襲撃
異形の魔物が、大きな尻尾で会場席を破壊する。
悲鳴があがり、会場全体は混乱に包まれた。
(召喚術式の刻まれた
会場の悲鳴を聞きながら、グロリアは武器を持って魔物の方に疾走した。
背中になにかが乗る感触がする。振り返ると、ザカリアスが肩にしがみついていた。
「勇者よ!」
「どうしたんですか急に――」
「“アレ”は魔物などではにゃい……!」
ザカリアスは全身の毛を逆立たせ、そう言った。
その声は、忌まわしさに満ちている。
グロリアの前に、巨体が立ちはだかった。
その姿をよく見る。ひとつの身体に、ふたつの頭と蛇の尾――キマイラかと思ったが、それは見た目が酷似しているだけだ。
グロリアは見たことのない異形の姿に息を飲んだ。
獅子の顔と身体はマンティコア、山羊の頭はバイコーン、蛇の尾はバジリスク。
それは、別の魔物同士を強引に繋ぎ合わせてできた
巨体が動くたび、身体の繋ぎ目から粘液のようなものが垂れ落ちてくる。
おぞましい姿だ。
冒涜的だと言ってもいい。
「“アレ”を葬るのにゃ、勇者よ。あの三体をあのままにしておくことなどできぬ……っ!」
「……わかってます」
ふたつの頭部についている眼は赤く血の色に染まり、破壊衝動に狂い果てていた。
ここまで存在をいじくられても、死ねない命があるなんて。
それはなんと呼ぶべき地獄なのだろう。
グロリアは正面切って攻め込み、獅子の頭をまず落とそうとした。
すると獅子が咆哮し、その顎の中から淀んだ色の霧のようなものが立ち込める。
「毒霧にゃぁ!」
ザカリアスの叫びを受けるまでもなく、グロリアは地を蹴って高く跳躍。立ち込める毒霧からはなんとか逃れる。だが――、不気味な馬のいななき声が響く。その瞬間、グロリアの身体に雷撃が落ちた。
(魔法を使う……!)
地面に転がって、すぐ体勢を立て直す。そして顔を上げた先にあったものは、蛇のバジリスクの鋭い眼光。
「ッ!!!」
とっさに眼を閉じ、バックステップを何度も取って退避。
石化の視線は届かずに済んだが、これでは間合いに入れない。
マンティコアは毒霧。バイコーンの頭部は魔法。バジリスクの尾は石化のまなざし。
前方後方ともに守りが堅い。魔法で空中からの攻撃さえカウンターされてしまう。
「グロリアさーん!!」
異形と睨み合うところに、ルカが遠くから呼んでくる。
ルカたち
「こっちは私だけで平気です! 皆さんは引き続き避難誘導を!」
グロリアはそう叫び返した。ルカたちが会場を無事に出るのを見送ると、睨み合っていたキマイラもどきが不意に動き出した。
(その方角は………ッ!!?)
グロリアが目を見開く先では、フィリアナが足を怪我した少女を背負い、なんとか歩き出そうとしていた。
「やめろぉぉぉぉーッ!!!」
グロリアはあらん限りに叫び、マンティコアの顔が突進をかけてくるルートに躍り出た。
衝撃。
鈍痛。
マンティコアの体当たりを受けたグロリアは吹き飛び、観客席にぶつかって木片の中に埋もれた。
ほんのわずか、意識がぼやけた。
「グロリア!? グロリア―――っ!!」
泣きそうなフィリアナの声がする。
反射で身体が動き出そうとするが、上手く動かない。憑依していた土の精霊王は、今ので深手を負うことからグロリアを守って精霊の世界に還っていってしまったようだ。
それでも動けないのは、
(先に片づけてしまえば、お嬢様に危険はないと……そう思って、行動したのに……)
グロリアはらしくもない後悔にまみれる。
身体の自由が戻るまで、あと何秒かかるか。
そう計算していたとき、ザカリアスがひょこっと視界に現れた。
「娘たちはギルドのスタッフと逃げたのにゃ。まーったく、だらしないにゃあ! こうにゃったら魔王たる我が、貴様に戦い方というものを教えてやるのニャッ」
ザカリアスはそう告げると、キマイラもどきの方に身体を向けた。
まさか戦う気かと問う間もなく、黒猫は走り出していく。
正気とは思えない行動に、グロリアは悲鳴をあげる身体を無理やりにも起こす。
「魔力が戻ってないんでしょうッ!!?」
「戻ってよーが戻ってまいが関係にゃいっ!!」
ザカリアスは吼えて、マンティコアの顔面を睨む。
それが大口を開けて毒霧を噴射してくる前に、ザカリアスは素早い動作でジャンプ。マンティコアの背中に飛び乗り、無理やりよじ登っていく。
すると当然、バイコーンの頭部が睨めつけてくる。ザカリアスは「シャアッ!」と威嚇の声を放つと、その馬面に爪を立てて飛びついた。眼を引っかかれたバイコーンの悲鳴がこだまする。
ザカリアスはバイコーンの頭部にしがみついたまま、なんとか背後に視線を持っていった。
バイコーンの視界が戻ると、そこにはバジリスクの目玉。
もだえ苦しむ声を上げる間もないまま、バイコーンは石化する。
(予想通り、もともと別個の魔物同士だから石化が効いたのニャ……!)
