百年越しの因縁⑤


 ロバートは語る。


「レビヤ山で魔族の将軍と出会ったときだったか? ルミナが二重詠唱で相手を倒そうと持ちかけたとき、お前、自分がなんて言ったか覚えてるか? 『私は無詠唱で撃てるから必要ありません』だよ!」


 グロリアは黙って静かにそれを聞いていた。


「エルフの賢者と呼ばれていたルミナのプライドなんて考えたこともないんだろ、本当にあの頃のお前は非情で仲間を仲間とすら思ってないやつだった。おっと、本当に仲間だとは思ってなかったんだったな。うっかりしてたよ!」


 自分の過去の行いとひとつひとつ向き合わされながら、グロリアは反論もせず、ただ黙って全部を受け入れた。

 言われて、そんなことも言った気がする、とグロリアはすべてをうっすら覚えていた。

 当時の自分が彼らにかけた言動は悪意がない分、余計にたちが悪い。


(恨まれても当然ですね……)


「それにバルドメロのヤツもお前のソロ気質には手を焼いてたな。タンク役の自分を飛び越えて無双するお前に騎士のプライドずたぼろだってよく俺にぼやいてたよ。まああいつ自身ござる口調がちょっとウザいって短所はあったが、パーティーに貢献したいって思いは確かにあったんだ」

 

 うつむくグロリアに、ロバートは立て続けに過去のことを責める。

 ザカリアスが去った後、ロバートはずっとこの調子でグロリアをなじってきた。


「お前はそういうバルドメロの思いさえ理解せず、踏みにじっていったんだ。強い自分さえいれば事足りるってな。だが、そんな強さになんの意味がある? お前はただ無暗やたらに強いことしか能がない欠陥人間だよ!」


 叫ばれた言葉に、グロリアは目を閉じて耐える。

 彼の言うことは……本当に全部、本当だ。言い返す気力すら持てないほどに。

 青い顔をして立っているグロリアは、いつ倒れてもおかしくないほど罪悪感を抱えていた。

 たとえ本当に倒れても、ロバートは容赦しないだろう。

 それほどまでに彼の恨みも深い。


「お前の人でなしっぷりはいくらあげつらっても切りがないぜ、ったく。このまま夜になるまで昔のお前のことについて語っててもいいが、そろそろお嬢様も目が覚めてもいい頃だ」


 ロバートはそう言って、底意地悪そうに口の端を吊り上げる。


「どうせ昔の自分の話なんかしたことないだろ? だったらこの際ゆっくり聞かせてやろうぜ、お前の欠落人間っぷりを聞いたらこのお嬢様、どんな顔すんだろうな――」


「それは……」


 フィリアナの名を持ち出され、初めてグロリアが難色を示す。


「大切なお嬢様には昔の自分のクズっぷりを知られたくねえってか? ムシがよすぎるぜ。そういう卑怯なところは残ってたんだな!」


 眠るフィリアナが自分の真実を知ったらどんな反応をするのか、グロリアは考えただけで震えそうになった。

 悲しませるのか、蔑まれるのか――どちらにせよ、彼女にそんな表情をされたら、生きているだけで辛くなる。


「ロバート……なんでも言うことは聞きます。でも、これ以上、お嬢様を巻き込むのはやめてください……!」


 必死に懇願するが、ロバートの顔は退屈そうなままだ。


「お前が俺に指図できる身分じゃねぇって、まだわかってないようだな? 結界にイタズラしてやってもいいんだぜ、そうすりゃお嬢様の目覚めも早くなるはず――」


「ロバート、やめて!!」


 グロリアは魔法陣を向けてみせるロバートを激しく制止する。

 そのとき、遠くから誰かが喚く声がした。

 その声はだんだん近くなる。

 グロリアとロバートは同時に空を見上げた。


「……うわ~~~!! ぶつかるよぉ~~~!!」

「ぶつからん! 我のコントロールは完璧だ!!」

 

