢でも、オレリアとは違い、私をいじめる名目も、必要もなくなったロザンナ。そんな彼女との接点は、すでに無い状態だった。
この広い貴族社会。公爵令嬢が一介の伯爵令嬢に関心を持つことなど、余程のことがない限り、ありえないことだからだ。
けれど突如湧いた、ロザンナとの邂逅の機会。たとえ彼女が悪役令嬢であったとしても。今はもう違うのだ。
『アルメリアに囲まれて』をプレイしていた身としては、浮かれてしまうのも仕方のないことだと思うの。あの気高いロザンナを見れるなんて、そうそうないんだから!
「ロザンナ様と一緒にハイルレラ修道院に入った令嬢の話をしていたんです」
「そうだったわね。オレリアは私の従姉妹で、ちょっと色々あってハイルレラ修道院に入ることになったの。礼拝堂で私と一緒にいたシスターを覚えているかしら」
「はい。あっ、だからエリアスの態度もおかしかったんですね」
「もしかして、レリア嬢は私とオレリアの事情を知っているの?」
ウチで働いていたことは、さすがに口にできなかった。
ずっと私に敬語を使っているが、レリアの方が爵位は上なのだ。
「実は今も孤児院と連絡を取っているんです。その子たちが、エリアスの手足となって働いていることをご存知でしょうか」
「えぇ。お陰でお父様は無事だったし、ポールも掴まえられた。感謝しきれないわ。だからお礼をしたいんだけど、エリアスはいいと言うし、連絡役のケヴィンもいらないって言うのよ」
「それは、カルヴェ伯爵様から、過分なほどの援助をしていただいているからです」
「寄付金の他に、就労の補助をしていたこと?」
「ご存知でしたか」
レリアは苦笑すると、ティーカップに視線を落とした。
「私もその恩恵を受けた者の一人です。お陰で、
「詳しく聞いてもいい? 答えられる範囲で構わないから」
「はい。孤児院にバルニエ侯爵様がいらした時、たまたまお茶を汲んでいたのが私でした。カルヴェ伯爵家でお茶の入れ方を学んでいたので、院長が私を指名したんです」
「エリアスからは詳しく聞いていないんだけど、レリア嬢はどんなことを任されていたの?」
「キッチンメイドです」
キッチン、メイド?
よく分からないけど、厨房で働いていたのかな。
転生前は、メイドがいない生活をしていたから、具体的な役職を言われると分かんないんだよね。
ニナも、メイドの前に何か付くのかな。
「私は最初、ハウスメイドを希望したんですが。料理の支度、段取りなどを覚えた方がいいから、と院長に言われて」
なるほど。確かにレリアは顔立ちが綺麗だ。孤児だと言われない限り、気づく者はいないだろう。
バルニエ侯爵家でいくらか磨かれたといっても、元の素材が良くなければ、ここまではならない。誰がどう見ても、今のレリアは貴族令嬢そのものだった。
となると、院長の思惑も分かる気がした。そう、縁談が来るに違いない、と。だから、料理を学ばせたかったのだ。孤児院では学ばせるほど、食料が確保できないから。
「その時に、お茶の入れ方も教わったのね。コックかしら、それとも同じキッチンメイド?」
「ベテランのキッチンメイドです! あれからお礼を言えなかったので、伝えていただけますか?」
「勿論。お父様に言って、特別手当てもお願いするつもりよ」
それで、私にも教えてもらえるように頼まないとね。
「ありがとうございます。教わった通りに入れたお茶を飲まれた侯爵様は、その場で私を養女に迎えたいと仰ったんです」
「その場で!?」
「はい。さらに、手続きは後回しで、そのまま侯爵邸に」
変わっている方だとは知っていたけど、ここまでとは思わなかったわ。
「ですから、これ以上の支援をいただくわけにはいきません。お返しできなくなってしまいます」
「そんなことはないと思うけど」
「あります! 孤児院の子たちは、今も伯爵様のお役に立っていますが、私なんて、どうお返ししたら良いのか、悩んでいるんですから」
バルニエ侯爵家の立場で、カルヴェ伯爵家に働きかけるわけにもいかない。だって、接点がないんだから。
でも、孤児院を通してだと、レリア本人がしたとは気づかれない。
「う~ん。なら一つ、お願いがあるんだけど、いいかしら」
「私ができることなら、何でも言ってください!」
「ありがとう、レリア嬢。実は私ね。デビュタントがまだなの。婚約式の後に予定しているんだけど。その舞踏会にレリア嬢も出席してもらえないかしら」
エスコートは勿論、エリアスだけど。
友人もいない舞踏会に行くのは、少しだけ怖い。
「マリアンヌ嬢のデビュタントのお手伝いができるのなら、何がなんでも出席致します」
力強く言うレリアの姿を見ているだけで、私は安堵した。
まだどこの舞踏会へ行くのか決めていないけれど、少しだけ心が軽くなるのを感じた。
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