獅子奮迅。ならぬ、猫奮迅。
知恵を振り絞り、捨て身で向かったザカリアスはふたつの頭のうちひとつを潰した。
石になったバイコーンにしがみついたままのザカリアスを、バジリスクの尾が狙う。
そのとき。
刃の一閃がバジリスクを両断する。
「まったく、無茶する魔王ですね」
「勇者!」
「あなたばかり活躍させてもいられないので起きてきましたよ」
魔剣と聖剣を携えた元・勇者は、そう言いながら肩に飛び乗ってくる黒猫を呆れたように見る。
「魔物の命を冒涜したこの行為を、魔王である我が許すはずないニャ。こんなむごいことは我が終わらせるべきなのニャ……!」
「私も、お嬢様の安全のために見逃すわけにいきません」
「じゃあ一緒にやるかニャ!」
「いいですよ――」
そう言い、グロリアは頭と尾を失っていよいよ狂乱する異形を見た。
荒れ狂い、牙を剥くマンティコア。
その哀れな姿も、今に終わる――。
「魔法剣、《
「我の加護つき!」
グロリアが叫びとともに斬りかかる。
鋭い斬撃でマンティコアの顔は真っ二つに離れ、断面からは漆黒の炎が噴き上がる。
魔王による、弔いの炎。
「まさかあなたと協力するとは思いませんでした」
「ふっふーん、光栄に思うんだニャ!」
異形を退治したひとりと一匹のもとに、仲間たちが駆け寄ってくる。
「グロリアー! マオちゃーんっ!!」
そこにはフィリアナの姿もあった。
フィリアナは猛進してグロリアに抱き着いた後、肩に乗っていたザカリアスを抱き上げ、こう言った。
「二人とも無茶してたの見てましたわ!! 特にマオちゃんあなた猫ちゃんなのに、あんなおっきいのと戦ったりして……! めっ、ですわよ!! もう、心臓がいくつあっても足りませんわっ」
「お嬢様、あまり抱き締めすぎるとマオちゃんの心臓が……」
むぎゅっとザカリアスを抱いたお嬢様は、そのままプレスする勢いだ。
キマイラもどきよりも何よりも、今、フィリアナがザカリアスを殺しそうである。
「はっ、私ったらつい……マオちゃんがいくらかわいいからって!」
「はっはは! 面白いお嬢様っているんだなあ」
「面白いってレベルじゃねーだろ、あれは……」
戯れるメイドと猫とお嬢様を見て、仲間たちも笑う。
「グロリアも、今までいっぱい素敵な試合を見せてくれましたけれど、こんな危険な戦いをしたらダメですわっ! 私心配しすぎで死んじゃいますものっ」
「す、すみません、お嬢様……」
フィリアナに言われては、グロリアも立つ瀬がない。
少ししゅんとしたグロリアを見て、フィリアナは安心したように笑い出すと、大きく両手を広げてこうも言う。
「……でもっ、やっぱり無事だったんですもの! たくさん試合に勝ったのもめでたいことですし、今日はパーッとお祝いのパーティーをやりましょうっ。もちろん、一緒に戦った仲間の皆さんも一緒に!」
その言葉に、ニーナ、ニコラ、ルカの表情が変わる。
「えっ、ボクたちも……いいんですか?」
「初対面なのに、なんか悪いな……」
「き、緊張しちゃう……」
「遠慮なさらなくて大丈夫ですわっ、
明るく笑ってそう言うフィリアナに、皆のそわそわした空気もなんとなくほぐれていくのがわかる。
グロリアは、ふと笑って、フィリアナと仲間たちを見た。
「そうですよ、皆さん。私たちには優勝賞金も入るんですし、祝勝会ぐらいやったって怒られません――」
「あのー、そのことなんだけどね、グロリアさん……」
言いにくそうにするニーナ。
彼女はもじもじとしながらこう言った。
「ギルドの偉い人がさっき来て、試合の判定が降りる前に魔物が現れて混乱が起きたもんだから、今回のトーナメントは中止……って」
グロリアは硬直する。
バジリスクの石化が今頃効いてきたのか不安になりだすほど、彼女の動揺は深かった。
長い沈黙。
そして………。
「――ちょっと、その偉い方とお話してきます……」
「ああっ、ちょっとグロリアさん! なんで剣持ったままー!?」
「この“眼”はやる気だぞ!! 早く止めろ!!!」
「グロリアさん行かないで~!!!」
失意のグロリアは、仲間三人に力ずくで止められるまで、決して歩みを止めなかった。
フィリアナの腕に抱かれて、ザカリアスは内心だけで呟く。
(やっぱあいつもバカだニャ……)
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