第5話 オレ達キャッスル
学校が終わり、家に帰って、母ちゃんに「今日は綺羅星のところに泊まりに行く」というと、失礼のないように、と許諾してくれた。さすがは放任主義者である。
許可も出たし、早速準備をした。勉強道具一式はもちろんのこと、やはりゲームもないと味気ないだろう。パジャマ代わりのジャージも持って行かないといけない。あとマクラだ。俺に選ばれし民こと綺羅星の家にお泊りすることを思い、ウキウキしながら持っていくものを色々物色していたら、気付けば大荷物になっていた。
早めに夕食を済ませ、いざ美吉家へ参らんと玄関を開けたら、丁度帰宅してきた優紀と出くわした。サッカー部の彼女は、帰宅部の俺よりも帰りは遅く、毎日帰るのは大体このくらいの時間だ。
「どこ行くの? そんな大荷物持って。まさか異世界……」
「まぁ、そんなとこだ」
嘘ではない。
「ふーん……。今度はどこで何やろうっての? まさか川に入水とかじゃないでしょうね」
なるほど。水の中も異世界に通じていそうだ。それもアリか、と思ったが、今回は違う。
「川に入るのに、こんな荷物持ってくわけないだろ」
「じゃあ、どこ?」
えらいしつこいな。
「いや、まぁ……」
言葉に窮していると、ドアが開かれ、母ちゃんが出てきた。
「健児、せっかくだから、お土産持っていきな。ハイ、これ」
と、菓子折りが入っているであろう袋を渡してくれた。
「お、おぉ……。サンキュ」
「今日は健ちゃん、どちらに行かれるんですか」
優紀は親の前では俺のことは荻窪田ではなく、昔からの呼び名、健ちゃんと呼ぶ。妙に世渡りが上手い。いや、当り前か。
俺が行先を濁そうとしたら、母ちゃんが出てきたのをこれ幸いとばかり、優紀は尋ねた。頼む、母ちゃん、察してくれ。無理か。
「綺羅星くんのところに、泊まりに行くんだってさ。勉強するんだって」
「へー、綺羅星くんのところに。へー、勉強ですか。すごーい、健ちゃんすごいじゃん」
口は笑顔だが、瞳孔はカッ開いてるように見える。
「ぜーんぜんよ、もう。健児はホント勉強しなくて心配で」
「あ、奇遇ですね。私も全然勉強できないんで……あ、丁度いい! 今日、私も健ちゃんと一緒に勉強しに行きます」
「え!」
俺と母ちゃんが同時に叫んだ。
「え、でも……綺羅星くん、男の子の家だよ……?」
「大丈夫です! 私、ケンカ強いんで」
「それは知ってるけど……」
「じゃあ、支度してきますね」
そう言い残して、優紀は滝澤家の玄関の中へと消えて行った。
「健児……あんた、大丈夫だろうね?」
「うん……多分」
何が大丈夫かはよくわからなかったが、とりあえず、そう答えておいた。多分聞いた母ちゃんも何に対して大丈夫なのか、具体的にはわかっていないと思う。
道中、優紀にも今回の異世界転移のプランを話したが、案の定「何ソレ?」とか「バカじゃない? あぁバカか」とか、それはもう罵詈雑言の限りを尽くされたが、そんなに言うなら来なければいいじゃないかと抗議したところ、
「駅であんなもの見たら心配になるに決まってるでしょオ! 荻窪田のお母さんに対して責任あるんだからね」
と言われた。ウチの母ちゃんにどういった責任があるのかは定かではないが、心配してくれるって人に抗議するのも無粋なことのような気がしたので、そこは黙っておいた。しかし、もう一つの疑問は口にした。
「でもお前、綺羅星のこと良く思ってないんだろ? そこは、いいの?」
「だから行くんでしょオ!」
「だから、って何だよ? 答えになってないじゃないかよ」
「だからはだからよ! ホーント、荻窪田ってバカだよね」
全く理不尽極まりないことを宣うお嬢さんだが、どうやらこの人は人語を解さないバーサーカーなのだろう。腕っぷしも強いし。そうと分かれば腹も立たない。
「あ、君も来たんだ」
「……まぁね。嫌なら帰るけど」
