はじめての冒険①


「冒険者の方々に来て頂けて光栄です。わが農園は幸運にも魔物の被害もなくこれまで二十年経営しておりましたが、それも年貢の納め時なのでしょうか……ついに魔の手にかかってしまったのです。ああ、恐ろしい……」


 そう話すのは依頼人のリーヴ氏。


 でっぷりとした体躯に白い髭を生やし、豪農らしく仕立てのいい服を着ている。

 ナタン村の彼の家に到着した一行は、彼の案内を受け、大きな畑の方に移動していった。


「私、魔物は初めて見ましたが……あんなにも恐ろしくおぞましいものだとは思いませんでした。

人間の言葉など一切通用せず、ただ欲望のまま田畑を荒らし、帰っていく……おお、思い出すだけで震えが……」


 プルプル震えるリーヴは、急に足を止めた。


「はっ――!? ご覧ください、今まさにやられている最中です! ああ、恐ろしい! 冒険者の皆様、後はよろしくお願いいたしますよっ! 私は聖書を読んで心を鎮めて参ります!」

 

 リーヴの指し示した遠くでは、小柄な影が実った作物を乱暴に引き抜こうとしている。

 体型からは想像もつかない俊敏さでリーヴは逃げ出す。


「よしっ、やろう! 泥棒たちを捕まえるんだっ」


 といってニーナは全力ダッシュ、畑の方に向かっていく。

「あのバカ、段取りも何もねぇ!」「ニーナちゃん、一人は危ないよ……!」そう言いながら矢を取りつつ走るニコラに、ルカも自分の荷物を持って追う。

 グロリアも当然走り出した。


「ゴブっ!?」

「ゴブブ……!」


 ゴブリンたちは突然現れたニーナたちに驚き、口の中に放り込んでいた作物を地面に落とした。

 その姿を見て、一行は唖然となる。


「え……子ども……?」


 ゴブリンの影としては小柄な方だったが、間近で見てそれははっきりとわかった。

 頼りない身体の線に、つぶらな眼、未発達の小さい牙。人間でいったら年端も行かない少年、少女ぐらいだろうか。その幼さに全員は衝撃を受けた。


 困惑。


「こ……子どもでも、捕まえなきゃ……」


 誰かがそう言った一言がきっかけだったように、幼ゴブリンたちは「ギギィーッ!」と盛んに鳴きながら作物を持って逃げ出した。ごろごろと手落とした芋たちが転がってくる。

 調子を崩されそうになりながらも、皆はそれを追いかけた。


「ま、まま、待てぇーっ!」


 足の速いニーナが最後尾のゴブリンに肉薄し、思いっきりスライディングするように駆け込んだ。


「ギギギィ~っ!」


「貰ったぁー!!」


 ニーナは最後尾のゴブリンの肩を掴むと、そのまま自分の方へと引き寄せ、捕まえた。

 捕まったゴブリンは悲鳴をあげる。暴れるそれを胸で抱きかかえ、ニーナは立ち上がろうとした、が、


「ゴブッ!」

「ゴブッゴブッ!」

「ゴブーッ!」

「え、ちょっ、待って痛ッ、痛い痛い痛いーッ!」


 最後尾の仲間が捕まったと知るなり、前のゴブリンたちは全員ニーナのもとに結集し、手にしていた作物でガンガン殴りかかり始めた。

 固い根菜ばかりなのでどれも凶器だ。ニーナは寄ってたかって全身を野菜で叩かれ、殴られまくる。

 ニーナが思わず腕を放すと、攻撃は止み、仲間を取り戻したゴブリンたちはまた逃げ出す。


「ううぅ……ジャガイモってこんなに痛いんだねぇ……」

「ニーナちゃん大丈夫……!?」

「森に逃げられたら追跡のハードルが段違いだ! 目視できるうちに追うぞ!」


 そう言ってニコラは素早く矢をつがえ、撃った。

 ピュンッ、と鋭く風を切り、放った矢が幼いゴブリンの目の前の地面に突き刺さる。


 「ゴブッ……!?」ゴブリンは警戒したように後ろを振り返った。


