第93話 「お前、どんな話をしたんだよ」

「すまないね。二人には是非とも、また会って話がしたかったものだから」


 レリアの元へ辿り着くと、開口一番、フィルマンが私たちに謝罪した。


『アルメリアに囲まれて』のメインヒーローこと、フィルマン・ヨル・バデュナン王太子。

 私はともかく、まだ養子縁組をしていないエリアスにまで謝罪をするのは、偏にレリアの影響だろうか。


 元々、物腰の柔らかい印象のフィルマンだ。

 次期国王として、分け隔てなく接するように教育されてきたのだろう。それを踏まえていても、素晴らしい対応だった。


「その節はご心配をおかけしまして」


 えっと、こういう場合は申し訳ありませんでしたって言うんだっけ。


「いや、元気そうで何よりだ、カルヴェ伯爵令嬢。あと、今日はそなたたちを、レリアの友人として接したいのでね。あまり畏まらないでもらえるだろうか」


 そう言って、私たちに着席するように促した。


「フィルマン様はここにいる間、王太子としてではなく、一個人として扱ってもらいたいんだそうです。しかし、ほぼ初対面のマリアンヌ嬢たちに対して、それは無理がないですか?」


 そっとレリアはフィルマンをフォローしつつ、いさめることも忘れなかった。


「すまぬ。レリアからずっと話を聞いていたから、どことなく旧知のように感じてしまうんだ」

「お前、どんな話をしたんだよ」


 エリアスが、向かい側に座るレリアに文句を言った。


 確かに。旧知だなんて、余程のことがない限り、抱くとは思えない。提供するほど、ネタなんてあったかな……。


「それは、その、出会いとか馴れ初めとか?」

「えっ!?」


 私は思わず声を上げた。


 な、馴れ初めって。それを聞きたいのはこっちだよ、レリア。


「何でそんな話を王太子殿下に……。もっと他に話題はあるだろう。よく考えて物を言え」

「ごめん。でも、フィルマン様も身近に感じる話っていうと、貴族の話だから自然と、ね?」


 首を傾げて可愛らしく言うレリアを、面と向かって叱りたいのは分かる。でもここにはフィルマンがいる。

 王太子の前で、怒鳴ることは勿論、婚約者を叱るなど、もってのほかだ。


 私はそっとエリアスの腕に触れて、首を振った。すると、テーブルに肘を付き、エリアスは項垂うなだれるように溜め息を吐いた。


「だったら、俺たちにも聞かせてもらえないか」

「え? な、何を?」


 狼狽うろたえるレリアを他所に、私はさすがエリアスだと思った。

 これに乗らない手はない!


「それはいい案だわ。是非、聞かせてもらえないかしら、レリア嬢」

「わ、私たちの馴れ初めについて、ですか?」

「それ以外、何があるんだ」

「えぇぇぇぇ。あんまりいい話じゃないんだよ。折角のマリアンヌ嬢とのお茶会を、そんな話題で台無しにしたくない」


 やっぱり、フィルマンの元婚約者からいじめを受けていたのだろうか。

 だとすると、無理に聞くわけにはいかない。もし逆の立場だったら、話せたかどうか怪しいもの。


「私たちだって、いい話ではなかったと思うけど」

「そ、そんなことはないだろう」

「あるわ。誘……じゃなくて、事件が起きたでしょう」


 そんなショックを受けたような顔をしないで、エリアス。


「ふむ。では、二手に分かれるのはどうだろうか。ここにはレリアとカルヴェ伯爵令嬢が残り。私と彼はそうだな……向こうの方へ移動しようか。そこで私が彼に馴れ初めなどを話せば、カルヴェ伯爵令嬢の耳にも入る。問題ないと思うんだが、いかがかな?」


 こちらはこちらで、さすがは攻略対象者、じゃなくて次期国王。

 レリアの心に寄り添い、つ私たちへの気遣いも忘れない。


「本当は嫌ですけど、勝手に話してしまった私がいけないので。……マリアンヌ嬢、これで許していただけますか?」

「一つだけ条件があるわ。馴れ初めについては聞かないけど、それ以外の質問はしてもいいこと。けれど、答えの有無については、レリア嬢に任せるわ。言い辛いことまで聞くつもりはないから」

「ありがとうございます、マリアンヌ嬢」


 私の両手を掴み、潤んだ瞳で感謝するレリア。その姿に思わず、体が後ろに傾くのを、必死に堪えた。

 何せ、下心があったから、お礼を言われると困ってしまうのだ。


 レリアがヒロインに代わって、王子ルートを進めたのかどうかを確かめられる。その名目を手に入れられたのだから。


「あっちは話がついたようだが、君はどうかな」

「俺に断る理由はありません」

「なら、良かった。では、レリア。我々は向こうへ行っているから、何かあったら呼んでもらえるかい」

「はい」


 元気よく答える姿に満足したのか、フィルマンは立ち上がり、レリアの額にキスをした。すると、隣から椅子を引く音が聞こえた。


 反射的に視線が隣に向く。勿論、エリアスと目が合った。


 ま、まさか……。いやいや。でも……。

 うん。その光景に内心、キャーとなったのは認める。認めるけど、求めてない。求めていないからね!! 期待だってしてないよ!!


 でも、エリアスの熱い視線と顔が近づいて来る。


 1,エリアスの体を押す

 2,受け入れる

 3,いやいや、押すに決まっているじゃない!!


 何、この選択肢! 勝手に出てきた! しかも、三択にする意味が分からない。出す必要があるの? そもそも、こんなことをしている場合じゃないのに~~~!!


 けれどエリアスの顔は、視界の横へと消える。


「こっちは王太子から情報を引き出すから、マリアンヌも忘れるな」

「えっ! あっ、うん。大丈夫」


 耳元でささやかれ、少しだけ恥ずかしくなった。

 エリアスはただ、確認しただけなのに……。私ったら勝手に!


「……マリアンヌの『大丈夫』は信用できないからな。念のため」


 そう言うとエリアスは、少しだけ離れた顔を、もう一度寄せて、私の頬にキスをした。


「こ……な……と……なっ!」


 こんなところで何を! と言ったつもりが、上手く声に出せなかった。


「そんな寂しそうな顔をされたら、応えるべきだろう」

「し、していないし。で、殿下をお待たせするのは悪いわ」


 私は立ち上がって、エリアスの背中を押した。

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