第18話 水門

「ありうる」


 原先生は俺の仮説とも呼べないような仮説に頷いた。


 次の日の放課後、我々四人は理科室へ赴いた。俺の考えを述べるためだ。ちなみに全員マスク装着済みである。同じ轍は踏まないのが俺だ。


 俺は、あの黒廻川と白廻川が交差する地点にコリジョンがあるのではないかと主張した。コリジョンは衝突を象徴したところに存在するのではないかと、勝手に想像したからだ。


 また原先生の話では、異世界への扉は時間と空間が大きく曲がると現れる。そして、時間と空間の曲がりは通常とは違う状態の時に大きくなる。黒廻川と白廻川の水位の低下は、記録的に長い日照りという異常気象の象徴でもある。


 つまり、二つの象徴が重なった地点、それが黒廻川と白廻川が交錯する地点だ。だから、その川底にコリジョンがあると俺は思った。


 我ながら、根拠を挙げたはいいものの、根拠と呼ぶにはあまりにもあやふやなものだし、その上思い付き感満載だ。いや、普通に思い付きだ。しかし、なんとなくの確信めいたものがあることもまた確かなのだ。


「しかも、川の水が干上がっている今なら、そのポイントを探すことも容易か……」


 そんなことまで言って、原先生は俺のそんな思い付きにかなり肯定的である。


「でもォ、まだ水結構残ってますよ」


 優紀はもちろん否定的だ。というより、やる気がない。なぜここにいる?


「確かに優紀クンの言うことも一理あるかな」


 綺羅星がまさかの優紀の援護射撃だ。裏切ったか、綺羅星!


「干上がっている、と言ってもそれは部分的なことだからねぇ。全体的にはまだ流れ自体はある」


「うーん、確かに。それに二つの川がぶつかる地点は水深が他の部分よりも深い。水位が低いと言っても、それは通常時に比べればの話であって、まだそこそこの水位はある」


 ケムラーも同調しやがった。アンタ、さっき俺の話に賛成だったぢゃないか。


「あと、流れもありますよね。川って、穏やかに見えるところでも、流れは結構強いですもんね」


 は、葉月さんまで……。


「あと、川底の石には苔も多いよ。滑って踏ん張りが効かないから、結構あぶないよ。浅瀬の、緩やかな流れの場所で、荻窪田流されたことあるもんね」


「うるせーよ。放っとけよ俺のことは」


 優紀はハナから異世界行きには否定的だから今更感満載だが。余計な一言は言わんでいい。でも、確かに、あの時は焦った。あんな膝下までしかない水位のところ十メートルほども流されてしまった。実は川は危険なのである。


 ううむ、体育会系の脳筋娘の一言でまさかここまで一気に形成が逆転するとは。まさに四面楚歌。


 しかし、確かに今出た意見はそれぞれに説得力がある。現在の状況では、コリジョンの痕(というよりは異世界への扉)を探すには、厳しい状況と言わざるをえなくなってしまった。


 川の水がもうちょっと干上がるのを待ちますか、と言おうともしたが、なんとなく父ちゃんの顔が浮かんだので、やめた。町の人たちは、その干上がりに苦しんでいるのだ。その干上がりを望むような発言はできなかった。


「ダムを作っちゃどうかな?」


 綺羅星が提案した。


「ダム?」


「そう、ビーバーみたいにさ、川の水をせき止めるんだ。川の水が少ない今なら、やってできないことはないと思うんだ」


「うーん……、でも、ビーバーのダム作りって結構高度だからなぁ」


 原先生はダム案には否定的だ。


「あそこまでとは言わないまでも、水量を減らすことはできると思うんだけどな。完全には止めなくてもいいと思うんです」


「それに、ダムなんか作ってたら、人目について、怒られちゃうんじゃない?」


 優紀が原先生の援護射撃をする。異質なタッグだ。ほとんど掟破りと言っていい。


「夜中に一気にやればいいと思うんだけどな」


 綺羅星が更に提案する。


「寒いよ」


 優紀も粘る。


「夏だからそうでもないよ」


 と、更に綺羅星。


「ゴリ子がいるから大丈夫だよ」


 俺も綺羅星を友情援護射撃だ。


「私、嫌だよ。つーか、ゴリ子ってやめろよ」


「ウホッ」


 鼻をグーで殴られた。痛かった。人語を解さないだろうからゴリラの言語でコミュニケーションを図ろうという、いわば相手を思いやる真心に対する仕打ちがこれである。割に合わない。


