第73話 「どうしてそこまで平民を嫌うの?」

 私はお父様の背中を見ながら、ポールの言葉を待った。


 四年前のお母様の死。

 私の誘拐騒動が起きた後、お父様は叔父様が犯人だと話してくれた。でも、叔父様の背後にはポールがいた。

 そのことから、お父様とエリアスはお母様毒殺の犯人をポールだと断定したのだ。けれど、それはあくまで推測に過ぎない。


 エリアスが伯爵邸にやってくることになった、私の誘拐騒動の件も、またそうだった。

 犯人は叔父様だと思われていたけど、仲介人がいることを二年前にお父様から聞いた。


『エリアスはね、孤児院の子供たちに協力を求めて、その仲介人を探してくれたんだよ』


 この時にはもう、ポールに目星を付けていたんだと思う。


「……違うと否定しても、信じてもらえないのでしょうね」

「裏は取れているからな」

「ならば、なぜ捕まえないのですか?」


 その理由を知っているのか、ポールの表情は変わらない。


「待っていたからだ。お前が私を殺そうと企むのを」

「何を仰るのかと思えば、殺害を企むとは。犯人はエリアスです。すでに治安隊が来て調べました」

「そう、調べてもらったんだよ。厨房から来る私の食事もね。ダイニングで食事をするわけではなかったから、簡単に証拠が取れた」


 ただポールを油断させるために、計画が遂行しているように、伏せていたわけじゃなかった。

 証拠を集めるためでもあったんだ。でも、本当に食事の中に毒が入っていたなんて!


 思わず口に手を当てると、エリアスが傍にやって来た。


「厨房から来た食事に入っていた毒と、ポールが提出した毒が一致したんだ」

「提出って、まさか昨日エリアスの部屋から見つけたっていう毒のこと?」

「あぁ。正確にはポールの所持品だけどな。俺を犯人に仕立てるために、わざわざ治安隊に差し出してくれたんだ。お陰で証拠が取れたんですよね、旦那様」


 エリアスは私の肩に手を置いて、お父様に言う。さきほどのエリアスと同じで、お父様の表情も不満げだった。


「しかしそれだけで、私が犯人だというのは、弱くありませんか?」

「普通はな。だが、お前はこれを何処で入手した? 冒険者ギルドだろう。確か、病気を持っている家畜に使うとか言って依頼したそうじゃないか。すぐに殺処分すると、私たちがショックを受けるから、と記録に残っていたぞ」

「はい。その通りです。実際に使いましたので、他の使用人たちに確認を取ってもらえますか?」

「すでに取っている。が、これはカモフラージュか、もしくは予行練習だったのだろう。本当に使えるかどうかの」


 転生前の世界でも、人を殺害する前に、動物を殺害するケースがある。まさか初期段階があったなんて!


「お前は度々、その毒を購入しているな。解毒剤と一緒に入手しているから、怪しまれないとでも思ったのか? それとも名義がアドリアンだったからか」


 そうか。だからお父様は始め、叔父様が犯人だと思ったんだ。


「だが、取引はすべてお前がやっていた。この屋敷でイレーヌの食事に毒を盛ることも、お前にしかできない。まさかここにきて、アドリアンの指示だった、などと戯言は言うまい」

「ですが、実際アドリアン様は奥様を妬ましく思われていました。奥様がいなければ、旦那様に領地へ追いやられることはなかった、と」

「そうだな。恨みを買うようなことをしていた自覚はある。でも証拠が犯人はお前だと言っているんだぞ。冒険者ギルドで購入した毒と、私の食事に盛られていた毒が一致したからな」

「……そこまで調べられたのは、エリアスがいたからですか?」


 そう、エリアスのお陰だった。

 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』では、まんまとお父様は、叔父様の、いやポールの手にかかって命を落とした。が、今はこうして、やり込めている。

 私がお父様を助けてほしくて、教会で出会った。そのエリアスがいたから、ゲームでは暴けなかった真犯人に辿り着けたのだ。


「あぁ、そうだな。その点に関してはエリアスに感謝している。私の手の届かないところまで頑張ってくれたからな」

「なるほど。私が先に始末しなければならなかったのは、お嬢様でも旦那様でもなく、エリアスだったようですね」


 途端、背筋がゾッとなった。

 口ではエリアスの名を出していたが、視線は私を向いていたからだ。多分、私がエリアスを邸宅に連れてきたのが理由だろう。


 エリアスが少しだけ私の体を引き寄せた。


「ようやく認める気になったか。イレーヌの毒殺にマリアンヌの誘拐。さらに毒殺未遂の幇助ほうじょ。私に関しても未遂だが、これも罪になるのは分かるな」


 罪状を告げるお父様。すべてを合わせると、計四件だ。


「えぇ。認めましょう。ですが、お忘れですか? 大旦那様との約束を」

「生涯、面倒を見よう、だったか」

「はい。だから私はこの屋敷にやってきたんです。平民になりさがっても、生活水準が維持できるのならば構わないと思いまして」


 そうでなければ、平民になどなりたくはなかった。そんなポールの心の声が聞こえたような気がした。

 だから、思わず私はポールに尋ねた。


「どうしてそこまで平民を嫌うの?」


 話に割り込むつもりはなかったんだけど、知る必要があった。


 お母様を殺した理由と私を狙った理由。誘導したとはいえ、エリアスを犯人に仕立てた理由。

 共通点は平民だ。


 貴族が平民に成り下がるのは、とても不名誉なことで、我慢できないことなのだろう。しかし、それはポールの事情だ。殺人を犯していい通りはなかった。


「そうですね。お嬢様は知らないのでお教えしましょう。私がこの屋敷に来る前の話を」


 ポールはそう前置きをして話し始めた。自分が元貴族であったこと。祖父様に連れてこられたことなど、エリアスから聞いた内容と差異はなかった。

 話はさらに核心へと迫っていく。


「お嬢様はどうして、と仰るのも無理はないかと思います。貴族というのは、慈善活動、事業を求められる立場です。現に、このカルヴェ伯爵家もエリアスがいた孤児院に寄付をしています」


 穏やかに話しているものの、どこか棘があった。


「我が家は寄付ではなく、運営をしておりました。といっても、実際にやっているのは院長。この男が本当に孤児のことを思いやる人間ならば、父も騙されることはなかったでしょう」

「よくある話だ。寄付金を着服して私腹を肥やす者がいるのは」

「そうなのです。けれど、父はあまり人を疑うということを知らない人物でした」


 あぁ、と私は察した。転生前の世界でも取り上げられている事件だった。

 知らない相手を言葉巧みに騙すのではなく、親しい相手の懐に入って騙す。質の悪い詐欺である。


「院長という男は建物の修繕費の要求を皮切りに、子供たちの食費や面倒を見る職員の人件費。加えて、子供たちの将来を考えて教育費が欲しいと言ってきたのです。最後はネタがないのか、寄付金が足りないため、父からも出してもらえないか、とまで言ってきました」

「……まさかその要求を全部?」

「えぇ。支払っていましたよ。我が家が傾いても、お構いなしに」


 こ、これは無心してきた叔父様よりも酷い。

 誰がって? 院長? それともポールの父親?

 勿論、両方よ。


「マリアンヌ。非難したい気持ちは分かるが、我がカルヴェ伯爵家は、その誠実な心に助けられたんだよ」


 お父様の『誠実』という言葉に、ポールがフッと呆れた態度を示したのが見えた。

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