「おい、ルカ! 今だやれ!」

「うっ、うん!」


 ニコラに言われ、ルカはポーチの中から布袋を取り出すと、それを大きく放り投げた。


「パフパフの実!」


 地面に落ちたそれは、中から白い粉を巻き上げて風に散っていった。

 近くにいたゴブリンはそれを吸い、ふらぁっと酔っ払ったような足取りになる。

 やがて倒れ込んだゴブリンはがーがーといびきをかき始めた。


「ごめん、一匹しか効かなかったみたい……!」


 申し訳なさそうにルカが言う。

 睡眠状態に陥った仲間を、他のゴブリンが背負ってまた逃げ出す。


「仲間のことばっかだな、あいつら……」


 皮肉そうにニコラは呟く。

 幼いが、仲間意識の強いゴブリン。普通のゴブリンよりも遥かにやりづらい相手だ。


「ですが、眠っている仲間を気にして速度は落ちています。今がチャンスです」


 グロリアはそう言うと、ニコラたちは彼女を振り返った。


「何か考えがあるの……?」

「ええ、まずはルカさん、さっきのパフパフの実のパウダー、まだ予備はありますか?」

「う、うん……!」

「その次はニコラさん、力をお借りしたいんです」


 ニコラは少し怪訝そうにしたが、頷いた。

 グロリアはパウダー袋を受け取ると、ニコラから借りた矢にそれを巻き付けた。


「これをまたゴブリンたちの近くに撃ち込んでください」

「よくわかんねぇが……とりあえず言う通りにするぜ!」


 ニコラはパウダー袋のついた矢を放つ。

 鳥よりも素早く風を切って走る矢。

 グロリアはそれを目視しながらつぶやいた。


「《風属性付与ウィンド・エンチャント》」


 言葉に呼応して、矢が風の加護を纏う。

 そして矢が地面に突き刺さった瞬間、ぶわぁっ――と大きな風が吹き渡り、袋の中身を激しく撒き散らす。


「ゴ、ブ……?」

「ゴブゥ………」


 立ちこめた甘い香りに、ゴブリンたちは誘われるがまま全員眠りにつく。


「うわあ、すごい……!」


 ルカが感嘆の声をあげる。

 矢を撃ったニコラも、ニーナも、ゴブリンたちがすやすや眠る状況を見て驚いてばかりだ。


「グロリアさん! 今の、付与魔術エンチャントだよね……!? どうしてそんな高位の魔法をっ!?」


 尊敬のまなざしでルカはグロリアに訊ねる。


(お前、どーすんだニャ、初心者の前で魔導士顔負けの真似して……)

(そうでした……)


 ザカリアスにはここでも呆れられる。

 冒険時代、グロリアは剣と魔法を同時に扱うスペシャリストだった。特に魔法は地、水、火、風の四属性の最上位魔法まで全部マスターしている。これは普通はありえないことなので、バレたら他人から引かれること間違いない。

 グロリアは少し言葉に迷った後、


「メイドパワーです。」

「メイドパワー。」


 ルカは機械的に繰り返した。

 

「メイドは主のためにあらゆることができなくてはいけません。

洗濯、お料理、お裁縫、そして魔法や剣術、冒険もその一つと言っていいのです」


「はあ………」


「すごいやすごいやっ! メイドさんってほんとになんでもできる職業なんだね!」


「……なんか丸め込まれてねぇ?」


「ええ、メイドパワーは万能。ゆえに最強の力なのです」


 グロリアは伝道師のように言い、ニーナは眼を輝かせる。ルカやニコラは呆気に取られていた。


(こいつ……勇者じゃなかったらなんかの教祖にでもなってるところニャ)


 その機転に若干引きながら、ザカリアスは「にゃ~……」と力なく鳴いた。


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