第5話 スキルマスター達の集会
「ふぅー、疲れた。やっと授業が終わったよ」
今日の終わりを告げるチャイムが鳴り、私はお勤めを終えた囚人のような気分で肩を叩いて教室を出ようとしたのだが、正也君に呼び止められてしまった。
「待てよ、まやか」
「何、正也君?」
「今日はありがとうな。お前って部活は入ってなかったよな?」
「入っているけど。今日は休みだね」
友達がいないように見える私だが一応部活には入っている。美術部だ。
美術はいい。一人で出来るから。この前もせっせと一人で瓶やリンゴを描いていた。
「そうか、お前美術部だったのか」
「うん」
彼は何を言いたいのだろうか。かっこよく似顔絵を描いてくれ家に飾りたいからというのなら彼のやる気アップと仕事の労いを兼ねて描いてやってもいいが、嫌な予感がする。
無視をしても後から言われそうなので、私は聞く事にした。
「俺に付き合ってくれないか?」
「どこに?」
「これから近所のスキルマスターが集まる集会があるんだ。お前にも来て欲しい」
「なんで、私が?」
「お前だってあのミノタウロスを見ただろう?」
「それは見たけど。あっ……」
「それじゃあ、来てくれ」
口を塞ごうとしても後の祭りである。
面倒な事件が起こった後は面倒な対策会議がある事ぐらい予想できることなのに。
私は正也君に手を引っ張られて連れていかれるのだった。
近所のスキルマスター達の集会。どこでやるのかと思ったらこの学校だった。
私は正也君に手を引かれ、日頃立ち寄る事のない人気の無い会議室に連れてこられた。
「ここでやるの?」
「ああ、そうだ」
今更怖気づいても仕方がない。それに私も正也君の活動には少し興味がある。
今後の為にも様子を見ておいてやろう。私は正也君に続いて部屋に入る事にした。
そこには数人の男女がすでに集まっていた。
みんなスキルマスターのようだ。そんなただ者ではないような威厳のあるオーラを感じる。私は正也君と並んで席に着く。
彼らの中に正也君の知り合いがいたようだ。他校の制服を着た男子が手を挙げて挨拶してきた。
リアルの充実してそうな陽キャの笑みだ。私の苦手なタイプ。別に陰キャが得意なわけではないけど。
他の人達は興味が無いようで視線を合わせても来なかった。みんなこれからの話し合いの方が気になっているようだ。
「よっ、来たか相田」
「どうも……」
正也君は短く答える。緊張しているのだろうか。まあ、これから話し合う内容がこの学校に関わる事なら、彼が緊張しているのも無理はないかもしれない。
私はお手並みを拝見させてもらうだけだ。
正也君に話しかけた男子は続いて私の方に目を向けてきた。
「その女子は誰だ? 見ない顔だが」
「ん?」
いきなり興味なさそうだったみんなの視線がこっちに向いてきて私は緊張して背筋を伸ばしてしまう。
あんまりこっちを見ないでください、頼むから。私は注目される事に慣れていないのだ。
(はいはい、すみませんね、スキルマスターでも無い部外者が集会に来て)
言えればいいのだが、私の口はそんな気の利いたセリフが言えるようには出来ていない。ただ戸惑ってしまうだけだ。
私は教室の黒板の前に出てチョークで答えを書くだけでも上がってしまうタイプなので、みんなの注目というのが本当に苦手だ。
幸いにも私の代わりに正也君が答えてくれたので私は助かった。
「彼女は俺のクラスメイトの天坂まやか。スキルマスターではないが、今回の事件を見ていたから連れてきたんだ」
「そうか」
それでみんな興味を失ったように視線を戻してくれた。そうだ、私はただの一般人。君達が注目するような人間ではないのだ。
そして、スキルマスター達の会議が始まった。最初に正也君に声を掛けてきた男子が話を切りだした。
名前は知らないがイケメン王子とでも名付けておこう。別に私のタイプではない。
「では、今回の議題についてだ。相田、頼む」
「ああ」
バトンを受けて正也君が立ち上がった。事件はこの学校で起こったのだから彼が話をするのは当然か。
何せこの学校にミノタウロスが現れたんだものね。都市を破壊したとニュースになったほどの手強いモンスターだ。
これが大変な事なのは私でも分かる。私は当然今日はその事について話し合われるのだと思っていた。
「皆さんお集まりいただきありがとうございます。本日の議題ですが……」
だが、続いてスライドに映された写真を見て驚いてしまった。
「これは俺がスマホで何とか撮る事に成功した写真ですが……」
私じゃん。あまり上手く撮れてないけど明らかに変装した私が映っていた。何でだろう、わけが分からないよ。
こんな地味な私よりミノタウロスの方がよほど大変でしょ? 私はなるべく目立たないように気配を押し殺す。
「おそらく魔王だと思われます」
おお、と場がざわめく。私とミノタウロスは仲間だと思われているのかな?