「水門止めればいいんじゃない?」


 それまで黙っていた葉月さんが口を開いた。


「水門?」


「川の水止めればいいんでしょ? だったら、水門止めればいいじゃん」


「いや、そりゃそうかもしれないけど、七瀬。水門なんかそんな簡単に止められないよ。中の人でもなければ」


 原先生がたしなめたが、葉月さんは衝撃の一言を放った。


「私、中の人なんだけど」


「え?」


「私のパパ、廻中町の水道局員なの」


「え!」


 銀河系美少女のお父上のご職業が水道局というのは意外中の意外だった。俺はてっきり王様かと思っていた。どこの国かは知らないが。しかしこれは、思わぬ渡りに船である。


「でも、勝手に閉めちゃっていいもんなの?」


 優紀がまともなことを言った。今日の優紀は、おせっかいにもまともだ。ゴリ子のくせに生意気だ。


「ちょっとぐらい、大丈夫じゃない?」


「でも、君のお父様がこの話に乗ってくれるかどうか……」


 綺羅星も心配そうだ。まぁ、そりゃそうか。私的に水門閉じたり開けたりしたら、大問題だ。


「ちょっとぐらい、許してくれるよ」


 葉月さんの中では「ちょっとぐらい」なら大抵のことは、しでかしても大丈夫なことになってるらしい。さすが銀河系美少女。その思考もギャラクティコである。


 結局、無茶な話ではあるが、水門の件は葉月さんにお願いすることになった。異世界転移のためには、背に腹はかえられず(俺の思いつきのアイデアベースだけど)、水門の開け閉めは極力「ちょっとぐらい」の時間にとどめよう、ということで、この作戦を決行することにした。あとは、葉月さんの交渉力次第である。



 そしてその日の夕食後のことである。俺はベッドに寝っ転がりながらスマホで、来たる異世界への冒険の準備のため、連続ガチャにチャレンジしていた。


 すると、メッセの通知が来た。神聖なる召還の儀式を行っている最中に何奴か、と憤ったが葉月さんであった。すぐにゲームをやめ、メッセを読んでみると、なんと水門の開閉ができることになったという。しかも、水門開閉の決行は今夜だという。


 この、相談という行為を拒むような事後報告的決定は、英断なのか独断なのか判断の難しいところではあるが、さすがは校内カーストトップのお姫様といったところだろう。やはり高貴な方は違う(実家水道局員だけど)。それに、水門の開け閉めの実務的な決定権は彼女にあるのだから仕方がない。


 一応、優紀と綺羅星に確認してみた。綺羅星は乗り気で、優紀はどっちでもいい、という、まぁ、予想通りのリアクションが返って来た。つーか、優紀は来るのかどうかすら怪しい気配だった。


 しかし、あまりの展開の早さに心の準備もままならず、浮足立つこと甚だしかった。そして、にわかにこっちの世界で色々とやり残したことがあるような気がしてきた。


 先ず思ったのは、こんなことなら母ちゃんの作った夕飯をもっとよく噛みしめて味わえば良かった、ということだった。


 この期に及んでメシのことか、という向きもあろうかとは思うが、衣食住は人の生活の基本である。それに食は食欲、睡眠欲、性欲という人間の三大欲求にも入っている。謂わば人間存在の根源ジャンルの二冠王である。食とはそれほどまでに大事なことなのだ。


 そして、やはり思ったのは、両親のことだ。父ちゃん、母ちゃん、今まで育ててくれてありがとう、と言わねばならない。親という者は俺という個人の根源そのものであるからだ。

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