第91話 「私も可愛いドレスの方が良かったのかな」

 お茶会当日。

 私は鏡の前に立っていた。そこに映っているのは、普段、着慣れているワンピースじゃない。

 簡素なドレスを身にまとった、私の姿だった。


 お茶会といえども、侯爵家に行くのだから、と作ってもらった水色のドレス。舞踏会に行くわけじゃないから、装飾は少なめに。


 でも、上品さは失わないようにと、ハイネックの上に、白いレースが付いたアイボリーのケープを肩にかけて、胸元で止める。

 さらに首元には、ダークブルーの宝石が付いた大きめのブローチを。


 色合いから、紫色の宝石にしようかとも思ったんだけど、王太子がいた場合を考えてやめた。

 紫は王太子の瞳の色だから。下手に刺激させるわけにはいかないのだ。


 エリアスを? それとも王太子?

 両方だ。レリアに誤解されるのも困ってしまうからだ。


 鏡の前で、体を左右に振って確認する。その動きに合わせて、頭の両脇に付けられた、ドレスと同じ布の水色のリボンが、ひらひらと揺れた。


「どうかな」

「とても綺麗です、お嬢様」


 ニナの表情から、達成感のようなものが出ていた。この支度を、ほぼ一人でやってくれたのだから、お疲れ様と言いたい。

 でも、言うと怒られてしまうので、心の中で労った。


 部屋を出ると、普段は護衛のテス卿がいる場所にエリアスが立っていた。


「お待たせ」

「っ!……お茶会でこれなのに、婚約式とか大丈夫なのかな、俺」

「エリアス?」


 何かぶつぶつ言っているように聞こえるけど、口元を手で隠しているから、うまく聞き取れなかった。


「あっ、いや、何でもない。凄く綺麗で驚いたんだ。似合っているよ」

「ありがとう。エリアスも格好いいわよ」


 今日はエリアスも、レリアの客として招待されている。だから、普段は黒の背広しか着ていないエリアスも、別の色の服を着用していた。


 青いシャツにアイボリーのネクタイ。さらにネイビーの上着をと、実は私のドレスと色を合わせているのだ。


 青はレリアの色だから、始めは渋られたけど。私と合わせると言ったら、簡単に了承してくれた。


 別に誤解しないのに。でも合わせたかったのは、私の独占欲の証かも。


 髪型もいつもと違うから、差し出された腕に、胸が跳ねた。それも手ではなく腕だからだろうか。私はぎこちない動きでエリアスの腕に触れた。

 途端、エリアスの体が少しだけビクッと反応したような気がした。


「ふふふっ」


 腕を差し出したのは、エリアスなのに。


 緊張しているのが、私だけじゃないことに安堵したからだろう。私はエリアスから抗議の眼差しを受けても、笑うのをやめなかった。



 ***



「お待ちしていました、マリアンヌ嬢」


 バルニエ侯爵家に着くと、ピンク色のドレスを纏ったレリアが出迎えくれた。


 ドレスと同じピンク色の花飾りの髪止め。胸元の大きな黄色いリボンが愛らしいドレス。それを見て私は、エリアスが言った通りだと思った。


『アルメリアに囲まれて』に出てくるマリアンヌの衣装は、レリアが着ているような、リボンやフリルが付いたドレスが多い。


 これは王子……フィルマンの好みなのかな。


 ドレスの着用は王子と侯爵ルートが主だから、考えられるのはそれしかない。ということは、エリアスも?


 屋敷の中を案内されながら、チラッと横にいるエリアスを覗き見た。


「私も可愛いドレスの方が良かったのかな」

「ん? あぁ、レリアのことか」


 前方を歩くレリアに視線を向けて、エリアスは溜め息を吐いた。


「アレは、少しでも可愛く見せようとしているだけだから、マリアンヌが真似をすることはない」

「えっと、そう言う意味じゃなくて」

「全く、察しているようで察していないのね、エリアスは。マリアンヌ嬢はあんたの好みを聞いているのよ」

「レ、レリア嬢!」


 私はレリアに駆け寄った。確かにそういうニュアンスを含めて言ったけど、改めて言葉に出されると恥ずかしかった。


「好きな人の好みに合わせたい気持ちは分かりますから」

「えっと、それじゃ、レリア嬢のドレスも?」

「はい。フィルマン様の好みなんです。私も可愛いものは好きなので、遠慮なく着させてもらっているんですけどね」


 やっぱり。じゃ、エリアスの好みもそうなのかな?


 そんな私の胸の内を知ってか、レリアがそっと囁いた。


「多分、今のエリアスに、好みを聞いても分からないと思います。私がそうだったので。だから、色々な種類のドレスを着て、確認してはどうでしょう。面白いと思いますよ」

「ふふふっ、レリア嬢ったら。でもそうね。殿方とのがたうといって聞くし」


 逆にエリアスが、女性のファッションに聡かったら、それはそれで嫌だ。色々と疑ってしまう。


「フィルマン様はすでに、目が肥えていましたから、それに合わせる方が、私にとって都合が良かったんです。エリアスの場合はむしろ、マリアンヌ嬢の好みを押し付けても、いいのではありませんか?」

「そ、それはちょっと……」

「レリア」


 私が困った顔をしていたからだろうか。静かに見守ってくれていたエリアスが、後ろからレリアを制した。

 確かに助けがほしいとは言ったけど。


「エリアス。これはレリア嬢が悪いんじゃないの。ただ――……」


 エリアスの好みが知りたかっただけなの!


「ただ?」

「うっ、その先は聞かないでっ……」


 か細い声で答えながら、真っ赤になった顔を両手で隠した。すると、覗かれているような気配に、私はさらに体を背ける。


「もう。女の子同士の秘密の会話に割り込むんじゃないわよ」


 そんな私をなだめるように、レリアは頭を優しく撫でてくれた。多分、エリアスから私を守ってくれているのだろう。


 でも、教えてあげられないの。ごめんね、エリアス。

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