 男女の悲鳴とともに、自信に満ちた声が言う。

 ザカリアスだ。

 一足先に神殿の屋根に降り立った彼は、後から落下してきた三人を振り返り、ぱちんと指を鳴らす。

 てんでばらばらの恰好で落ちてきたニーナ、ニコラ、ルカの三人は屋根に激突する寸前でゆっくりと浮遊し、安全に着地することができた。


「はぁ……いきなりブッ飛ばされたときはどうなることかと」

「スカートの中、見えてなかったかなぁ……」

「でも、ほんのちょっと面白かったね!?」

「それはねぇよ」

「ニーナちゃん、アグレッシブだなぁ……」


「皆さん……!!」


 その姿を見たグロリアが声をあげる。

 ニーナたちもグロリアの姿を認めて一瞬嬉しそうにしたが、すぐそばで結界に閉ざされたフィリアナを見て、顔色を変えた。


「フィリアナさん! 無事なの!?」

「信じられないぐらい複雑な結界……!」

「おい……なんなんだ、この雑魚どもは?」


 ロバートは低い声でグロリアに問いかける。

 その視線はニーナたちに据えられていた。

 

「ボクたちは、グロリアさんの仲間だ!!」


 グロリアが答える前に、ニーナが胸を張って言う。

 ロバートは声を失った。

 信じられない言葉を聞いたかのように絶句し、見る間に頬を紅潮させていく。

 

「――ふざけんじゃねぇ!! お前に仲間なんかできるか! お前みたいなひとでなしに、本当の仲間なんかできやしねぇ!

 そいつらと薄っぺらい関係築いたところで、お前自身は昔となんも変わりやしねぇんだよ!!」


「――おい! そこのお前、誰だか知らないけど、グロリアさんのことをボクたちの前で悪く言うのはやめてくれるかな?」

「グロリアさんは私たちの仲間なんだから!」

「それ以上言われると、俺たちもムキになるぜ?」


 ニーナたちはグロリアを守るように前に出て、ロバートを睨み始めた。

 その威圧にロバートはあとずさりして悔しげな表情を浮かべる。


「――古い仲間とのえにしなんぞ、新しい仲間と得た絆の前には脆いものだ。勇者よ、お前は自分が思っているより孤独ではないぞ?」


 今まで黙っていたザカリアスは、静かにそう言った。

 今度はグロリアが声を失う番だった。

 自分は百年前と、なにひとつ変わっていないと思っていた。

 だが、グロリアの意思に関係なく、彼らはそこにいる。

 グロリアの目の前にいる――。


 仲間が。


「雑魚どもが群れたところで、なんの戦力にもならねぇよ!!」


 激昂したロバートは懐から巻物スクロールを取り出すと、かたわらにそれを叩きつける。

 眩く強い光があたりを包み、その中から皆の前に姿を現したのは――黒い鋼のような禍々しい鱗を持つ、一体のドラゴンだった。

 その姿を見て、ザカリアスとグロリアは同時に息を呑む。


「――こいつは解析した魔王の血を元に造り上げた、言わば魔王の複製体クローンだ! 人間の生命力を吹き込んで、他のキメラとは一線を画す戦闘力とタフさを誇っている! 最後の最後に投入して祭りを盛り上げるつもりだったが、ここで使わせてもらう!!」


「なっ、我の複製だと……勝手なことをしおって!!」


 その姿は、魔王ザカリアスの邪竜としての真の姿に酷似していたが、金色の眼光は無機質に冷たく輝き、魂のない人形のような雰囲気を湛えている。理性や意思といった類は感じられない。