家の前まで迎えに出てくれた綺羅星は、突然の来客にも笑顔を向けた。しかし優紀、お前のその態度はとてもこれから泊めてもらう人間のそれではないぞ。
しかし、そんな無礼な輩に対しても綺羅星は、
「とんでもない。歓迎するよ」
と、ホスピタリティに溢れていた。なんて奴だ、綺羅星。やはり選ばれし民は違う。
「今日、何か持ってきた?」
選ばれし民が俺に聞いてきた。
「トロールハンティングライフ持ってきたよ」
「じゃあ、勉強に飽きたらそれやろう」
彼も遊ぶ気満々っぽい。いやいや。今日は異世界へ行くために来たのだ。
挨拶もそこそこに、早速、美吉家へ入ろうと、店側ではなく、裏にある玄関に行く。するとドアが開かれ、中から金髪の大男(日本人)が現れた。
「おう! オギー! 待ってたゼぇ。オレ達キャッスルへ、ヨ・ウ・コ・ソイヤ! 今日は我が家のプリンスをよろしくな!」
いきなりのハンドシェイクアンドハグ。
「ハ、ハイ……! こちらこそ……」
この筋骨隆々にして、身の丈は百九十に届こうかという偉丈夫が、もちろん綺羅星の父君であらせられる
父親とはいえまだ若く、四十には届いていないだろう。ウチの学校の父兄の中では抜群に若い。
鎖骨が見えるほど首元の開いた真っ白なタンクトップに赤を基調としたアロハを羽織り、首からはゴールドのネックレスを垂らしている。下も白のパンツで決めており、靴はこれまた白のエナメルだ。夕方ではあるがミラーのグラサンもバッチリ決まり、アゴヒゲのアクセントも忘れない。
サングラスのミラーに映る俺の笑顔が若干引きつり気味だが、おそらくレンズの湾曲のためだろう。問題ない。ちなみに、この父君も俺のことを息子同様オギーと呼ぶ。
「おぉっと! こっちの可愛いシスターは誰だ?プリンス」
「滝澤優紀クン。ボクの学友だよ」
「おぉーう! これはまたお美しいですなぁ。ワタクシ、綺羅星のパパの美吉善男と申します」
こういう台詞がすんなり出てくるところは、さすが綺羅星の父上である。
「あ、こ、こちらこそ、どうも……! 滝澤です……、滝澤優紀です……」
スゲエ。あの優紀が圧倒されている。さすがにハグはしないものの、こちらも有無を言わさず握手をしている。
「ちょっと道塞がってるよ。図体デカいんだから脇避けな」
この
スラリと背筋の伸びた長身はモデル顔負けである。ショートパンツから伸びたおみ足も美しい。こちらは黒のタンクトップにピンクのシャツを羽織っている。
もちろん、母上様もお若くいらっしゃられる。聞けば旦那さんとは同級生なのだそうだ。非常に丁寧な作りのお顔立ちで、綺羅星はこの御方の遺伝子を色濃く受け継いだものと思われる。このご夫婦はまさに美女と……いや、大丈夫だ。
「あら、可愛らしい子。どうも、初めまして、綺羅星ママでーす」
ニッコリと笑った笑顔が普通に素敵だ。
「あ、あ……、どうも……よろしくお願いします。滝澤優紀です……」
声をかけられた優紀は善男さんの時とは違った感じで圧倒されていた。
「おう、プリンス、どうせ今日勉強なんかそこそこなんだろ? 今夜は何すんだよ?」
「そうだね、勉強に飽きたらトロールでも狩ろうかと思ってるのサ」
「トロール? なんだそりゃ? 新外国人選手か?」
「まぁ、そんなところだね」
トロールを外国人と呼称するのには抵抗があるなぁ。しかし、外国人を狩るって、すごい発想だ。
「巨人? 阪神? あ、パ・リーグか?」
「ホラ、早く行かないと遅れちゃうよ。あ、みんな、気楽にやってね。あとの掃除はこのデカいのがやるからさ」
これは汚せないな、と思った。
「君ら、火の元だけは気を付けるんだぞー。じゃあ、楽しんでなぁ」
そう善男さんが言うと、二人は真っピンクのミニバンに乗り込み、行ってしまった。
「じゃ、どうぞ」
綺羅星の招きで美吉宅へ入った。なんだか台風が通り過ぎた後のようだ。
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