だとしたら心外だ。私はあいつを倒して学校を守った立場なのに。何か反論した方がいいだろうか。
いや、話がどう転ぶか分からないし、度胸もない。それに何よりもこの他校のスキルマスター達と関わり合いになりたくなかった。
慎重な私は静観を選んだ。
「こいつが本当に魔王なのか?」
もっともな質問が飛ぶ。私は『魔王』というスキルこそ持っているが、自分が魔王だとまでは思っていない。
そのスキルの名前も図書室の本にそう書いてあったからそうだと認識しているに過ぎない。
書いた人も天使やアイドルと名付けてくれればいいのに気の利かない著者である。
正也君は答える。
「ああ、奴の使った黒い炎はヘルファイア。魔王の呪文だ。その際に奴が展開した魔法陣も奴が魔王である事を示している」
呪文や魔法陣に魔王の物なんてあるのか。初めて知った。正也君は図書室の本で適当に調べた私よりも魔王の事に詳しいようだ。
学校の成績も彼の方が上だから当然か。交友関係も広そうだし。
「でも、なんで魔王がこんな所に現れるんだよ。この学校には魔王が狙うような何かがあるってことか?」
一人の少年が質問をする。確かにそれは気になる。魔王はともかくミノタウロスはなぜここに現れたのか。正也君は答えた。
「いや、この学校は何も特別な事は無い普通の学校だ。俺はスキルマスターとしてこの学校を守ってきたから分かっている」
「あなたの知らない何かがある可能性は?」
別の少女が疑問を口にする。正也君は首を振った。
「いや、それは無いと思う。この辺りにはずっとスライムやゴブリンのようなザコモンスターしか現れなかった。ミノタウロスが現れたのは全くの偶然だと思う」
「偶然なのか?」
「ああ、おそらくこの学校を攻める意図は魔王には無いのだろう。だから偶然離れたミノタウロスを自分で始末しにきた。俺はそう考えている」
正也君は断言した。スキルマスターがそういうのならそれは事実なのかもしれない。
少なくとも魔王がミノタウロスを始末する為に動いたのだということを私は知っている。
「魔王はミノタウロスを一瞬で倒すほど強いのか」
「ああ、それに自分の手下を容赦なく殺す冷酷な心を持っている」
ん? 話が変な方向に行き始めたぞ。私は別に冷酷な心なんて持っていない。ミノタウロスは私の手下ではないし、みんなと同じようにこの学校を守りたかっただけだ。
あの戦い自体、正也君がきちんと余裕を持って自分の仕事をしてくれていれば必要なかったのだ。
私は魔王の為に何か発言しておいた方がいいだろうか。一応あの戦いを見ていた立場なわけだし、知らない間に極悪人にされたら困ってしまう。
今はこの会議室の中だけの話だが、解散すれば全国に広がる可能性がある。危険の芽は減らしておきたい。
「あの……、一ついいですか」
ここで私は手を挙げた。みんなに注目される。私なんかが発言してもいいのだろうか。緊張で体が震えてくる。
しかし、ここは私の通っている学校だ。事件はここで起きたのだし、部外者はむしろ他校の彼らの方。
連れてこられたからには私にも発言の権利があるはずだ。
「発言を。天坂さん」
「ああ、うん」
よかった。やっぱり彼は頼りになる。正也君が私の発言を促してくれたので、私は口を開く。
「えっと、その……。さっき正也君も言っていましたが、魔王の目的はあくまでミノタウロスを倒すことです。この学校に何かをするつもりはないと思います」
「何故そう思うの?」
「倒した後で何もせずに帰ったのがその答えだと思います」
「ふむ、一理あるか」
どうやら私の答えは一理あるようだ。とりあえず一矢報いたので私は着席する。会議の続きを聞こう。
「魔王は俺にこれからも仕事に励めと言い残して姿を消した。俺達の事なんて相手にしていないというのが正直なところだろうな」
「魔王の目的はもっと他の所にあるという事か」
「あるいは単に興味が無いだけかもしれませんね」
「魔王の目的はなんなのかしら」
何事もなく毎日を暮らす事ですと答えられたらどれだけ楽だろう。自分の正体は明かせないので私は黙っているしかない。
このスキルにどれだけの影響力があるか分からないんだもの。いっそ私のスキルなんて影が薄いとかで良かったのに。議論は続く。
「魔王は人間と敵対するつもりはないのかしら」
「そんな事は分からない。ただ、魔王は今のところは人間に敵対する気はないようだ」
「でも、スライムやゴブリンは攻めてくるんだよね」
「うむ、奴の考えは分からん」
ともあれ、魔王を語るには材料が無さすぎた。そのまま議論が雑談になって終わろうとした時、学校に警報が鳴り響いた。
これはまたスライムかゴブリンが現れたのだろうか。それともミノタウロスだろうか。正也君は立ちあがる。
「俺が行ってくる! みんなは避難してくれ!」
「おいおい、俺達もスキルマスターだぜ。ここは戦わせてくれよ」
「そうだよ。僕だって戦うよ」
「敵がスライムやゴブリンだって手助けはあった方がいいでしょう?」
「ありがとう。それじゃあ、一緒に来てくれ。まやかはここに残ってるんだぞ。いいな?」
「ああ、うん……」
正也君がそう言うので私はここに残る事にした。
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