 不気味な己の複製を見せつけられて、ザカリアスは嫌そうに歯噛みする。

 ロバートの右手の魔法陣が強く光を放った。

 それに呼応するかのように、黒い翼をはためかせ、上空に舞い上がるドラゴン。


「行けっ、雑魚どもを蹴散らせ!!」


「やめてください、ロバート!!」


 グロリアはロバートを制止する。

 だが、その向こうにいるフィリアナが視界に入り、とっさに動けない。

 上空のドラゴンが顎を開き、闇の炎のブレスをニーナたちに向けて吐き出した。

 焦るニーナたちのもとに、ザカリアスが前に躍り出て、両腕をかざし、結界を展開させる。

 結界は直撃する闇の炎をすべて受け流した。


「勇者は手が出せない……我が戦ってやってもいいが、今はお前たちに暴れてもらう!!」


 炎が消え去った後、結界を解くと、ザカリアスはそう言った。


「ボクたちが……あのドラゴンと!?」

「おいおい、殺す気かよ!」

「戦いたいのは山々だけど、私たちじゃ……!」


 闇のドラゴンの威容を目の当たりにし、ニーナたちは動揺している。

 だが、ザカリアスはあくまで冷静だった。両の手のひらを重ね合わせるようにして近づけると、そこに魔力が形を成し、渦を巻いて膨れ上がっていく。


「わかっている。今のお前たちでは相手にならん。だからこそ、我が手を貸す!」


 ザカリアスは手の中の魔力を天に向かって放ち、打ち上げた。

 空から放物線を描いて落ちてきた魔力の塊は、ニーナ、ニコラ、ルカの三人に降りかかり、身体に同化していく。


「なっ……にこれ……!?」


 ニーナは内側から熱く燃え滾るような力の高まりを感じ、驚いたように指を動かした。


「我からの強化の加護だ! しばらくの間、お前たちの潜在能力を高めておいた。

お前たち三人ならあのちんけな複製竜とも対等に渡り合える! 行ってこい、蒼穹の燕ブルー・スワロー!」


 ザカリアスが発破をかけると、下降したドラゴンが咆哮をあげて襲いかかってくる。

 未知の力に戸惑う三人だったが、その中でニコラがとっさに矢を三本同時につがえた。


「クソッ、やるしかねぇ!」


 半ばヤケっぱちで弓を引き絞り、放つ。すると、その矢たちは速度をあげて飛んでいき、白く清浄な光を纏って強く輝いた。

 強い光を纏ったそれが翼を貫き、傷口から白い炎が燃え上がる。

 痛みに咆哮するドラゴン。


「なんだあれ!?」

「魔法だ……!」


 ルカが圧倒されたようにつぶやいた。


「昔、ニコラにもちょっとだけ魔力があるっておばあちゃん言ってた! きっとそれだよ!」

「んなっ……そんなのがあんな威力で!?」

「強化の加護というのはそういうものだ! あるものを最大限に引き上げる!」


 怒り狂ったドラゴンは前脚を上げ、大きく尻尾を振りかぶるような動作を見せる。

 とっさにニーナが皆を庇うように前に飛び出た。


「今度はボクの番だ! いっくぞおおおっ!!」


 振り下ろされた巨大な尻尾。

 ニーナは両足を大きく開いた姿勢で構えると、すさまじい勢いで叩きつけられた尻尾をがっちりと両腕で抱き留める。

 とんでもない怪力だ――皆が呆気にとられているうちに、ニーナはもっと驚くべき行動に出る。

 

「ふぬ"ぬ"っ! どりゃあああっ!!」


 両腕で抱えても余る巨大な尻尾を抱き、ニーナはそのまま竜の巨体を振り回し始める。

 ドラゴンはのたうってニーナから逃げようとするが、その怪力の前には無力と言ってもいい。

 烈風を巻き起こして回転するドラゴン。

 やがてニーナは「ふんッ!」と力を込めてドラゴンの身体を放り出す。

 投げ出された先は王都の広場。石畳を破壊し、ドラゴンの巨躯がそっくり返って落下する。


「ルカぁ! 追撃だ!」


「うんっ! いけぇっ――《火球ファイアボール》!!」


 その隙を逃さず、ルカがスタッフを振り下ろす。

 と同時、宙に現れたのは、六つもの巨大な火の玉の群れだった。

 六連の《火球ファイアボール》は怒涛の勢いでドラゴンに降り注ぎ、爆発。天まで届くような高い火柱が立った。


「なんて……威力だ……!」


 激しい熱風が旧神殿の屋根にまで押し寄せてくる。

 その壮絶な破壊魔法を目の当たりにし、ロバートが茫然とつぶやいた。


「これが強化魔法……!? こんな簡単に雑魚どもが魔王の化身をコテンパンにするってのかよ!」

「あれごときで魔王の化身を名乗るな、おこがましい。真の我より何百倍も劣化してるに決まってるだろう」


 ザカリアスは驚くロバートを冷たく一瞥すると、広場に目を戻した。

 連続の《火球ファイアボール》に焼かれたドラゴンは身体が半壊し、骨肉を晒してアンデッドのような様相をしていたが、その傷がみるみるうちに修復していく。

 今度、驚くのはザカリアスの方だった。


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